公開授業・環境有機農業論

報告・橘 泰憲


 私は環境科学研究科でひとつの授業を担当している。そこで今年はじめて公開授業という試みを行なった。主宰した本人が言うのも何だが、私にとってこの公開授業はとても興味深いものであった。私が予想していたとおり、それは大学における学問・教育のあり方を考える上できわめて示唆に官むものであったと思う。


筑波大学環境科学研究科

 この研究科の一番の特徴は独立犬学院であるということである。その意味は学部講座制の上に乗った犬学院ではないということである。日本の大学はよくも悪くも大家族制という構造をもっていて、一旦4年次の卒業研究で研究室(講座)に所属すると一生(就職はおろか結婚式から葬式まで)面倒をみてもらうようなシステムになっている。これか学問の硬直化の元凶であるということでつくられたのが環境科学研究科である。旧来の紬分化されたタテワリの学問研究ではなくて、問題解決型の学際的な学問研究をめざす研究科ということでなかなかタテマエはよい。そのためにここの学生は全国(全世界)から集まっているのが特徴である。ちなみに今年の受講生の出身大学は、北大教育学部、弘前大理学部、青山学院大理工学部、帝京大理工学部、津囲塾大文学部、中央大政策科学部、東京農工大農学部、筑波大人文学類、筑波大基礎工学類、神戸大人間科学部、コロラド大、アリゾナ大というものであるから、まさに百花繚乱である。担当しはじめてから今年で5年目になるが、社会人入学生も毎年数名受講していて、多彩な学生とディスカッションできるこの授業は私にとって楽しいものである。


生産環境制御論じつは環境有機農業論

1993年の春頃、来年度環境科学研究科の投業を担当してくれないかという話が研究科長からあった。生産環境制御論という授業で今までは中味はバイテクとのことである。私はパイテクほ教えることはできないので、有機農業に関することならやってもいいですよといったら、何でもいいということなので引き受けた次第である。私としては授業のタイトルを「環境有機農業論」としたかったのだが、研究科は出先機関(子会社・植民地ともいう)のようなところがあり、担当者が変わったときにコロコロ授業科目を変えなくてもいいようにあたりさわりのない授業科目名にするということなので、正式授業科目名は「生産環境制御論」で中味は「環境有機農業論」というややこしいことになっている。1コマ2時間半が10回分で2単位というワクで、しかも大学院という少人数教育の中で、これまで私が構想してきたことをこの授業の場で徹底的に実験してみようと考えた。それがその後、生物資源学類の授業科目「有機農業論」として2年後に結実する。大学院の授業はそれの萌芽(原初形態)のようなものであった。
 学生はシラバス(授業のカタログのようなもの)を見て受講申請をするので、設は次のようにシラバスに書いた

 これを見てピンときた学生がこの授業を受けるというわけである。私はこの授業はほぽ満足のいくものだと思っているが(自己浅足という意味)、その成功の秘訣はこのシラバスにあると自分では思っている。


環境有機農業論のスタイル

 新しい学問や教育は新しいスタイルでやらなければいけない。そこで私がやったことは机をロの字型に並ぺ変えて、ゼミ形式で授業を進めていくということであった。また集まったメンバーの問題意識を大切にし、第1週目はインタビュー(自己紹介)の時間とし、今までどのような勉強をしてきたか。これからどのような勉強をしたいか話してもらい、それをもとに各週のテーマをきめていくというやり方にした。これはなによりも私にとって新解なものであった。このやり方だと型にはまるということもないし、マンネリ化することもない。最大のメリットは環境有機農業論のテーマが限りなく広がっていくということである。私は「研究即教育,教有即研究」をスローガンにして研究教育活動をしているが、「私の有機農業論」の世界を着実に広げることがてきた。


環境有機農業論の波紋

 5年間やって受講生は少ない年で10名、多い年で25名程であった。ゼミ形式でやるにほ10〜15名くらいがよいことがわかった。やはり1年目の学生はインパクトが強かったらしく、アパートの近くに畑を借りて、野菜づくりをはじめたのが何人かいた。その後卒業するまで、研究室に遊びに来たり、「つくば有機セミナー」に参加したり、有機農業新聞のスタッフになったりで楽しく交流できたのはうれしいことであった。
 また教育に興味をもつ学生が出てきたこともひとつの特徴であった。私はシュタイナー教育や、林竹二の教育論、宮澤賢治の教育実践に興味があり、私独自の教育スタイルで授業を展開しているが、それに戸惑う学生とそれを新鮮に思う学生の2種類がいて、なかなか面白いものがあった。
 何かが伝わるということは共鳴現象である。教室で教師と学生の間で何かが創造されるとき、そこには一次共鳴がおきていることになる。面白いのは時々二次共鳴がおきることである。参加した学生がいろいろな集まりでこの投業の話をすることにより興味を持った学生が全国から訪ねてくるようになった。これまでもたくさんの他大学の学生や社会人がこの授業に参加していて、私がめざしている「象牙の塔という閉鎮的な大学を、誰てもが自由に出入りできる「ひらかれた大学」にする」ということが、すでに現実のものとなっている。


