最強婿養子伝説 第五話 ──byニシオギ──
睡蓮の美しさが却って朔の心を痛める。
『── 睡蓮は祖母が特に好きな花でした』
『菫姫が?』
『姫……というのは違和感があるけど……
祖母は花に纏わる話も良く知っていて、何でも南米…
遠い遠い土地の伝説で睡蓮は星の花と言われているそうなんです』そう言って、譲がかつて白龍に語った話。
望美が空で語れる物語などとっくに底を突いており、白龍へのお話は専ら譲の役目となっていた
そんな話を一緒に聞くのが、いつの間にか楽しみになっていたあの頃。その昔、天から見える美しい土地と可愛らしい子供達が気に入った星のひとつが地上に降りてきた。
人々は美しい湖を住処にと星に申し出、星は喜んでそこに住み
その姿を美しい花に変え、その幸福と、その居場所を見つけてくれた皆への好意を現したという話。『星の花……素敵な話ね』
『ええ、今思えば自分と何処か重ねていたのかも知れません。ああ、どこか白龍とも重なりますね』
『龍の力、弱まると人の形しかとれなくなる。でも龍の力強くなると天に帰るよ?本当の形になる』
『あ、ああそうなのか。白龍』
『うん、でも素敵な話。私も皆が好き。何処にいても好き』黒龍とは……力が弱まったからこそ出会えたという皮肉。
白龍の無邪気な言葉が心を曇らせたあの日。
最初から残された日々が束の間と知っていた恋だった。星の花と星の一族 ─── 思考は連鎖する。
菫姫は自分の意志で違う時空に留まったかも知れない。でも譲は?
譲がこの時代に留まる事になったのは
勢いにまかせ、自分が無理強いしたからでは無いかと、そんな風にすら思う。
譲は優しい。でもその優しさは皆にも向けられていて
以前なら邸の皆に慕われているのを微笑ましく見ていられた筈なのに
最近の自分はどうしてしまったというのだろう。「まるで薄雲がかかったようだね、月の姫君?」
そんな思考に入り込んで来たのは、期待していた声では無かった。
……期待?一体何を期待していたと言うのか。
「ヒノエ殿……」
「ふふん、忍ぶれど 色にいでにけり 我が恋は…… ってとこかな。
美しい姫の憂い顔は、男の庇護欲を掻き立てるね」
「何を言っているのですか、貴方は……熊野の殿方は奥方が居ながら人をからかうのがご趣味?」
何時の頃からか、この男は自分を月の姫君等と呼ぶ。
「あんな叔父と一緒にしないで欲しいね。
月に雲がかかるなら、己がその雲になりたいと思うのは当然の事だろう?」
いつもの事ながら、こんな台詞を真顔で言えるヒノエにはある意味敬意を称する。
譲がこんな台詞を言ったなら……それは最早譲では無かろう。「でもたまにはこんな事も、譲になら言われたいと思ってるんじゃないのかい?」
「えっ?」
「ふふっ、最近の月の姫君は殊の外可愛いね。譲があれだけ悩む訳だ」
「えっ……」譲は、何かヒノエには悩みを相談しているのだろうか。自分には何も言ってくれないというのに……
一方その頃の九郎と譲。
「なぁ譲……そろそろ矢を持っていいだろう?どうにもこれでは格好が……」
「何を言ってるんですか。剣の素振りと一緒ですよ。何事も基本を極めてこそ
弓は格好をつけるためのものですか?」
「いや、決してそのような意味では……」
「はい、あと100回!軸をぶらさない!!」問答無用。今、譲は部活朝練体育会系後輩特訓モードとなっていた。
弓はまずは矢を持たず型を繰り返し練習する。
だが、戦で何度も修羅場を潜っている者にそこまでする必要はあるのか。どうなのか。
しかし逆らえる空気は何処にも無い。
ちなみにこの後、射った矢の回収は勿論九郎の役目である。明らかにこんな事をしている場合では無いが、お互い根は生真面目同士。
何時しか真剣に稽古に取り組んでしまっていた。
第四話 第六話
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