最強婿養子伝説 第壱拾五話

──byニシオギ──


「あっ!そうだ!譲くん!」
「何ですか?」
一件落着とばかり皆が邸に向かう中、望美が弾かれた様に譲に詰め寄った。

「ゆ・ず・る・くん、……朔に酷い事言ったでしょ?」
「えっ?」
確かに未だ気まずさが残る喧嘩をした二人であったが、何か酷い事を言っただろうか?
いや、寧ろ何も言わなかった事が今回の事態を招いている。

「望美?あの…私、酷いことを言われた訳では…ただ……」

その続きが大事だったと言うのに、望美は更にたたみ掛けた。

「私がご飯のお代わり4杯はするとか!
 着物を繕おうと思ったら着てた服まで一緒に縫ったとか!
 ピラフ作ろうとしておじやになったとか!酷いよ!!」

「あの……酷いって、その…そういう事ですか?」
「望美…譲殿、ご飯は3杯と言っていたわよ?」
朔、それはフォローになっていない。
「ああ、それは譲くん、気を遣ったのですね……根本的な解決にはなっていませんが」
「弁慶さんは黙ってて!」
「いや、しかし………」
「きっと他にも私が家庭科の課題を譲くんに手伝ってもらったのがバレて、
 先生にこっぴどく怒られたとか、夜中にお腹が空いて厨に食べ物探しに行ったら
 帰りは怖くなって部屋に戻れなくなったとか、
 学年が下の筈の譲くんに勉強教えてもらってたとか、
 ケーキ作ろうと思ったら固い円盤が出来たとか、
 野営の時、皆がお腹痛くなった鍋は私が手伝ったやつだったとか、言ったんでしょ!」

「いえ…其処までは言っていませんが」
「私も聞いていなくてよ…」

「えっ?」

「そういえば、二人の祝言の時、随分と独創的な着物を贈っていたな…」
「望美さん、……折角皆には黙っていたのに」
「つーか望美、やっぱ譲に勉強見てもらってたのか」
「神子は不思議なものを作れるのだな」
「あ〜ははは、あの野営の時…ね。オレも気をつけるべきだったよな〜」
「神子…お前の選択はいつも……」

「リズ先生、今回ばかりは無理すんなって」
言い掛けたまま苦悩するリズの肩に、将臣が手を置く。
大層静まりかえった一同に、望美は勢いにまかせて大層な失言をした事に気づいた。
と、本能の如く矛先を将臣に向ける。

「だっ、大体将臣くん、朔に何とんでも無い事吹き込んでるのよ!!」
「えっ?! 俺??」
「そうよっ!何が”お兄ちゃん”よ!」
「なっ、何で俺なんだよ!や、ほら、別にそりゃ嘘じゃねぇだろ?」
「だからって趣味が丸出しなのよ!」
「兄さん…また性懲りも無く……」
普段穏やかな人間が殺気を帯びると、迫力が違うな。等と考えている場合では無い。
「まっ、落ち着こう譲くん。ほら、何というかささやかな兄の夢をだな」
「幾ら朔が可愛いからって、そういう事は止めろと言っただろ!!」

(えっ?可愛い??今、譲殿、私の事、可愛いって言った?)

どうしたものかと様子を見守っていた朔だったが、
譲のそのたった一言だけが心に届いた。

それを敏感に察知した弁慶が朔の傍に寄る。

何と言っても弁慶は譲の想い人を掻っ攫い、
朔の想い人との、悲しい別れが運命(さだめ)られた出会いを作ってしまった張本人だ。

譲に対しては負い目を持つ事は無いと想う。
望美が自分を選んでくれたのは彼女の意志で、想いを告げなかったのは彼の意志だ。
だが、恐らくはその幼少の頃からの想いを自分は知りながら、
それを彼女に告げる事は無かった……いや、告げる方が馬鹿というものだろう。
しかし、

───── 自分は知りながら

……こう思う事が既に負い目なのかも知れない。

朔に対しては、まさかそんな事が起こるとは……等とは言い訳になるまい。
今でも二人が自分を恨んでいるのではとの疑念は拭いきれない。
だから…という訳でも無いが、この二人には今以上に仲好くなってもらわなくては困る。
己の心の安寧の為にも。

「朔殿」
「えっ?! 何でしょうか?弁慶殿」
弾かれた様に頬を朱に染めた朔が振り返った。
「確かに譲くんは望美さんの事を時折口にしている様ですが、
 最早それは困った妹か子供に対するものと一緒ですよ」
「そうでしょうか……」

一応望美の方が年上なのだが、最早そんな事は問題で無くなっている。

「そうですよ。第一、我が家に譲くんが来訪した折などは大変ですよ?
 やれ、”これは朔が好きだから分けてもらって良いですか?”とか、
 ”この着物は朔が仕立ててくれて”とか」
「そんな……だって、私の前では少しも……」
「譲くんすっごい照れ屋だから!朔だって知ってるでしょ?」
そこに、兄弟間の揉め事になった事態から弾き出された望美が加わった。
「”女性はどんな物をもらうと嬉しいんですか?”とか”何処へ連れて行ってもらうと嬉しいですか?”
 とか、私にも聞いてくるよ?”女性って言うか、朔でしょ?”って聞くと照れちゃうしさ!」

向こうでは、”俺の育て上げた街に勝手に怪獣出しやがって!”
”いや、それは一寸した出来心で”等と話題が低い方へ発展している。

「望美さん……いつから聞いていたのです?」
「んっ? 『我が家に譲くんが……』ぐらいの時かな?」
「そうですか……」
それは良かったという言葉は心に秘めて、弁慶は望美を促す。
「そうそう、それに朔だって良く譲くんがどうしたって話してるじゃない」
「えっ……?そう…かしら」

そうだよ。と望美が答えようとした時、邸の方から明るい声が響いた。

「良い湯だったぞ!感謝する!!」

それは湯殿にてすっかり暖まり、
清潔に洗い上がった着物に着替え、ほこほこと湯気を立てる九郎であった。

「おお、皆待っていてくれたのか!済まんな!さぁ宴だ!!」

そう、その笑顔に逆らえる者など居ないのだ。


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