どてらい男たち 1


 鉄格子が閉じられた大きな音の次に、いかにも丈夫そうな錠前に鍵がかけられる、鋭く高い金属音が続いた。女性とは思えないほどに鍛えられた肉体を持つ看守が不敵な笑みを口元に浮かべ、囚人服を着せられた3人に言った。

「脱獄してもかまわないんだぜ。命が惜しくないならな」

鍵の束をジャラジャラとならしながら、これみよがしに見せつけた看守は、自信たっぷりの様子で薄暗い牢獄を後にした。

 「ったくよー、女ばっかりの惑星に来たっつーのに、いつものゲロ甘な口説き文句も通用しないんじゃあな。よお、オスカー、あんたも今度ばっかりはお手上げかよ」

鋼の守護聖の悪態に、炎の守護聖オスカーが答えた。

「このオスカー様の甘いささやきが通じないなんて、俺にも信じられないぜ。この惑星のレディたちは皆、俺のようないい男に全く免疫がないらしいな」

「へっ。おめーみたいに質の悪い男に騙されて、男気嫌いになったんじゃねーか?」

「何?!もう一度言ってみろ、ゼフェル」

「あ〜あ〜、オスカー様もゼフェル様も、ケンカしてる場合と違いますやろ。どないかして、ここから出る方法を考えんとあきまへんがな」

二人の守護聖の大人げない口げんかを止めに入ったのは、聖地御用達商人であるチャーリーにゼフェルが言った。

「どうするんだよ、こんな頑丈な牢獄、特殊金属用の刃でもなきゃ破れやしねーぜ」

「それに武器は皆、ここに入れられる前に取りあげられてしまったしな。素手であの牢番や警備兵を相手にするのは無謀だぜ。それに俺は、レディと一戦を構えるのは趣味じゃない」

「けっ、まーだ、そんなこと言ってやがるのかよ。アイツらのどこが女に見えるってんだよー。目ぇ、開いてんのかよ、オッサン!!」

「お二人とも、戦は身体だけでするもんとちゃいます。武器も道具もない時は、ココを使うもんです、ココを」

人差し指で自分の頭をつつきながら、チャーリーが言った。

「何か、いい作戦でもあるのか?」

「それは、今から考えますよってに」

そう言うとチャーリーは、彼らが収監された室内をくまなく調べ始めた。

「ん〜、ここにあるのはシーツと枕と毛布。シーツは白で素材は……綿100%っと。それから、こっちにはインクと紙と本。おっ、この本、聖書だっせ。読まはります? あ、いりまへんか。そうでっか。洗面用具の中には……ほほっ、ブラシと石鹸、タオル、お、こりゃ、ええわ。化粧の用のブラシが何本か、基礎化粧用品……。恐ー見えても、こんなとこが女らしい感じやな。トイレの中には……紙だけね。水は自由に使えるっと。こんだけあったら、十分やな」

罪人ではなく、捕虜を収容するためにしつらえられたとうかがえる室内には、日常の生活に必要な最低限の物が揃えられているようだ。時に真剣に、そしてニヤニヤとした笑みを浮かべて何かを考えているチャーリーに、オスカーが言った。

「何か、いい案が浮かんだのか?」

「へぇ、ごっついグーッドアイデアありますねん。もちろん、お二人の協力が必要ですねんけど、話、聞いてもらえますか?」

脱出の手だてを何一つ持っていないオスカーとゼフェルは、二つ返事でチャーリーへの協力を承諾した。

◇◇◇

 「ん〜、さっすが器用さを司るゼフェル様やな。こっちの花柄もそっちのキレーな兄ちゃんの柄も、ええ出来になってますわ」

スカーフ大に切ったシーツの幾枚かには華やかな花が咲き誇り、残りの数枚には聖書から引用したエピソードにちなんだ絵が描かれている。それらの絵の原画はチャーリーが描いた。水性のインクがにじまないよう、基礎化粧品の中にあったクリームで下地の処理を施したのはゼフェルである。

