大福マン作戦 1


 平家側との戦が続き、源氏の兵は疲弊していた。疲れも知らず、死にもしない怨霊を次々に戦線に繰り出す平家側を相手にするのは、生身の人間には酷である。黒龍の神子・梶原朔が怨霊を鎮め、白龍の神子・春日望美が封印の術を駆使してもきりがない。二人に負担をかけまいと兵士達は奮闘しているが、その気力や体力にも限界がある。

 平家討伐の最前線で采配を振るう源九郎義経を中心に、龍神の神子と八葉達は軍議を開いてみたものの、平家に対抗する策はなかなか出てこない。

「このところの連戦で、兵達は皆、疲れ切っている。しばしの休息を取る時間を稼げないものか……」

苦々しい表情を浮かべる九郎に、その腹心でもある武蔵某弁慶が応える。

「怨霊ばかりを出してくるのは、こちらの疲れを誘う、あちらの作戦でしょうね」

「戦いしか知らぬ、哀れな者達なのだ……」

自らも怨霊として呼び戻され、我知らず戦いの中にいた平敦盛の静かな言葉に、梶原景時、有川譲、ヒノエ、リズヴァーンをはじめとする八葉は押し黙る。怨霊は自ら望んで死して尚、戦い続けているわけではない。彼らは皆、安らかな最期を阻まれてこの世に繋ぎ止められてしまった被害者である。だからこそ、望美による封印と朔による鎮魂。そして龍神の復活による世界の平定が急がれるのではあるが、源氏方の兵が疲れ切っている現状では思うような戦闘もできず、誰もが苛立ちを抱えている。

「ビックリドッキリメカ並の怨霊に対抗するには、発想の転換が必要だと思うの」

望美が唐突に言った。

「“びっくりどっきりめか”? 何だ、それは」

耳慣れぬ言葉に、九郎が問う。

「えーと、よくわかんないけど、それなりに使えるお茶目なザコキャラ? いっぱい出てくるから、それなりにダメージ大きいっていうか……」

「“ざこきゃら”? “だめーじ”? お前の話は相変わらず、要領を得んな」

「戦況を左右する程強くはないけれど、程々に弱くはない、大量に投入される敵が与える損害は大きいということですよ、九郎さん」

譲のフォローに、望美と九郎は大きく頷いた。

「人でなくなってしまった敵には、確かに人以外の戦力を充てるのが理に適ってはいますが、難しいですね」

そう呟き、考え込む譲の姿に、一同は更に深刻な表情を浮かべる。その重苦しい沈黙を破るように、望美が“パチン”と、望美が手を打った。

「そうだ、譲君。愛と勇気がお友達のヒーロー作戦は? 木と藁で作った身体に、あんパンの頭をくっつけちゃうの!」

「先輩……残念ですが、そんなの、動かないですよ。ただの人形みたいなものを戦場に運ぶだけでも一苦労じゃないですか」

「景時さんの術を使って、動かしてもらえばいいじゃない。だって、景時さん、陰明師だもん」

突然、一同の視線が自分に集まった景時は怯み、

「えっ……何? オレ、何するのかな?」

と、慌てて皆の顔を見渡した。

「あのね、木と藁とあんパンで作った人形が動けるような術、使えませんか? できますよね? だって、景時さんは陰明師だもの」

「そんな難しそうな術、兄上にできるんですの?」

「え……どうかな……やったことないし……」

「なら、練習しろ。兵と同様に動けずとも、敵を動揺させるくらいの動きができればいいだろう」

望美、朔、九郎からの立て続けに発せられる言葉に、景時は異論を唱えようとしたが、それよりも早く、譲が言う。

「あんパンはさすがに無理ですが、大福なら量産が可能ですね。皮を薄めにしておけば米の節約になるし、甘さ控えめの餡なら、製造コストも抑えられます」

「あんパン、だめ? 譲君」

「生地の発酵時間と焼く時間が問題です。それに小麦粉よりも米の方が確保しやすいですし、第一、あんパンを量産するには竈をたくさん作らなきゃならない。その余裕はないでしょう。大福なら餡を餅でくるむだけなので、異動先での補充も、比較的簡単にできる筈です」

