青い春のバカ野郎 1

 「ごめんなさい。あなたが嫌いになったわけじゃないの。ただ……あなたを恋の対象として見られなくなっただけ。本当にごめんなさい。あなたに告白された時、本当に嬉しかったわ。私、あなたを好きになれると信じていたし、あなたを一人の男性として好きになろうと努力しようとしたのよ。でも……今までと同じように大切なお友達としてしか、あなたを好きになれないの……」

 商店街の全ての店が休日となる火の曜日、客のいないファーストフードショップで少女は少年に別れの言葉を伝えた。店の主である少年は言葉を失い、青い瞳を見開いて少女を見つめている。テーブルの上に置かれた1つのグラスに2本のストローが添えられたトロピカルドリンクは、その存在を忘れられ、すっかり溶けてしまっている。

「ランディ、あなたはとてもいい人だもの。きっと私より、あなたにふさわしい女の子が現れるわ」

少女は最後にそう言うと静かに席を立ち、店から出ていった。

 商店街の近くにあるスモルニィ女学園に通う少女に、ランディと呼ばれた少年が思いを告白したのは3カ月前のことだった。彼の店の常連客の一人だった、大きな瞳が愛くるしい少女に恋をした少年は、ありったけの勇気を振り絞って交際を申し込み、少女も彼の申し出を受け入れた。最初は友人として、そして少しづつ少年を好きになりたいと、頬を染めて答えてくれた日は鮮やかな思い出としてランディの心に今も輝いている。しかし別れの日は、あまりにも突然訪れたのだ。

 交際を始めて3カ月目のこの日、彼は彼女と森の湖も出かけようと、腕によりをかけて特製のハンバーガーとフライドチキン、フライドポテトを朝早くから起き出して用意していた。彼女のお気に入りのアップルパイも作った。それは全て、少女の笑顔を見たいがため。青春真っ直中の少年が抱いていて当然の下心が多少あったことは否めない。彼はこの日、少女と初めての口づけをしようと、彼なりの綿密な計画を立てていたのだが、全てが無駄になってしまったのだった。楽しいはずだった休日が暗転したため、ランディは自ら用意した弁当をヤケになって平らげ、ぼんやりと時間を過ごすしか、成す術がなかった。

◇◇◇

 明るい褐色の髪と青い瞳のランディは、スポーツが得意な18歳の少年である。身分の違いを乗り越えて結ばれた彼の両親は、彼が高校を卒業すると同時に外国に移り住むことになり、ランディは両親が営んでいた健康食品や健康器具を扱う店を継いだ。ファーストフードショップは彼が趣味で出したようなものだったが、かつて恋人だった少女の通っていた女子校の生徒や、近くに住む人たちに親しまれ、なかなかの繁盛ぶりだった。オーナーのランディは元気で快活な性格で、抜群の運動神経の持ち主だったこともあり、少し年下の少年や少女たちから兄のように慕われていた。特に少女たちは彼に『ランディさんって、本当にいい人ね』と、ことあるごとに言ったものだ。

「いい人か……」

普段なら嬉しく感じるはずの『いい人』という言葉も、今のランディの心には残酷で悲しい響きをもたらすものでしかない。彼はこれまでにも数人の少女と交際したことがある。しかし数カ月、早い場合は数週間ほどした頃に、ほぼ一方的に別れを告げられてしまう。彼女たちは全員、最後に言うのだった。『あなたはいい人だから、私よりもステキな人が現れる』と。彼女たちの予言は全て的中し、傷心のランディに恋する乙女が現れるのだが、前の恋人だった少女と同じ言葉を残して、彼の前から去ってしまうのだ。普段、殆ど物事を深く考えることのない彼は、とりとめのない事柄について思いを巡らせた。『いい人』だと言われながら何故、少女たちから別れを告げられなくてはならないのか。幼い頃、母が眠る前に読み聞かせてくれた童話では、善人は皆、幸福を掴んだものだったのに現実は違う。「もしかしたら『いい人』なんて、ただのバカかもしれない」。そんな考えがぐるぐると脳裏を巡る。深く物事を考えるという、普段し慣れないことをしたものだから、ランディの意識はほどなく睡魔に捕らわれ、そのまま深い眠りに落ちた。

 数日後、ランディは同じ商店街で喫茶店を営むオスカーの店に、注文された野菜やパンを配達に行った。絶品のカプチーノやシュラスコ料理が評判のオスカーの店は、リップサービスも自慢とする店主目当ての女性で毎日賑わっている。大人の魅力を持つ女性客の中には、純情な青少年を絵に描いたようなランディをからかうのを楽しみにしている者もいる。いつもからかわれてばかりのランディは、次はきっと、しゃれた言葉で切り返してやろうと心に決めるのだが、その決意は毎回無惨にも崩れさり、真っ赤な顔でどぎまぎするしかないのだった。

「おいおい、レディ方。君たちのような大人の女性の魅力は、この純情な坊やには少々刺激が強すぎるってもんだぜ。大輪のバラのようなレディは、このオスカーにこそふさわしい。そうだろ? 坊やには若草色のリボンが似合う、可憐な女の子の方がお似合いだぜ。いや、坊やには恋よりも、お手手をつなぐ程度の可愛いお付き合いのほうが、お似合いかもしれんな。どうした、坊や? そんなにふてくされた顔をして」

「坊やなんて、呼ばないでください」

言葉の調子を少し荒げて、ランディがオスカーに言った。

「俺はもう18歳なんですよ。坊やなんて呼ばれる年じゃないです」

ムキになるランディの様子を見た数人の女性客とオスカーは、一斉に笑い声を上げた。

「そうやってムキになるところが、坊やなんだよ」

ランディの方に手をかけてオスカーが言う。笑いをかみ殺してはいるが、彼の手が小刻みに震えている。ランディはおざなりに礼を言い、店を後にした。

 店の外にはスモルニィ女学院の生徒が数人いた。彼女たちのささやきがランディの耳に入った。

「オスカーさんって、ステキよね」

「大人の男の人って憧れちゃう。ちょっと危険な雰囲気が好き」

「イケナイことを、いろいろ教えてもらいたいなぁ」

などと、話している少女たちに、ランディは考えるよりも先に尋ねていた。

「ねえ、君たち。君たちはオスカーさんのような男の人が好きなの? 街一番のプレーボーイで、女の人と見たらすぐに声をかけるような、軽薄な人が?」

ランディの突然の問いに少女たちはひどく驚いたようだったが、街一番のいい人であるランディを見て安心したのか、次々に正直な気持ちを話してくれた。その言葉によると彼女たちは優しい男性は少々物足りなく感じること、多少強引な男性のほうが恋人としては理想的であること、多少プレイボーイであったほうが、女性の扱いになれているので楽しいということだった。最後にランディが口にした、『いい人』をどう思うかという質問に、少女たちは「友達にしたいけど、恋人にはしたくない」と即答した。その言葉にランディは決心した。悪い男になってみせると。


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