最強婿養子伝説 第九話

──byニシオギ──


部屋を出る朔を為す術も無く見送り、杯に瞳を落とす譲にヒノエは内心溜息をつく。
程なくして、朔の指示を受けたのだろう家人が酒を運んで来た。

その中に朔が居ないのを見た九郎が、
「俺も少々席を外す」
と立ち上がる。

九郎にしては静かに戸を閉め、立ち去るのを見遣ったヒノエが頭を掻く。
「なぁ、譲。一体どういうつもりだ?」
「何だって……?それはこっちの台詞だ!!」
心底呆れた様なヒノエの胸元を、譲が掴み上げる。
「恋しいだの月だの……どういうつもりだ?!人の……」
「妻に向かって……か?お前にそんな台詞を言う資格は無いね……
 どんな理由であれ、愛しい女が心底沈んでいるのを黙って見過ごす様な男には。な」
「くっ……」
「誰に盗られても文句は言えないんだよ。今のお前じゃ」
「お前に何が分かる!」
「ああ……分からないね……何故そんなに悠長でいられるのかがさ」

そこでヒノエが不敵に笑う。

「今、こうしている間にも、誰が朔に近づいているか考える事だ」
「何?」
「戦場においては複数の敵を見極めるお前なのにな」
少々酒気を帯びた頭で、譲は考えを巡らし、眼を瞠る。
「……まさか、九郎さんが……」
「戦場じゃあ、その”まさか”が幾度起こっていることか。色恋の戦でも同じだと、何故思えない?
 心傷つく女人が癒しを求めたとて、誰も咎められな……」
その言葉が終わらぬ内に、ヒノエを突き飛ばし譲は部屋を飛び出した。

「……っ……譲の奴、思い切り締め上げやがって」
「ヒノエくん……一寸挑発しすぎなんじゃあ」
「あんたも見ていたじゃないか。黙ってな。そんな奴が一番策士なんだ」
その言葉に、景時は苦笑した。

「さぁて『天の海に 雲の波立ち 月の船 星の林に 漕ぎ隠るみゆ』……と、なるかな。
 ならないようじゃ、今度こそオレも本気で狙わせてもらうけどな
 何せ船を奪うのはオレの得手だからね」
「其処まで甲斐性無しじゃないと思うけどね。朔が選んだ男だもの」

過去に想った男がどうであれ、女が好いてもいない男の傍で、日毎輝きなど増すものか。
まぁ、九郎には少々気の毒だが、ここは波立てる風となってもらおう。

そもそも波風を立てまくったのはヒノエなのだが、
すっかり九郎にすり替えて、満足げに杯を呷った。

その頃、九郎は見事な弧を描き、池に着水していた。
そして朔はかつて見ない程感情的な夫に、なんだか見惚れていたのだった。

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※ 話中の歌の意味は『天の海に雲の波が立って、月の船が、きらめく星の林の中に漕ぎ隠れてゆく』
だそうです。単に情景を歌ったものとされてるようですが個人的には深読みも出来る歌かと。


第八話 第壱拾話
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