最強婿養子伝説、誕生 ──by司書──
望美が心配で、譲は梶原家での居候を続けている。
弁慶の妻となった望美は時折、梶原家を訪れては譲や朔に料理や裁縫の指南を受けるのだが、努力はなかなか実を結ばない。
それどころか、望美の手料理を食べた弁慶が重度の食あたりになることも多く、
正直なところ、うっかりと目を離すのもできずにいるうちに、幾つかの季節を見送ってしまったという訳だ。
梶原家の食客として暮らす譲は那須与一の下で弓の稽古をし、梶原家の台所仕事を手伝い、
何となく習慣になってしまった庭の手入れをして日々を過ごしている。
生活の中心が梶原家の邸となっているため、当主の景時は勿論、その妹の朔と接する機会は多く、
最近では望美や景時よりも朔と話す時間が長くなってもいる。
まぁ、そんなのは平家との戦いの間、二人で食事当番を買って出ていた時とあまり変わらないのだが、周囲はそうはいかなかった。もとより一定の年齢になった男女は、例え実の兄弟であっても親しげに振る舞うことの少ない時代。
共に戦場に赴いた間柄とは言え、諸事情があるのだとしても、やはり朔と譲が親しげに語らう、
或いは共に厨などで立ち働く姿は──それが日常的な連絡事項であったとしても、
家人やご近所、友人知人といった面々に誤解を与えるに充分だったと言えよう。幸いだったのは朔と譲を取り巻く人々が心優しく、善意に溢れていたということだろうか。
彼らなりにそれとなく、二人に最も親しいと思われる望美や景時に、事実を確かめようとしたのだが、
そんなことは寝耳に水とばかりに、逆に何があったのか問い返される始末。
それでも二人が仲好しであるなら、それでよしとばかりに静かに、
そしてあたたかく見守る方向性が、暗黙のうちに決められたようである。思いもかけない話を持ちかけられた望美と景時はというと、
「あの二人、いつの間にそんなになっちゃったんでしょうね」
「う〜ん、俺にもよくわかんないけどさ。
でも、黒龍のこと、少しでも吹っ切れたんだったら、いいんじゃないかなって」
「ですよね、お似合いだもん、あの二人は」
「しっかり者同士だしね」
などと語り合いながら、濡れ縁で白湯を啜ったりしていた。周囲の意に反し、穏やかではいられないのは当事者の朔と譲である。
知らないうちに、しかも本人の意思などそっちのけで纏まった、既に恋人同士というか、
祝言を挙げる直前にあるという噂を聞きつけ、慌ててお互いの姿を探し、
静かに考え事をするのに最も適した神泉苑に向かい、池の畔で譲は朔の、朔は譲の姿を見つけたのだった。「俺の不注意で、すみません。根も葉もない噂の種を蒔くようなことをして……」
戦の事後処理が一段落した時、すぐにでも元の世界に帰るべきだったと譲が拳を握る。
己の不甲斐なさを悔やむ譲に、朔が静かに言った。
「譲殿はもう、あちらに帰るつもりはないのではありませんか?
気のせいかも知れないけれど、こちらに残りたいと……そう思っているのではなくて?」
「え……まぁ、それは……その……先輩が心配ですし……」
何しろ望美は、人の妻になって半年近くにもなろうというのに、
未だ、不意を突くようなタイミングで破壊力抜群の手料理を弁慶に食べさせ、
挙げ句、半殺しの目に遭わせたりしている。しかも、何度も。
そんな幼馴染みを残していくのは、後味が悪いにも程があるというもの。「そう……やはり……ね。わかりました。私も梶原家の娘。責任を取らせていただきます」
「え……朔? 何の責任を……」
「譲殿を私の婿にお迎えします。
我が家の家人が不用意に口にした噂の責任を取るのは、主の一人でもある私の役割です。
例えお芝居であったとしても梶原の家の婿殿と言うことになれば何の憂いもなく、望美の傍にいられるでしょう?
京で暮らす間、微力とは言え我が家を後ろ盾にしていれば、不都合なことも少なくなるわ」
「でも、そんなことをしたら、朔、君が……君の気持ちは……!!」
「一時は仏門に入ろうかとも考えた私ですもの。偽りの夫婦のお芝居くらい、できてよ?
