真夏の夜の物語 1


 「肝だめし……ですか」

「まぁね、聖地には夏も冬もあったもんじゃないんだけどね、ガキンチョたちが退屈しないように、な〜んかイベントでもしてあげたいじゃない? 守護聖にならなかったら普通に学校に通って、夏休みには友だちと肝だめしだの花火だので遊んでる年頃でしょ?」

夢を司る夢の守護聖であるオリヴィエの意見に賛同はしているものの、その方法に今一つ気乗りがしない水の守護聖・リュミエールが答えた。

「オリヴィエのおっしゃることは、よくわかります。けれど……肝だめしのように、暗がりで誰かを驚かすような遊びに協力することは、私にはできかねます」

「お遊びなんだからいーんじゃなーい。深く考えないでサ、パーッっとやろうよ!!」

オリヴィエとリュミエールの会話に、地の守護聖・ルヴァが口を挟んだ。

「あ〜、オリヴィエ。肝だめしをするには、ある程度広い場所が必要になりますから、女王陛下とまではいかなくとも、ジュリアスの許可が必要になるかもしれませんよ。内緒で肝だめしなどをしたとしても、マルセルが悲鳴でもあげたりしたら、きっとオスカーが警備兵を引き連れて飛んできますよね。そうしたらジュリアスがまた、怒り出すと思うんです。ジュリアスはこういった遊びが好きではないですからね、あまり彼を刺激しないほうがいいんじゃないですか〜」

「ん〜、そっかー。ジュリアスがからんでくると面倒なことになるよね」

「ルヴァ様のおっしゃる通りですね。何か他の趣向を考えたほうがよいかもしれません」

 ルヴァ、オリヴィエリュミエールの三人は、まだ十代の少年守護聖たちのために、心ばかりの催しを開くための相談をしていた。ランディ、マルセル、ゼフェルの三人の少年たちのためではあるものの、特に退屈が臨界点に達すると、下界に出かけてしまうことが少なくないゼフェルの無断外出を阻止することが、今回の計画の目的の大部分を占めているため、なかなか話がまとまらない。夏の開放的な気分が味わえるイベントを催すところまでは決まったのだが、具体的なプランに移ろうとすると様々な障害が生じるため、再三にわたり方向を転換を余儀なくされてしまう。三人の途方に暮れる空気を破り、ルヴァがポンと手を打った。

「あ〜、オリヴィエ、リュミエール、私に良い考えが浮かびました。『百物語』をしませんか」

「百物語って、何、それ」

「あ〜、銀河系に属する太陽系の、唯一人類が住んでいる地球という惑星の、ある地域の夏の風物詩です。百種類の怪談話を夜通しするんですが、この趣向がなかなか凝っていましてね、部屋の灯りは百本の蝋燭だけ、話が一つ終わると蝋燭を一本吹き消すわけです」

「そんなことをしては、百話目の話が終わる頃には、部屋が真っ暗になってしまうのではありませんか」

「ええ、そうですよー。何でも、百話目の話が終わる時、何か恐ろしいことが起こると言われているのですが、恐らく部屋が次第に暗くなることが心理的な効果をもたらし、また、同じ怪談を複数の人間が聞くことによる集団催眠効果がはたらき、それが相乗効果を上げて全員が恐ろしい何かを見てしまうのだと思います。文献によると恐ろしい叫び声が聞こえたとか、女性のすすり泣きが聞こえたとか、ああ、幽霊が部屋に飛び込んできたとか、いろいろあるようです。同じ部屋に居合わせた者全員が同じ体験をすることもあれば、全員が異なる経験をすることもあるそうですよ。これでしたら私の執務室でもできますし、屋内の行事であれば、誰にも迷惑をかけずにすみますよ」

「それは、いいね」

「お話をするくらいなら、少々恐くても大事にはならいでしょうし……」

先に口を開いたのはオリヴィエ、次いでリュミエールも賛同の意を表明した。

「あ〜、オリヴィエ、リュミエール。あなた方のどちらかに、お話をする役をお願いしたいのですが……。話の題材は私が用意しますからーー」

「あー、それならリュミちゃんがぴったりだよ」

「そんな……私に上手にお話ができるかどうか……」

「だーって、ルヴァは準備に忙しいだろうし、私が話したりしたら、つい演技過剰になってお子様たちがちびっちゃうかもしれないじゃなーい。その点、優しさを司る守護聖のアンタなら、その点のセーブができると思うんだけどな。ね、ルヴァもそう思わなーい?」

「そうですねー、リュミエールは適役ですね。どうしても気が進まないのならば、無理にはお願いしませんが、ぜひ、語り役を引き受けていただきたいですねー」

その司る力故か、リュミエールは頼まれごとを拒否することがなかなかできない。特に普段から守護聖間の人間関係に気を配る、お人好しを絵に描いたようなルヴァには弱い面がある。

「わかりました。私でよいのでしたら、喜んでお引き受けしましょう。けれどルヴァ様、オリヴィエ。私には恐ろしいお話を恐ろしく語りきる自信がありません。普段と同じ口調になりますが、それでもよろしいですか」

「ええ、ええ、もちろんですよ。優しいあなたに、あの子たちを恐がらせるようなことができないことは、私たちも承知していますよー。普段のあなたらしくお話ししてあげてください」

