農 政 探 訪



のうせいたんぼう

「農業研究を知る」

茨城県農業研究所土壌肥料研究室にて



 3月27日,茨城県農業研究所を訪れた。以前普及センターを訪れた際,茨城県の農政は普及と教育と研究の三位一体でなされていることを聞いたのだが,実際の現場を見てみることでそれを確かめてみようと思ったのだ。土浦駅から水戸駅まで約1時間,さらにバスで45分,そこから約2キロ,風雨にさらされ傘が飛ばされそうになり,車に泥をかけられながらも必死に歩き続け,広々とした田園の中に建つ3階建ての農業研究所の建物に着くことができた。予定より30分早い訪問にもかかわらず,会う約束をしていた土壌肥料研究室長の小川さんは快く出迎えてくれた。そして2時間に渡り,小川さんから農業研究所と土壌肥料研究室の仕事、さらに今後の研究所の課題についてお話をいただいた。


農政における農業研究所の位置づけ

 普通各地方自治体には農業試験場と呼ばれる所があり,地域の農業研究の中核をなしているわけなのだが,なぜ茨城県では農業試験場とは言わず農業研究所と呼ばれるのか,始めにそのことを質間してみた。「別に意味はないよ。」と小川さんに即座に吉われて拍子抜けしてしまったが,その後次のように説明してくれた。

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 そもそもは農業試験場と呼ばれていたそうだが,それまで独立していた研究(農業試験場),普及(農業改良普及センター),教育(農業大学校)の三位一体化を図るべく3つの機関を統合する農業総合センターというのが設立され,その試験場の名前が研究所に変わったのだという。この農業総合センターの存在は,他の自治体には類を見ないという。研究所でやっていることは名前が変わる前とそれほど変化はないそうだが,より普及センターと農業大学校とが連携して研究課題に取り組むことが多くなったという。興味深いことに,小川さんは農政における3者関係を医療分野おける3者関係に例えて考えているという。すなわち農業大学校や大学の農学部は大学の医学部にあたり,農業研究所は大学病院や地方の大病院,普及センターは町医者のようなものだという。一般の人々に直接接して医療を施したり農業技術の普及にあたるのが町医者や普及員,地域に合うサービスを提供するのが大病院や研究所,そして医者や農業者を育成するのが学校であるという。研究所で開発された技術は普及センタ一を介して農業者に伝えられる。また農業者からの研究に関する要望も普及センターを介して研究所に伝えられる。つまりここでは一般の人々と研究所との直接的な接触がない。けれども研究所がしっかり研究開発という役割を担い,普及所がしっかり普及という役割を果たしていれば,実に効率よく農業者の意見が農政に反映されるシステムなのだという。分業的とも言え有機的とも言える三位一体のシステムの中で,農業研究所は地域農業の振興にどれほどの役に立ってきたのだろうか。


変わるべき農業研究の方向性

 小川さんに言わせればこれまでは平準化した農業技術の開発が中心的で,今後そのような方針を見直すべきではないかという。平準化した技術とはどこの農家も経営や種々の条件が両じであると考えた上での農業技術のことである。戦後直後は零細ながらも専業農家が多く,食糧増産という共通目的があったので,日本の農家全体に対する共通の技術開発が求められていた。しかし経済構造の変化に伴い,大規模な農家と小規模零細農家との規模格差が次第に広がってきた。その結果、これまでの平準化した技術では多様な農家形態に対応しきれなくなってきているという。したがって,それぞれの農家の規模に対応できる特化した農業技術の開発が今後は必要だという。小川さん自信そう考えてはいるものの,公務員という立場上どうしても研究開発には限界がでてくるという。つまり,行政の取り組みに反映できることが研究の前提であり,大学での研究のような自由はないということである。したがって自然と行政からの委託研究が主になり,農業者のニ一ズに応える研究がおろそかになる。研究所の自立という問題がここで露呈する。研究所は地方農政を担う一機関として行政との連携は必要である。しかし,ある程度の行政からの自由がなければ現場の農業者のニ一ズに応えられる柔軟な研究はできない。このような矛盾はすぐには解決しそうにないが,より多様な場面に適応できる柔軟な農業研究への転換が求められていることは確かなようである。


