有機農業を語る以前に、いったい農業は現代社会の中でどう捉えられているのか。人々の生の声を拾うことで、「現代社会と農」の関係を読み取りながら、その向こうの有機農業の姿を見通していく。

机上の畑


 筑波人学には農学部はない。かわりに生物資源学類というものがある.これは3年前に農業問題だけでなく環境問題、食料問題に対応するため設立されたものだが農林学類がその原型にあたる。生物資源学類に名前が変わり農林学類時代に比ぺ農業に対する学生の考え方はだいぷ変化したと言われている。そこで今年の1年生を対象に農業に対するイメージを調査してみた。調査は1年生約140人を対象に次に挙げるQ1〜Q14の質間仁答えてもらうという形式で行い、男性60人、女性33人、性別無回答6人、合計99人の回答を得た。以下は、アンケートの内容と集計拮果である。

Q1  あなたが農業と聞いて連想するイメージは?(複数回答、回答数285)
1 食料の供給源 74 6 学問的に有望な分野 23
2 作物を育てる充実感がある 47 7 泥臭い 20
3 労働条件が厳しい 42 8 新しいライフスタイル
4 経済的に不安定 35 9 その他
5 牧歌的で安らぎを感じる 35 (土地1、おもしろい1)


Q2  次の中で最も興味・関心がある事柄は?(複数回答、回答数426)
1 食糧危機 56 10 有機農業 22
2 熱帯林破壊 41 11 都市の緑化 20
3 砂漠化 39 12 食品添加物 19
4 二酸化炭素の増加 35 13 海外の農業支援 18
5 化学薬品・農薬の残留 32 14 国内農林畜産業 15
6 オゾン層破壊 29 15 食糧貿易 14
7 遺伝子組み換え食品 25 16 新しいライフスタイル 12
8 酸性雨 24 17 その他
9 省エネ 23 (マングローブ林の破壊1)
(経済的に安定した農業1)


Q3 現在までに受けた大学の講義で興味・関心が満たされましたか?(回答数99)
1 満たされた
2 満たされていない 84
3 分からない 10


Q4 あなたは将来、職業として農業に関わると思いますか?(回答数99)
1 思う 44
2 思わない
3 分からない 48


Q4 あなたは将来、職業として農業に関わると思いますか?(回答数99)
1 思う 44
2 思わない
3 分からない 48
1の場合(回答44の内訳)
1 大学、企業の研究員 17
2 NGO等の関係者として
3 就農・帰農する
4 農林業指導員
5 国連等の関係者として
6 食品研究員
7 その他↓
(競走馬の生産)


Q5 大学に入学する以前に農作業を体験したことがありますか?(回答数99)
1 はい 60
2 いいえ 39
「はい」の場合、いつ頃体験しましたか?(複数回答、120)
1 幼稚園・保育園 23
2 小学生 51
3 中学生 23
4 高校生 23
5 その他
それはどのような機会でしたか?
1 授業の実習で 23 5 部活などの企画で
2 知り合いの農家で 20 6 その他↓
3 自分の家が農家で 14 (家庭菜園)
4 市町村の企画で (学校行事)


Q6 大学に入学した後、農作業を体験しましたか?(回答数99)
1 はい 15
2 いいえ 84
それはどのような機会でしたか?
1 知り合いの農家で 5 授業の実習で
2 自分の家が農家で 6 その他↓
3 サークルの企画で (アルバイト)
4 市町村の企画で (自分の畑)


Q7 あなたの身近に農林畜産業と関わる施設などがありますか?(複数回答、回答数143)
1 田畑、牛舎等 51 5 実験林・演習林 25
2 研究施設 36 6 その他↓
3 家庭菜園 28 (馬の厩舎)


Q8 あなたの出身高校は?(回答数99)
1 普通高校 90 4 大学検定
2 農業高専 6 その他↓
3 農業高専以外の高専 (総合学科)
(英国インターナショナルスクール)


Q9 農林畜産業の作業を体験したいと思いますか? 体験したことの
ある人は、また体験したいと思いますか?(回答数99)
1 思う 83
2 思わない
3 分からない


Q10 現在までに何回くらい、どのような農林畜産業を体験しましたか?
 野菜栽培、花卉栽培、家畜飼育農、薬散布、収穫作業、耕作作業、果樹栽培等で、回数は具体的には調べられなかった。


Q11 次の農法を聞いたことはありますか?(複数回答、回答数232)
1 有機農法 88 9 シュタイナー農法
2 自然農法 45 10 緑健農法
3 EM農法 32 11 波動農法
4 微生物農法 21 12 電子農法
5 ハイポニカ農法 13 韓国自然農法
6 エコシステム農法 14 栄養周期農法
7 MOA自然農法 15 オーレス農法
8 宇宙農法
Q12 Q11で聞いたことのある農法について、どういうものか知っていますか?
知っていたら簡単に書いて下さい。
 名前だけ知っているという人が多く、説明してくれた人はあまり多くなかった。


Q13 次のような話について、どう思いますか?簡単に感想を書いて下さい。
 雨の降る日、バスの窓から外を眺めている母と子の会話。
 「ママ、あのおじさんたち何をしているの?」
 「あれはね、田植えをしているのよ」
 「田植えって何?」
 「ボクが毎日食べているお米を植えているの」
 「ヘエー、こんな雨の日に、偉いんだね」
 「そうよ、だからあんなエライ仕事をしなくてすむようにボクはしっかり勉強するのよ」

