荒 療 治 1


 「おーい、クラヴィス様用の特別取り寄せ商品、あんじょう届けてくれたやろな」

聖地御用達商人であるチャーリーの呼びかけに、彼の部下が答えた。

「へぇ、午前中に追加で到着した分と合わせて、昼前にお届けさせてもらいました」

「ん? 商品は皆、昨日の夜に着いたんとちごたん?」

「僕もそう思てたんですけど、朝一に薬が届きましてん。明細、見はります?」

「おう、こっち、かしてんか。……滋養強壮ドリンクにビタミン剤、それから……」

渡された納品伝票を見ていた商人は突然、素っ頓狂な声を上げた。

「何やねん、これは!! こんなモン、クラヴィス様に届けたんかいな〜。どないするねん、冗談の通じるお方とちゃうねんで」

「え、何どすの、社長」

チャーリーの震える手元をのぞき込んだ彼の部下の顔色が、まるで絵に描いたように青くなった。

「社長……何でこんなモン頼まはりましたん」

「俺は無実や。誰ぞが『元気の出る薬』やったら、何でもええと思いくさったんとちゃうか……。誰やねんな、こんなアホな商品を発注したんは……。それにお前!! 配達の前に俺に確認せんとアカンやろ」

「へ? 社長に尋ねたら『ほな、すぐ持って行ってんか』て、言わはりましたやん」

「そうやったかいな……。ああ、ボッサリしてられへん、何の薬かばれる前に回収してしまわんと。俺、クラヴィス様のとこにチャーッと行って、返品してもろてくるわ」

「……社長……行かんでもええみたいでっせ。向こうさんから来はりましたわ」

ぎくっとして振り返ったチャーリーの視線の先に、クラヴィスの姿があった。漆黒の長い髪、彼自身が司る闇と同じ色の長い衣をまとった闇の守護聖は、普段の無表情な風情ではあるが、その瞳は困惑と怒りをたたえていた。

「……これは、何の真似だ……」

クラヴィスの怒りのオーラに負けまいと、チャーリーは努めて明るく答えた。

「えーっと、あるお方から依頼をいただきまして、『クラヴィス様に元気を出してもらえるような商品を探して欲しい』と。そんで私共で厳選した商品をお届けさせてもらいましてんけど……。あ、一部、けったいな商品が手違いで紛れ込んでましてんけど、それは返品していただいて結構ですんで……」

「商品を選んだ者は、かなり俗な人間のようだな……。こんな物、私が喜んで使うと思ったのか」

クラヴィスの従者が持ち込んだ箱の中に無造作に放り込まれた商品を見て、チャーリーは息を飲んだ。筋肉トレーニング用の機材一式、スタミナドリンクにビタミン剤やプロテイン、健康マニアが著した数々の書籍や雑誌、妖しげな漢方薬や民間薬、お守り、いわくありげな置物、そして未成年の閲覧が禁じられている写真集やビデオなどがひしめいている。そして箱の隅には先刻、チャーリーと彼の部下が発見したヤバメな薬が無造作に放り込まれていた。これらの商品はチャーリーが腕利きのバイヤーに命じて集めさせたものなのだが、彼がチェックした商品以外のほぼ全てが返品の憂き目にあったようだ。

「好みの品はありがたくもらっておく。しかし、これらは皆、私には必要のないものなので、引き取ってもらいたい」

「はいっ。承知しました!! 不愉快な目ぇさせてしもて、ホンマに申し訳ありませんでした」

腰を90度に曲げて謝罪の言葉を述べるチャーリーを一別したクラヴィスが、ぼそりと言った。

「気にするな……今、返した品はジュリアスにでも届けるといい。私からだと言ってな……。少しは融通のきく性格になるであろうよ」

意地の悪い微笑を浮かべたクラヴィスは、店を訪れた時と同じように、音もなく立ち去った。闇をまとった長身の青年の姿が、完全に視界から消えてから、残された二人が口を開いた。

「……クラヴィス様って、ええお人ですねんやろか」

「さぁな、俺にもようわからへん。根は悪い人と違うと思うねんけどな。」

「社長、これ、ジュリアス様にお届けするんですか」

「アホ、そんなことしてみぃ、聖地に血の雨が降るで!! これは本社に送り返して適当にさばいたらええ」

返品商品の確認を行っていた二人の所に、別の部下がやってきて言った。

「社長、エルンストさんから注文してもろてた『バイクリア』がおまへん」

「何ぃ? ほら、これやろ」

チャーリーは返品商品の中にあった錠剤の入ったプラスティックの容器を、部下に渡した。

「社長〜、こんな時にボケかまさんといてください。これは『バイアグラ』で、僕の言うてるのは『バイクリア』です。バイアグラでインポは治せても、水虫は治せませんやろ?」

「え? バイクリアは今朝一番に届いたで」

もう一人の部下が驚いて言った。

「ちょっと、待ち。クラヴィス様にバイクリア届けたんか?」

「バタバタして覚えてませんねんけど、今日の配達先はクラヴィス様だけです」

チャーリーは数秒間考えをめぐらせ、二人の部下に明るく言った。

「あんな暗ーて辛気くさい部屋に一日中おったら、水虫になってもしゃーないわな。オマケに仲のええお方が水の守護聖様ときたら、水虫の条件勢揃いもええとこや。ええて、ええて。今日、届いたバイクリアはクラヴィス様に差し上げよ。エルンストさんの分は追加注文しといたらええよ」



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