それに私、譲殿の望美を想う気持ちには、いつも尊敬の念さえ抱いていたの。
だから、譲殿のお手伝いができるのは、とても嬉しいことなの」
「朔……」朔の真摯な言葉に感動した譲は、彼女の申し出を受け入れた。
朔の友情や優しさにつけ込んでいるような気がしないではなかったが、
それは梶原家のために働くことで帳消しにすればいい。そう考えることにした譲であった。程なくして選ばれた良き日、朔と譲は祝言を挙げた。
南の島から、やはり元の世界に戻らなかった譲の兄・将臣が南の島から遙々と祝いに駆けつけ、
京には久方ぶりに八葉が全員揃い、梶原家の京屋敷は夜が更けても賑やかな宴が続いている。一方、祝言の宴が一段落した夜更け、譲と朔は離れに設けられた二人のための私室にいた。
揃いの真新しい夜着に身を包み、将臣が祝言の祝いにと贈ってくれた揃いのかいまきが添えられた、
色違いの夜具の傍らに、無言で向き合っているのは、はっきり言って気まずい。
成り行きというか周囲に流されるような、
そして朔の博愛精神に似た気持ちにつけ込むかのように梶原家の婿養子になったわけだが、
やはり最初くらいはきちんとイニシアチブを握るべきだろうし、それが朔に対する礼儀でもある筈。「朔」
居住まいを正し、譲が朔と視線を合わせた。
その声に応えるように朔もまた、譲を見つめる。
「「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」」
最初は譲が、僅かに出遅れた朔の二人は同時にそう言うと、三つ指を突いて頭を深く下げた。
思いがけない事態に慌てて譲が顔を上げると、朔も同じようにしたらしく、
頭を下げた時に軽くぶつけてしまった額が再び触れてしまう。「譲殿……こういうのは、やはり女性がすべきだと思うのですが……」
ぶつけた額に軽く手を添えた朔が、少し呆れたように言った。
「え……でも、俺は梶原家の婿養子になったわけですし、
こちらの習慣だとか、そういうのも教わらなきゃいけないわけで、
この先、相当お世話になるんですよ? 当然、俺から挨拶させてもらうのが筋でしょう」
「そんなこと、気にしないでいいのよ?
もしかしなくても、私や家の者達は、譲殿にひどく気を遣わせているのかしら……」
「そんなことないんだ、朔」
僅かに表情を曇らせる朔に、譲が言う。
「俺の中のけじめっていうか……そうだな、腹を括る決意表明っていうか、
きちんと宣言させてもらった方が、きっと遠慮なくここに住めるんじゃないかなって、そう思っただけなんだ。
朔や、それから家の人達がどうというより、俺の問題だから気にしないでほしいんだけど」
「譲殿が暮らしていた世界では、殿方もそんな風に……婚礼の時には振る舞うのですか?」
穏やかな微笑みを浮かべた朔が、静かに問うた。
「どうかな……でも、まぁ、結婚──祝言は男女平等──どちらの立場が上とか下とか、
そんなのはなくて、だからお互いに、将来の約束をする感じだと思うよ。
俺達の場合、やっぱり今も俺の方がお世話になってるし、
多分、この先しばらくは全面的に朔や皆を頼ることになるだろ?
何とか俺も、こっちで生計を立てられるようにするつもりだけど、それもすぐにはできないし……」だから、それまではよろしく頼むと、譲は再び頭を下げた。
謙虚でありながらも毅然としたその振る舞いに、朔は感動を覚えていた。
普段から人に合わせることの多い譲が、やや頑なに感じさせる態度で、彼自身の礼を尽くそうとするのは実に彼らしい。
どのような状況でも自分を見失わない、譲の裡に秘められた強さを、朔は心から好ましく思った。それから二人は若夫婦のために延べられた夜具を少しだけ離し、
穏やかな眠りが訪れるまでのひとときを、他愛のない会話で過ごしたのである。── 完 ──
朔は譲の、あの時代の武士にはない謙虚さによろめけばいいのではないかと(笑)。
こんな譲なら、協力技の「お願いします」だって許せるぜ!!
将臣は南の島でプランテーション農場を営んでおり、綿の栽培にも着手しています。
で、現代の快適きわまりない布団に慣れていた彼は、鎌倉時代の布団に満足できなくて、
布団──かいまきの製造に着手したとか、しないとか。
で、譲には試作品ながらも特上の一対をプレゼントしたってーことで、ひとつ(笑)。
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