「よーーっし、決まりー!!ルヴァ、私はアンタの部屋をそれらしくコーディネイトしてあげる。あ、そうだ!!せっかくだから、リュミちゃんの衣装とヘアメイクもお・ま・か・せ」

「そんな……普段の服装ではいけないのですか」

「だーって、せっかくじゃなーい。ね、ルヴァ」

「そうですね。あ、リュミエール、派手な服装にはならないはずですから、安心してくださいねー」

「そーよぉー、衣装はルヴァに選んでもらうから、安心しなさいって」

 『極楽鳥』の異名を戴くオリヴィエではなく、ルヴァが衣装の考証をするのであればとリュミエールは、その日のために用意された衣装を身に着けることを承諾した。その後、数日の間、ルヴァは宇宙の様々な惑星や星域に伝わる怪談を集め、少しずつリュミエールに渡した。リュミエールはルヴァが厳選した話に目を通し、自分なりの解釈を書き込みながら、本番に備えた。リュミエールは最初、話の全てを暗記するはずだったのだが、あまりの文章量の多さにそれをあきらめ、その代替案としてオリヴィエがルヴァの用意した原稿を古びた本のようにまとめものを朗読することにした。

 ◇◇◇

 そして百物語の当日、ルヴァの執務室の控え室で、台本の最終チェックをしていたリュミエールのもとに、オリヴィエが衣装を持って現れた。

「ハーーイ、リュミちゃん。これ、今日の衣装だヨン」

「これは……」

「んー、なんかさ、例の惑星で幽霊が着てる服らしいよ。一人じゃ着られないだろうから、私が手伝うね。ほら、着付けの本もルヴァから預かってきたんだ」

「ありがとうございます、オリヴィエ。ルヴァ様はゼフェルたちを迎えに行かれのですか」

「そ。あと三十分くらいで、こっちに着くと思うよ。あ、こっちに袖を通して、腕あげてねン」

オリヴィエは着付け教本を横目で見ながら、器用にリュミエールに白い和服を着せた。

「ぐるっと回ってくれる?」

リュミエールがオリヴィエの指示通りに動いたのだが、オリヴィエはどうやら不満げな様子だ。

「どうしたのですか、オリヴィエ」

「んーー、ちょーっと物足りないんだよねぇ。ねーーえ、リュミちゃん、ちょーっとだけお化粧してもいい?」

「そ……そんな……」

「ダイジョーブだってば。薄ーくファンデーション塗って、薄い色のルージュを引くだけだから。ね?ほーら、ルヴァとガキンチョたちのためにさ、いいでしょ?いいわね?」

有無を言わさぬ口調でオリヴィエが、さっさとリュミエールに化粧を施し始め、

「ほーら、できた。どーお?リュミちゃん」

と、リュミエールに手鏡を差し出さした。青白いファンデーションを塗られた顔を見たリュミエールが言った。


「オリヴィエ、何だか顔色が悪いように思うのですが……」

「これでいいんだよ。ルヴァの話ではアンタが着てる白い着物はね、死に装束らしいんだ。だから、顔色が悪いくらいでちょーどいいの」

「はぁ、そうですか」

「髪も少しだけ乱した感じにしてみようね。ん、これでOKだよ」
 

 リュミエールの準備ができた頃、ルヴァの執務室にルヴァに伴われてゼフェルとランディ、マルセルが入ってきた。既に日が落ちている室内の照明は無数の蝋燭の灯だけ。ゆらめく炎に照らされた室内は、普段とは異なる様子を見せている。演出の一つとしてオリヴィエが焚きしめた香のくゆりが、一層、陰鬱な雰囲気を強めいるため、普段は強気なゼフェルも少々戸惑っているようだ。

「んだよ、ルヴァ。ずいぶんと部屋ん中が陰気くせーじゃねーか」

「そうですよー。今日は皆さんに『百物語』という怪談をお聞かせするんですからねー。リュミエールが百のお話をしてくれるんですがね、百話目の話が終わる時、何か恐ろしいことが起こると言われている、地球という惑星の風習です」

ルヴァの話を聞いたマルセルが不安そうに言った。

「ええっ、そんなぁ。ルヴァ様、僕、恐いのは苦手なんですぅー」

「ハハッ、大丈夫だよ、マルセル。俺たちがいるじゃないか」

「それは、そうだけど……」

「けっ、話が始まる前からびびってんじゃねーよ。この弱虫野郎」

「ひどいや、ゼフェル。僕、弱虫なんかじゃないよ」

「大丈夫ですよー、マルセル。私やリュミエール、オリヴィエも一緒ですからね、安心してくださいねー」

不安と期待がないまぜになった三人にそう言うと、ルヴァは控え室のリュミエールとオリヴィエを執務室に招いた。

 白い着物を身に着けたリュミエールは、静かに着席するとルヴァが選んだ怪談を静かに語り始めた。ルヴァの選んだ話はどれも恐ろしいものに感じたリュミエールは、できるだけ三人の少年守護聖を恐がらせないよう、可能な限り抑揚のない調子で朗読をしているのだが、その優しい心遣いがかえって恐怖心を煽ることに気がついていないようだ。一つの話が終わるごとにオリヴィエが蝋燭を吹き消し、夜の闇は少しずつ、しかし確実に部屋を支配していく。マルセルは隣に座っているランディの腕にしっかりとしがみつき、ゼフェルもいつになく落ち着かない様子で話に聞き入っている。そんな三人の様子を見たルヴァは、自分たちの計画の成功を確信したのであった。


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