農業研究所の内部組織と土壌肥料研究室の仕事

 茨城県農業研究所には,所長以下l課6研究室が設置されている。意外に職員の数の少ないことに驚くが,実際l人l人がいくつもの研究に携わっているというのが現状であるという。それぞれの研究室の担当する仕事は明確に分けられてはいるが,1つの研究テーマの中でいくつかの研究室が役割分担をする場合が多く,1つの研究室だけで1つの研究テーマに取り組むことはあまりないという。


組織(平成7年4月1日現在)

(職員数 事務職4人、研究職33人、技能労務職26人、計63人)
駐在;生物工学研究所 普通作育種研究室(研究職6人)
|― 庶務課(事務職4人、技能労務職23人)
|― 作物研究室(研究室7人)
|― 環境研究室(研究職4人)
所長 ―― |― 土壌肥料研究室(研究職5人)
|― 病虫研究室(研究職5人)
|― 経営技術研究室(研究職5人)
|― 水田利用研究室(研究職4人、技能労務職3人)



 土壌肥料研究室は土壌保全調査、土壌や作物栄養診断技術の開発,施肥法改善技術の閉発などを担当している。ちなみに土壌徹生物は扱ってないそうで,病虫研究室の担当になっているそうである。また1年ごとに研究成果をまとめており,平成8年の研究成果の資料を見せてもらった。土壌肥料研究室だけで30もの研究が報告されているが,次の年も継続して行われる研究がほとんどであった。実は研究ごとに期間が設定され,期間が過ぎれば中途でも打ち切られてしまう。研究費がおりなくなるからである。そのために涙をのんで日の目を見なかった研究もあったことだろう。一朝一夕には目に見える研究成果はあげられないのである。現在最も急務な研究課題は何か小川さんに聞いてみた。急務というわけではないが,有機質資材の投入と土のでき方との関係,そして低肥料農業の達成が今日的な研究であるという。農業分野における土作りの役割はこれまで以上に重要になっていくようである。


農業研究の展望

 最近「低投入持続的農業の推進」というようなことを耳にするが,そもそも低投入と持続的とは相反するものだと小川さんは言う。戦後の近代科学農業においては農薬や化学肥料といった物的資材を多量投入することによって持続性を保ってきた。それでは農薬や化学肥料がなかった時代は低投入であったのかというと実はそうではなく,その時代は労働力という人的資材を近代農業以上に多量投入していた。質の差こそあれ,投入エネルギー量には変化はないのである。しかし農薬や化学肥料がもたらした環境や人体への弊害は今や無視出来ず,一方で農業に従事する人々の減少や高齢化で労働力の縮小も迫られている。したがってこれまで以下のエネルギー投入量で持続的安定収量を口指すことは強く叫ばれているものの,労働力や物的資材の投入量で生産性が左右されてきたこれまでの取り粗みでは,当然それらの投入の減少は収量滅,持続性の崩壊ということになる。そこで新しい視点・価値観による農業技術の研究開発,言うなれば「超近代科学農業」なるものが低投入持続的農業を可能にするのではともいう。有機農業に対する期待はそのようなところから生まれているようである。しかし有機農業も止まることなく続く農業研究の1つの段階であって,農薬や化学肥料と同様に人々の間に浸透していけば,人々に対する付加価値はいずれなくなってしまうという。そのときになればまたそれに変わるその時代に合った斬新な考えが生まれてくることだろう。土壌肥料研究一筋でやってこられた小川さんはこのように分析し,農業研究の展望を語った。

 様々なお話をうかがったが,農業研究に終わりはないということははっきり分かった。小川さんに心から感謝し、今後の御活躍に期待したい。


(報告者 村木 希友)


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