 人為的に肥料や農薬を投入し、邪魔な虫や草を排除する「外からの農業」と異なり、生物が栄養を吸収し子孫を残していくのは、その生物自体の生命力と考える。人はその内からの力を発揮できる環境を用意し、成長した一部をもらう。これが「内からの農業」である。


 Q13 (1)の感想を読むと文中の母親の考え方が現実に広くある農業のイメージだと皆が認めている。3K(きつい、汚い、危険)、経済的に不安定、低学歴者の従事する肉体労働といったイメージに対して学生の反応の多くは反発的である。「農業は卑しい職業ではない」、「農業に対する偏見」という意見が多い。また、「収穫の喜ぴや充実感を知らない」、「農作業を体験させてあけたい」「人類の生存に必要不可欠な職業」といった農業に対して自信にあふれる意見もある。しかし一方で、「自分もこの母親と同じ考えがある」と率直に訴える声もいくつか見られた。
 Q13(2)の文章は有機農業の考え方のひとつを述べたものだがその感想は主に3つに分かれる。ひとつは「これから必要になる農業」、「目指すべき農業の形」というような理解を示す意見(35%)。もうひとつは「違和感を覚える」、「完全な『内なる農業』はありえない」、「食料問題に対応できない」といった反対意見(14%)。最後が最も多く「『内なる農業』は理想だが収量増加には『外からの農業』がやむをえないとする中問の意見である(50%)。またごく少数だが、「ありふれたキヤッチフレーズ」、「意味のない区別、定義」といった意見もある。


アンケートをまとめて

 このアンケートを通して生物資源学類の学生の考えを明確にできれば最良だが結果は漠然とした像を得たに過ぎない。そこで今画は生物資原の1年生の農業に対するイメージと有機農業に対する考えについて述べるにとどめたい。Q2の結果から分かるように大体の学生の興味は食糧問題と環境問題にあり、農業それ自体に関心をもっている人は少ない。しかし持続的な農業を考えるうえで重要な有機農業に関心を寄せる人は少なくない。Q1の緒果からは学生が農業を食料の供袷源という機能性の面で強く捉えていることが分かる。また、「作物を育てる充実感がある」と「労働条件が厳しい」という農業のプラスとマイナスのイメージを両方もっていることも指摘できる。これらから全体的に学生は食糧問題や環境問題を解決するために「農業」という手段を利用しようと考えており、そのためその手段のもつ機能をとらえ長所と短所を認識しようとしていると言えるのではないだろうか。このことは農業を学問分野での対象と捉える人、農家の経営のような現実的問題のみに目を向ける人にも言える。いすれにせよ農業のもつマイナスイメージに多くの学生が影響を受けているようである。Q13(1)で「農業をバカにしているが現実的な意見」、「典型的な母親」といった意見が多いのもイメージが身近な問題だということを示している。
 農業高校や農家の出身者、農作業の体験回数が多い人をまとめてみるとそのイメージはほぼ全員が似たものをもっている,一言で言うと「労働条件は厳しいが充実感があり、食糧問題に直結する重要な職業」ということである。農業の楽しさと苦しさの両面を知っているためか極端にプラス(マイナス)のイメージではなく、両方が混じりあったものである。普通高校出身の学生の大半もこれと同様であるが、農作業を体験する機会が小学生以降はあまりなく大学でも2,3年次の実習以外にはそれほど機会がないことを考えると、学生の多くは一般のイメージに流されてしまい易いのではないかと思われる。
 有機農業への関心は高いと言える。これは農業の在り方が持続可能の方向に転じつつあることと、ここ数年の有機農産物に関する議論の高まりが理由だろう。しかし有機農業の認識は人によって大きく異なる。「化学肥科、農薬を使わず作物を育てる農業」、「ほったらかしの農業」から「植物の生命の潜在能力を引き出す農業」という意見まで非常に幅広い。ここで大部分の学生に共通しているのは化学肥科、農薬を使わず作物を育てるという点は埋想的だと言っていることである。Q13(2)で現実問題とは別に考え方として「『内なる農業』は理想的」という感想を述ぺた人は53%にのぼる。だが、大半は「『内なる農業』は理想的」の後に「それは理想にすぎず実際にはありえない」、「考えだけでは無意味」と続く。農家や農業高校出身の学生の多くも有機農業は理想的だが賛成はしないという意見である。「収量増加には『外からの農業』がやむを得ない」、「実現には長い時間がかかる」、「無害な肥料の開発に力を注ぐぺき」という意見が多数を占める。少数だが現実の厳しさを知ったうえで「『内なる農業』に力を注ぐべき」、「持続的農業に変えなくてはならない」といった意見もある。Q13(2)での意見をまとめると有機農業は農業像のある程度の指針ではあるが問題も多く、新たな技術によりまた別な農業像を探さねばならない、ということだろう。
 感想をまとめて気付いたことだが多くの感想は様々な農業関連の本にその道の権威の言葉として出てくるものによく似ていて、本の中のイメージに振り回されているような気がした。例えば、ただ「有機農業は素晴らしい、これからの農業だ」と感想を述べる人は有機農業礼賛の本の影響を盲目的に受けているように思う。「有機農業では食糧問題に対応できない」という意見もまた同様である.もちろん本の意見を取り入れることは重要だが今、決定的に欠けているのは実体験だろう。自分の考えをまとめる以前に本や人から影響を受けた考え方をそのまま自分の意見にしてしまい、体験をもとにさらに考えを深めようとしない、という印象を受ける。農作業を体験したからといって急に農業が素晴らしく見えることはないし、その逆もまたない。しかしあまりに皆が机上の田畑を想定しているのではないだろうか。

(文責:飯泉仁之直)




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