荒 療 治 2 その日の夕方、王立研究員主任のエルンストがチャーリーの店を訪れた。
「……その、私がお願いしていた薬は届いたでしょうか。あなたの部下の方のお話では、今朝到着するということでしたが……」
「いやー、それが申し訳ないことに、ちょっとした手違いでおまへんのや。来週には入るんですけど……。そや、エルンストさん、バイクリアよりバイアグラなんかどうです?」
「バイアグラ? 何ですか、それは」
「某惑星で開発された新薬です。これを飲んだらあ〜ら不思議、男としての力が甦るっちゅー、夢の新薬でっせ」
あからさまなチャーリーのボディトークに、エルンストはたちまち頬を紅潮させた。
「何を言っているんです、あなたは!! 私をオスカー様と同じ人種だと思わないでください!!」
「冗談ですって。エルンストさん、水虫、すぐに薬を塗らなあかんくらい辛いんでっか?」
「いえ、切羽詰まっているわけではありません。ただ……」
「ただ?」
「私の肉体を、私以外の……それも微生物に占拠されていると考えるだけで、落ち着かないのです。……それに最近は痒みが出てきて……ひどくなると研究にも支障をきたすのではないかと心配で……」
困った様子のエルンストを見たチャーリーは、心から彼の力になりたいと思った。しかしバイクリアをクラヴィスに返品してもらうことはできない。何とかしてエルンストの足に巣くう水虫を退治する方法を思いつくこと、それが『お客様は神様です』をモットーとする商人としての心意気、そして女王試験の協力者として聖地にいる人間の義務なのだ。考え込むチャーリーを心配そうに見守っていたエルンストは、
「もう、結構です。追加の薬が入荷したら連絡をください」
と言った。それは諦めの言葉でもなく、ましてや腹を立てているのでもない、チャーリーの感じている責任を少しでも軽くしたいという、エルンストの優しさから発せられたものであった。その言葉に感じ入ったチャーリーの脳裏に、幼い頃の思い出が突然甦った。
「せや! せやせや!! エルンストさん、ええ方法がありましたわ」
チャーリーはそう言うと、店の奥からガソリンを燃料として走る自動車用のバッテリーを持ち出してきた。
「バッテリー液を10倍に薄めて……と。あ、エルンストさん、そこの椅子に座って靴と靴下脱いでください」
「何をする気ですか?」
「何って、これを水虫にかけるんです。よう、効きまっせ〜」
「かけるって、バッテリー液は希硫酸を使用しているんですよ。そんなものをかけたら、皮膚がただれてしまうじゃありませんか。何を考えているんです、あなたは!!」
「大丈夫、大丈夫。希硫酸言うても10倍に薄めてるさかい、熱湯をちょっと被ったくらいしか痛ありません。この方法で俺の知ってる長距離トラックとか、ダンプカーの運チャンは水虫治してましてんで。皮と一緒に水虫の菌も焼き殺すさかい、一発で治ります。この俺様の保証付き!!」
「け……結構です。私は……あーーー!! 何をするんですか!! 離してください」
たじろぐエルンストを羽交い締めにして無理矢理椅子に座らせ、更に暴れないように彼の手を背もたれに回して紐で固定したチャーリーは、手際よくエルンストの靴と靴下を取り去った。
「なんや、これっくらいの水虫やったら、1回だけで治りますわ。ちょっと痛いけど、我慢してや」
そう言うとチャーリーはエルンストの右足の指と指の間に丁寧に、10倍に希釈したバッテリー液をかけ、左足にもかけた。
「これでよし。乾くまで、もうちょっとそないしとってくださいよ。あ、風呂に入れるのは明日の夜からでっさかい、それだけ覚えといてな……って、エルンストさん、泣いてはりますん?」
ほんの少し涙目になっていたエルンストはキッと、チャーリーを見て言った。
「私は……常に知識と理性と冷静な判断力で物事に対処してきました。……その私がこんな野蛮な治療方法に屈するなんて……」
「大げさなお人やなぁ、ホンマに。化学の力を使おうと、野蛮な方法を使おうと、要は治ったらええんでっしゃろ? 真面目すぎたら、しまいにハゲてしまいますで。ハゲの治療薬はまだ開発されてへんねんから、水虫よりハゲの心配した方がええんとちゃいます?」
「……帰ります」
「はい、お疲れさまでございました。あ、バイクリアの追加はいらんと思いますけど、どないします?」
「いりません!!」
「あ、エルンストさーん。これ、持っていって。お詫びとお見舞いです」
既に歩き始めているエルンストにチャーリーが投げ渡したのは、行き場をなくした夢の新薬のバイアグラであった。
10倍に薄めたバッテリー液は、確かに水虫治療に効果があります。
子供の頃、父親からえげつない水虫を移された司書は、この方法で治してもらいました。
でも、真皮近くまで希硫酸で焼くわけですから、ものごっつーダメージを食います。
確かに一発で治るし、これ以来水虫とは無縁の生活を送ってますけど、
あんまりお勧めできる方法ではありません。
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