「そっかぁ。まぁ、私、大福も好きだからいっか」

「おいおい、譲。お前だけが神子姫と話を進めるのは気に入らないな。俺達にもわかるように、話せよ」

蚊帳の外に置かれたヒノエの言葉に、譲と望美は我に返り、怨霊に対抗できるかも知れない策を提示した。

 まず、木と藁で簡単に作った人形の胴体を作る。その顔に、大きな大福を着け、景時の術で仮初めの魂とも言えるものを宿し、戦えるようにする。敵方の出鼻を挫いたり、陽動作戦に使える程度の動きができれば上等。敵が混乱している隙を兵達が突くことで、こちら側の人的損害を最小限に防ぐのが、「大福マン作戦」の主眼である。役目を終えた大福マンは兵糧に転用すればいいし、胴体はリサイクルすることで製造や材料調達の手間を省くようにすれば、運用に問題はない筈だと、譲が言った。

「兄上。大変なお役目ですが、これも京に平和を取り戻すため。頑張ってくださいね」

朔の言葉に、景時は自信なさげに全力を尽くすとだけ、答えた。

「大福を作るのは僕と朔。それから、料理の心得を持つ人達の手を借りましょう。米と小豆の調達は、ヒノエ、頼めるよな?」

「任せときな。神子姫達のため、取って置きのブツを集めてやるよ」

「どっちかっていうと、質より量だな、今回は。それから、胴体を作るのはリズ先生と敦盛さん、お願いできますか? 九郎さんと弁慶さんは、「大福マン作戦」の立案と運用をお願いします」

 その後、八葉達の指揮の下、「大福マン作戦」は着々と進められた。当初は不安定だった景時の術も、回数を重ねるほどに精度を増し、作戦運用が中盤にさしかかる頃には、当初は自律行動ができる程度の木偶だった「大福マン」も、効果的な防御に使えるようにさえなっており、更に戦線では質素を絵に描いたような食事しかできなかった兵士に甘味が提供されたことにより兵士の疲労軽減がなされると同時に、全軍の士気も向上するという付加も生じた。

◇◇◇

 不機嫌さを隠そうともしない足音に有川将臣が振り向くと、平知盛が右手に太刀を、左手に風呂敷包みを持ち、幕屋に入ってきた。

「穏やかじゃぁないな、知盛。何か、あったのか?」

「源氏が妙な手を使ってきた」

知盛はそういうと、風呂敷包みを将臣に投げ渡す。

「大福?」

風呂敷を開いた将臣は、訳がわからないといった表情で知盛を見た。

「木と藁の胴体、大福の顔の傀儡を繰り出してきた。こいつのお陰で怨霊は足並みを崩され、生身の兵士達は意気を殺がれ、太刀や槍に餅が絡みついて、散々だ。おまけに、甘ったるい臭いで胸焼けがする」

「そうか? それほど甘くないぞ、この大福。甘さ控えめで、小豆の風味が良い感じだ」

取り敢えず、味見をしながら将臣が言う。

「切っても切っても湧いてくるんだぞ、それが。しかも、なかなか死なない。何とかしろ、これを」

「切っても切っても死なない……か。大した“ビックリドッキリメカ”だな? 知盛、お前は戦いが好きだろ? だったら、いいじゃないか。切っても切っても倒れない相手なら、刀の振るい甲斐もあるだろうによ」

「俺は、切れば血を流す人間の相手をしたいだけだ。切れば餡が飛び出し、手や刀がベタベタする訳のわからないものを、相手にする趣味はない」

「まぁ、そう言うな。こんなものを出してくる辺り、敵さんもかなり切羽詰まってるんだろうよ。スライムの後には中ボスやラスボスが控えてるんだ。それまでは気張ってくれや」

「“ちゅうぼす”に“らすぼす”だと?  何だ、それは?」

「中将に大将ってとこだな。胸焼けは梅干しと塩昆布で凌げ」

 清盛や安徳天皇がいる本陣が安全な場所に移動するまでの間、源氏の目を引き、足止めする役割を果たす役割を負っている将臣と知盛は、源氏方の珍妙な攻勢に対抗する他なかったのである。


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