「それにしても、こんなものが一体、何の役に立つというんだ?」

作戦の準備段階では全くの役立たずだったオスカーが、チャーリーに尋ねた。

「賄賂にするんです」

◇◇◇

 オスカーとゼフェル辺境にあるとある惑星に降り立ったのは、この惑星の人類の男女の比率が著しく偏っている原因の調査のためであった。民の平素の姿を知るために、その行動は秘密裏に行われることになっていた。全人口の90%以上を女性で占められてている惑星では、男の二人連れはかなり目立ってしまうため、調査は思うように進まなかった。若干の焦りを感じ始めたオスカーとゼフェルは、偶然、新宇宙を司る女王を選出するための女王試験の協力者だったチャーリーに出会い、彼の仲間の商人になりすまして行動を共にすることになったのだ。だが、他の惑星からの来訪者である彼らが不審人物と目され、投獄されるまでに多くの時間はかからなかった。隠密行動をとっている以上、聖地や王立研究員の力を期待することはできない。彼らは全ての能力を遺憾なく発揮して脱出を図らなければならないのだ。そのために薄暗い牢獄での生活が始まってからの数日間、背中を丸めて慣れない作業に精を出していたのだった。

 三人に朝食が差し入れられる時間になると、看守と配膳係がやってきた。彼女らの姿を認めると、オスカーは鉄格子から配膳係の女の手を取り、自信たっぷりの態度で言った。

「レディ、君のその美しい髪にぴったりの贈り物をさせてくれないか。俺は君の輝く笑顔が見たいだけなんだ。俺の願いを叶えられるのはレディ、君だけだ。この花を君の髪に飾ってはくないか」

流れるような動作で、彼は昨夜完成したばかりの花柄の布地を差し出した。オスカーを押し止めようとした看守には、チャーリーが話しかけた。

「看守さんには、こちら。聖書のお話の絵はどないですか?」

チャーリーが広げた美青年の絵を見た看守は、微かにではあるが頬を染めた。その間にオスカーは、配膳係の髪に花柄の布を飾り終えた。そして数秒、彼女の目をじっと見つめ、感慨深げに言った。

「やっぱり、俺の思ったとおりだ。君には小さくて可憐な花がぴったりだ。よく似合うぜ」

オスカーはウィンクを投げ、極上の微笑みを配膳係に贈った後、看守を見つめた。

「もちろん、君にも贈り物があるんだ。受け取ってくれないか。情熱的な女性には大輪の花がよく似合うはずだ。さぁ、こちらに来てくれ。君の髪にも俺の手で美しい花を飾らせてくれ」

チャーリーが差し出した布を握りしめたまま、看守はオスカーの元に吸い寄せられるように向かった。二人の女性は瞬く間に、ゼフェルの手による美しい絵柄の布地に、そしてオスカーとチャーリーの話術の虜になったのであった。

 彼らの作った美しい布地は牢獄に出入りする女性たちの間で評判になり、すぐに追加注文が入るようになった。

「すんません、もう何も作れませんのや。何しろ、シーツもインクものうなってしもたさかい……。もし白い布やらインクを貰えるんやったら、また作りますけど……。インクだけやのーて、色んな染料を都合してくれはったら、もっとキレイなもんも作れますし、布もシーツと違う、上質の……絹とか預からせてもらえたら、ええもん作れるんですけど……」

チャーリーの要求はすぐに受け入れられ、ゼフェルは持ち前の器用さを発揮して、色鮮やかな絵を布に描き散らし、オスカーとチャーリーは巧みに言葉を操り、牢獄を訪れる客に布地を渡した。中には彼らに代金を支払う者や、不自由な生活を慰めにと、様々な贈り物を手渡す者まで現れ、囚人のはずの彼らの懐は、たちまちのうちに豊かになった。


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