なぜ公開授業なのか

 いま大学は改革を求められている。しかし内部的な盛り上がりはほとんど無いといってよい。特権にあぐらをかいているのである。これまで全国各地の大学で学部の改組やカリキュラムの改革がすすめられているが、宮城教育大(故林竹二学長時代)と信州大経済学部(神林章雄学部長時代)などを除いてはみるべき成果はあがっていない。私の所属する生物資源学類でも、数年前にカリキュラムの全面改定をおこなったが、看板を塗り替えただけのものであった。これは大学にかぎらずどの組織でも同しことで内部的自己改革はできないということである。それならばどうするか。明治維新のきっかけとなったのは黒船であった。われわれのなすぺきことはディスクロージャー(情報開示)である。いま一体大学ではどのようなことが行なわれているのか、広く国民に開示することが、大学をよくするために必要である。そのことにより多くの国民の批判にたえる新しい学間研究が創造されていくにちがいない。公開授業をやることの意味ばそこにある。


公開授業というパフォーマンス

 今年のこの授業に集まった学生の顔ぷれをみて、これは楽しいものになりそうだと予感させるものがあった。そこでいままてやりたいと思いながらできなかったディベート「有機農業、是か否か」という授業を公聞でやろうと提案したのである。これに対して学生は私が予想していた以上の反応を示した。私の投業は8時40分から始まるのだが、8時とか7時半に集まって打ち合わせをやるとか、たくさんの資料を集めてきて放課後に勉強会をやるなど、なかなか熱心に取り組んだのであった。
 当日は見学者が15人集まった。学内者(学生)と学外者(杜会人)がほぽ半々であった。このディベートを聴いていて、たくさんの発見があったのだが、なるほどと思ったことは是とするグループと否とするグループの意見がよくかみ合っていたということであるごこれは経済性(経済という視点からの価植判断)という基準で論争がおこなわれていたからである。私自身は経済至上主義が今日の環境破壌と社会の行き詰まりをもたらしたのであるから、それを超える新しい文明の創造(パラダイムシフト)が必要で私の「有機農業論」がむづかしいといわれる一番の理由はそこにある。しかし聴いていてつくづく思ったことは「経済合理性」という点からいっても「有機農業」は十分成り立ちうるということであった。問題は「経済合理性」すらも捨て去ってしまう現代社会の利権の肥大構造であって、それゆえにエントロピーは極大に達し、それを解消するためには社会構造の転換すなわちパラグイムシフトが現実の課題となっている。
 2時間のディベートの前半と後半できわだった特徴の違いがあった。前半でほぼ議論が出尽くしたので後半は見学者も交えてディスカッションが行なわれた。この迫力が全然連うのである。これは1次情報と2次情報の違いで、EMで生ゴミから堆肥をつくっているオバサンや有機農業を実践しているお百姓さんの発言は実体験(1次情報)に基づくものであり、本に基づく知識(2次情報)で議論を展聞している学生と迫カが違って当然である。それをまのあたりにしたことはとてもよかったと思う。そのようなわけでこの公開授業は私が予期した以上の成果があった。


反省・教え過ぎ症候群

 今回の公開授業をやってみて私自身つくづく反省したことは「やればできる」ということであった。1学期の前半の授業をやってみての私の感想は学生の授業態度が受け身であるということであった。このような中で私が進行役をやれば学生はそれに依存するだろう。それはまずいと思い、ここは進行も内容もすぺて学生にまかせてみようということでやったのだが、これが成功のもとであった。学類の授業の「有機農業論」を1年目に失敗して、いろいろと検討してわかったことは「教え過ぎ」ということである。あまりにも問題が多岐にわたり、盛り沢山すぎて学生が消化不良をおこしてしまった。そこで2年目は内容を半分に減らした。消化されなけれぱ意味がないからだ。今年(3年目)はさらにその半分(1/4)にしようと思っている。結局、量と質の積は一定なのであって、有機農業が教えているところはそこである。欲を掻くから失敗する。型にはめない教育、いやむしろ型をやぷる教育の中に面白さがあると思う。


学生は「莫迦」ではない

 「学生はよきものとして大学に入学するが、大学教育が学生を馬鹿にする」といったのは、かの有名な「エミール」の著者であるルソーだが、また「子どもを不幸にする一番確実な方法は、いつでもなんでも手に入れられるようにしてやることだ」とも言っている。いま教育に必要なことは「みずから学びたいことを自分で学んでいく」ということではないだろうか。子ども(学生)というものは本来的によくなろうという方向性をもっている。
 1学期に生物資源学額の授業科目「地域環境管理学演習」を担当していて(3週分)KJ法を使ってグループワークしながら、地域環境管埋という間題についてディスカッションしているが、これがじつに生き生きとしているのである。授業後に書いても争ったレポートを読むとつくづく学生は「馬鹿」ではないと思う。ちやんとした場が与えられれば、ちやんとしたはたらきをするのである。日本の若者は現状を変革しようというパワーは弱い。そのエネルギーは潜在化しているが、よい環境さえ与えられれぱ、すぐにも顕在化し、ものすごいエネルギーを発揮する。
 今年度の「有機農業論」は9月4日に開講する。昨年度は83名の受講申請があったが、単位認定をきびしくして23名しか合格しなかった。そのため今年の受講申請は大幅に滅ると予想していたが、逆に87名と増えてしまった。そこで私は夏休み中のレポート課題として(1)有吉佐和子の「複合汚染」を読んで4000字程度の感想文を書くこと。(2)土の団粒構造・緑の革命・EM‐有機農産物ガイドライン・環境ボルモンについて各1000字程度論ずること。という宿題を出し、レポートを提出しないものは受講資格を失うという掲示をだした。このことによりひょっとすると受講者は今年一人もいなくなるかもしれない。仮にそうなったとしら、もう一度ゼロからやり直そうと思う。ちゃんとすれぱちゃんとなる。私はそう信じたい。そこに希望がある。希望があればやり直すことができる。永久の未完成これ完成である。



back to TOP
Back