三 人 が 疾 く1 江戸の町を南北に貫く、陽の高い間は賑わっている通りも、丑三つ時を過ぎる頃ともなると閑寂としているのが常である。しかし今夜はその空気を引き裂くかのように、大勢の男たちが駆け抜けていく。大通りから横町へとつながる細い道をも丹念に調べていく男たちは武士のいでたちではないが、それぞれに脇差しを帯びている。
「いたか」
「いや、こっちには、おらぬ」
「逃げ足の早い奴らだ。二手に分かれよう」
「おう、それじゃ俺たちは来た道をもう一度調べよう」
慣れた様子で手短に言葉を交わした男たちに、追跡の手をゆるめようとする気配はない。
人相のよろしくない男たちのいる通りから数本下町寄りの狭い路地を、3人の男が駆け抜けていた。先頭を走っているのは、烏の濡れ羽色の長い髪を背中までおろした、秀麗な顔立ちの男である。見上げるほどの長身にもかかわらず、足音らしいものも立てず、闇にとけ込むかのように夜道を行く。そのすぐ後を追うのは堂々とした体躯が印象的な、赤錆び色の髪を無造作にまとめた男。右の眉毛の上あたりから右の頬にかけての傷が、何とも言えぬ迫力をかもし出している。日頃から鍛えているとみえる肉体は、ざっざっと力強く地を蹴りつける。二人から少しばかり遅れてその後を追う男は、身の丈5、6尺をゆうに超える二人に比べて1尺ほど小柄で、その体格も少々貧弱な様子。丸頭巾からのぞく前髪は汗で額にはりつき、息も絶え絶えといった様子で肩を大きく揺らして走っている。
「……もう……走れ……ません。お二人とも……先に……行ってください。少し……休憩してから……」
遅れて走っていた男が口を開くと、先を急いでいた男二人は『またか』と言いたげに顔を見合わせ、腰を折り、膝に両手をついて身体を支えている男のもとに戻る。
「何、言ってんですか、ルヴァ先生。こんな所で休憩なんぞしていたら、奴らに掴まっちまいますぜ」
「……。あと小半時走れとは言わぬが……」
駆け寄ってきた男たちが小声で言うのだが
「クラヴィス……、ヴィクトール……。む……無理ですよ……。膝が……ガクガク言って……」
ルヴァと呼ばれた男は、二人の顔を申し訳なさそうに見上げながら切れ切れの言葉を返す。クラヴィスと呼ばれた黒髪の男と瞬時、視線を交わしたヴィクトールと呼ばれた男が
「わかりました。俺が先生をかついで走りますから、ちょっと我慢してください」
と言うやいなや、ヴィクトールはルヴァを軽々と肩に抱え上げた。
「あ〜、ヴィクトール、そんなことをしたら、あなたが追手に捕まってしまいます〜」
「日頃から体を鍛えるのは武士の務め。浪人に身を落としちゃいますが、先生の一人くらい、どうってことないですよ」
ルヴァはヴィクトールの帯の後ろ側をしっかりと握り、更に申し訳なさそうに言葉を継いだ。
「いつもすみませんねー」
「いえ。揺れますからしっかりと掴まって、舌を噛まないようにしてくださいよ」
「はい、わかりました」
二人の準備が整ったのを確かめたクラヴィスが、先陣を切って再び闇の奥へと駆け抜ける。
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