真夏の夜の物語 2


 リュミエールの静かな語りは続き、夜が更ける頃には百本の蝋燭のうち、火が灯っているのは数本を数えるのみになった。百物語のクライマックスには特に恐ろしい話が集中しているため、少年守護聖たちは身を固くして水の守護聖の話に耳を傾けている。オリヴィエが蝋燭をまた一つ吹き消したため、暗闇はますます深くなる。

 最初にその気配に気づいたのはマルセルだった。最年少の守護聖は大きなすみれ色の目を、更に大きく見開いてドアの方向を見つめたまま動けなくなっていた。マルセルの異変に気づいたランディが扉の方向に目をやると、そこにはうっそりと佇む巨大な黒い影があった。

「う……うわーー!!で……出た!!化け物だーー!!」

ランディの叫びを合図に、部屋の中は阿鼻叫喚の渦となった。マルセルはランディと共に机の下に潜り込み、泣きじゃくっている。泣き出しこそしなかったものの、ゼフェルは椅子からずり落ちてしまい、口をぱくぱくとさせてはいるのだが、掠れた声を吐く息と共に出すのが精一杯といった様子だ。ルヴァはパニックに陥った少年守護聖たちの様子をみるのに追われ、そんな彼らを見たオリヴィエは目尻に涙を浮かべ、身をよじって大笑いしている。全く予期せぬ訪問者を驚いて見つめるばかりで、事態を把握できていないリュミエールが、扉の前にいる黒い影に声をかけた。

「……クラヴィス様……何故、ここに……」

大いなる困惑の表情を瞳に浮かべた闇の守護聖の名を耳にした、ルヴァとゼフェルがドアの方向を振り向き、ランディに引きずられるように、ルヴァの執務机の下から這い出てきたマルセルは、ぽかんとした表情でクラヴィスを見つめている。ランディも事態を全く理解できないまま、床に座り込んでいた。

「あ〜、おっかしい。クラヴィス、アンタってばナイスなタイミングで来てくれたじゃなーい」

ただ一人、事情を知っていると思われるオリヴィエが、笑いながら言った。

「……オリヴィエ……夜更けに私をここに呼び出した理由を聞かせてもらおう」

「そうですよー、オリヴィエ。どうしてクラヴィスが私の執務室に来るんですか〜」

「演出だよ、演出。ほら、ルヴァが言ってたじゃないか。最後のお話が終わる時に、恐いことが起こるって。でもさ、そんなものを待ってるより、誰かをこの部屋に寄越しちゃえば、絶対にみんなびっくりすると思ったんだよ。ね? 幽霊役にぴったりなのってクラヴィスしかいないしさ〜、だ・か・ら、ナイショで声をかけといたんだ。まさか、こんなに驚くとは予想してなかったんだけどね」

「……それが理由か……」

感情の読みとれないクラヴィスの言葉に、オリヴィエが明るく答えた。

「そうだよ。お疲れさま、クラヴィス。アンタのお陰ですんごい楽しいもの見せてもらっちゃった。お礼言っとくわね」

 クラヴィスとオリヴィエの視線が交錯する様子を見たリュミエールが、二人の間に争いが生じるのではないかと懸念し、声をかけようとした時、クラヴィスの喉の奥から低いくぐもった笑い声が聞こえてきた。それは耳を傾けないと聞こえないような微かなものであったが、既に闇と沈黙に支配されている部屋では不思議な響きをもって広がっていく。ルヴァとゼフェル、ランディとマルセル、そしてリュミエールは言葉を失ったまま、無表情なクラヴィスとニヤニヤと笑うオリヴィエが見つめ合っているのを見守るしかなかった。

やがてクラヴィスが

「……思いの外、楽しませてもらったな……」

とつぶやき、部屋に来た時と同じように、足音をたてずに出ていった。それを見送っていたオリヴィエが

「さーってっと、私もそろそろ帰ろうっと。夜更かしは美容の大敵だもんね。それじゃ、ルヴァ、リュミエール、お疲れさん。あ、お子様たちぃ〜、寝る前にちゃんとトイレに行っときなさいよ。その歳でおねしょなんかしたら、恥ずかしいんだからね」

と言い残し、軽やかな足どりで部屋を後にした。

◇◇◇ 

 さて、その後。リュミエールはオリヴィエがいなくなったため死に装束のまま、そしてメイクもそのままに私邸に戻り、不本意ながら彼の使用人をパニックに陥れることになった。そしてルヴァはゼフェル、ランディ、マルセルの三人を伴い私邸に戻ったのだが、恐怖冷めやらぬ三人との雑魚寝を余儀なくされ、寝相の悪い三人にさんざんけ飛ばされ、ほとんど眠ることができなかった。しかしゼフェルの夜遊びを防ぐという最大の目的は、数週間ではあるが達成することはできたのであった。


このお話のイラストの中で、一番手間暇がかかっているのはクラヴィスです。
ただの黒ではなく、様々な色を重ねた深みのある闇色をお楽しみください。
あと、お子さま達の生足もお勧めです。


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