聖者たちの晩餐 1
「女王試験も無事に終り、女王候補だった二人も新しい宇宙に移り住んだことですし、そろそろ3人の教官たちに、もう一つの役目を果たしていただいてもよい頃だと思うのですが……。陛下はいかがお考えですの?」
宇宙を見守る女王の良き理解者でもあり、親友でもある有能な補佐官は、執務机の上の書類に目を通しながら、輝く金色の髪の女王に話しかけた。
「私も同感よ、ロザリア。でも……」
賛同の意を示しながらも言葉尻を濁した女王は、小さな溜息をついて藍色の髪の友人に問いかけた。
「ヴィクトール、セイラン、そしてティムカ。みんな、とっても個性的でしょう。だからどういう組み合わせにすればいいのか迷ってしまうのよ。ロザリア、あなたはどう思う?」
「そうですわねぇ……。いっそのこと、守護聖全員の話し合いで決めさせてはいかがです? それぞれに、今回のメンバーから得たいものも異なりますし、基本的な好みも違いますもの」
「そんなことをしたら、ケンカになるんじゃないかしら。ジュリアスとクラヴィス、リュミエールとオスカー」
「それにランディとゼフェルですか?」
「ええ。そうして、最後に貧乏くじを引くのは、ルヴァってところでしょう? 前回もルヴァはみんなに美味しいところを譲っちゃったじゃない? それじゃ不公平だと思うの」
「陛下はお優し過ぎましてよ」
女王補佐官ロザリアは、努めて厳しい調子で続けた。
「宇宙の神秘を司る守護聖ともあろう者が、最も基本的な生存競争にまともに加われないようでは、充分なサクリアを得ることはできませんわ。9名の守護聖全員が強く安定したサクリアを保つためにも、ある程度の競争は必要です。いたわり合いや譲り合いも大切ですけれど、時には戦いに打ち勝つことよって何かを掴み取ることも重要なことだと、私は思います」
親友の頼もしい言葉を聞き、女王はにっこりと微笑んだ。
「そうね。ロザリア、明日にでも皆に伝えてちょうだい。3名の守護聖に教官一人をあてがいますって。それから、組み合わせは全員で相談して決めるようにと」
「承知いたしました、陛下」
女王と女王補佐官は目を合わせると、クスクスと密やかな笑い声をこぼした。
「ねえ、ロザリア。今回は本当に楽しみね」
「ええ。私もこのときを待ちわびておりましたわ。陛下はどなたがお好みですの?」
「ふふふ……ナ・イ・ショ。ロザリアこそ、誰がいいの?」
いたずらっぽくのぞき込む女王の耳元で、女王補佐官は教官の一人の名前をささやいた。それを聞いた女王も、同じように親友に小声である教官の名前を告げる。そして二人は再び目を合わせると、優美な忍び笑いを交わすのであった。
翌日、女王補佐官から女王の勅命を聞いた首座の守護聖ジュリアスは、残りの守護聖全員を召集した。
「ようやく陛下からお許しが出た」
「本当ですか? ジュリアス様」
光の守護聖ジュリアスの声に最初に反応したのは、風の守護聖ランディだった。
「守護聖が9名、教官が3名ですから、1人対3人という組み合わせでいいんですかねー」
地の守護聖ルヴァが誰にともなく呟いたのを受け、オリヴィエが陽気に言った。
「ハーイ。私はね、ゼーッタイにセイラン!! 美を司る私には、優れた感性の持ち主がゼッタイにお似合いだもんネ」
「お前はティムカから、品性をもらったほうがいいんじゃないか? この極楽鳥」
炎の守護聖オスカーが呆れ顔で言ったのを受け、鋼の守護聖であるゼフェルが続けた。
「けっ、テメーこそ、ヴィクトールに精神を叩き直してもらえよ。女たらしがチョットはマシになるかも知れねーぜ」
「フッ。坊や、そういうセリフは大人になってから言うもんだぜ」
「何だと、このやロー!!」
「もう、ゼフェルってば、大事なお話中にケンカなんかしちゃ、ダメだよ」
オスカーに子ども扱いされてむくれたゼフェルを、守護聖の最年少者であるマルセルが引き止めた。ゼフェルはブツブツと文句を言いながらも、マルセルに免じてこの場はおとなしく引き下がることにした。
「ジュリアス様、私たち守護聖と教官たちの組み合わせは、どのようになっているのですか」
水の守護聖リュミエールがジュリアスに訊ねた。
「うむ。そのことなのだが、陛下は我々全員で話し合って決めるようにと仰せだ。それぞれに求めるものを過不足なく得られるよう充分に検討し、速やかに結果を報告しなくはならぬ」
「……面倒だな……」
闇の守護聖クラヴィスが言った。
「選択権を放棄してもかまわぬのだぞ。いや、そなたはヴィクトールが良いかもしれんな。その無気力ぶりが少しがましになるかも知れぬ」
あからさまな当てこすりでしかないジュリアスの言葉に、クラヴィスの表情が険しくなった。常日頃から何かにつけて反目し合っているジュリアスとクラヴィスの間に流れた険悪な空気を和らげるために、ルヴァが慌てて声をかけた。
「あー、お二人とも落ち着いて……」
「私は常に冷静だ。ルヴァ、そなたはいつも守護聖としてまともに働こうともせぬクラヴィスの肩ばかり持つようだが、そんなことをして、一体どのような益があるというのだ?」
「あー、私は別に肩を持つつもりはありませんよ、ジュリアス。私はただ……」
ジュリアスとクラヴィス、そしてルヴァの口論が始まりかけたその時、ゼフェルが怒鳴った。
「いい加減にしろよ、オッサンたちよー。さっさと決めちまおーぜ。アイツらが聖地にいられるのは、そんなに長くないんだろ?」
「俺も同感です、ジュリアス様。早く決めてしまわないと、一人当たりの時間が短くなってしまいます。時間が足りないと満足な効果が得られないかもしれませんよ」
「僕もランディとゼフェルに賛成です」
オリヴィエから普段、『ガキンチョ』と呼ばれている十代の守護聖三人の正当な訴えを耳にしたルヴァはターバンに手をやると、恥ずかしそうに年少の守護聖たちに謝罪した。
「あなた方を導く立場にある私たちが争っている場合ではありませんね。本当にお恥ずかしい限りです。申し訳ありませんでした。さ、皆さん。それぞれの希望をできるだけ反映させるためにも、忌憚ない意見の交換を行いましょう」
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