後藤大輔監督作品


喪服の女 崩れる

ビデオタイトル「喪服の人妻 崩れる」
2001年、製作:セメントマッチ、 配給:新東宝映画
監督・脚本:後藤大輔、助監督:佐藤吏、原案:堪忍、撮影:飯岡聖英
出演:佐々木麻由子、木村圭作、松木良方、山咲小春

暑い夏。長く寝たきりだった義母がようやく亡くなった。葬式を済ませ、骨壺と位牌を抱えた美しい女(佐々木麻由子)が、狭苦しい下町の印刷工場の暗い急な階段をあがってくる。二階には下半身不随の夫(松木良方)が寝ているのだ。工場のことも実母の葬式ですら妻に任せっぱなしで無為に過ごしているだけのくせに感謝の言葉もない夫。それどころか彼は、わざわざ面倒をかけるように失禁してみせたりする。むろん、妻を抱くこともできない。心癒されない、疲れ切った彼女のこめかみに汗が滴り落ちる。冷たく平静を装った彼女の中に抑えがたい苛立ちと不満が募ってくる。夫を残して三階に上がった彼女は、自慰しながら骨壺を蹴り倒す。
その同じ日に、若い男(木村圭作)が訪ねてくる。工員として雇われるようになったこの男は、彼女の中の鬱屈した気配をすぐに感じ取った。犯されるようにして関係を持つようになった、その、何者ともわからないやくざな男は、彼女の心と体に今までにない歓びをもたらしてくれる。自分を抱きとめる逞しい腕と時折労ってくれる優しい言葉に、彼女は自分の人生を賭けてみようと決めた。あの人を殺して。どこかに連れていって。そして、優しい男は彼女の望みを受け入れてくれるという。彼女は思う。これでようやく自分の人生が生きられる。…

「郵便配達は二度ベルを鳴らす」のピンク映画バージョン。誰でもいいから(そう、たぶん彼でなくても良かったのだ)今の私を救い出して、さらって欲しい、と願い続けてきた薄幸な女が過ごす、とある夏のたった一週間の物語。本当は誰に頼らなくてもその世界から歩き出すことくらい出来たろうに、誰かに寄りかかって連れ出して欲しいと願わずにいられなかった、愚かな彼女自身が招いてしまった悲劇の顛末。
陰影に富んだ映像と、それに伴う音の使われ方が素晴らしい。延々と続く単調な印刷機械の音、工場に差し込む夏の黄色い西日、しじゅう流れ落ちてゆく汗とその匂い、かび臭い畳の匂い、狭くて急な階段がぎしぎし軋む音、夫が聞く古ぼけたクラシックのレコードの音。狭苦しい印刷工場の片隅で、醜く老いてゆく夫と共に自分も朽ちてゆくしかないのか、と思っているヒロインの焦りと絶望をくっきりと描き出す。ドラマ自体も丁寧にヒロインの行動を最後まで追い続けていて、ストーリー上不必要と感じられるエピソード(ピンク映画の場合、とってつけたような濡れ場だったりする)も、描き足りないと思われる部分も無い。あえて気になった点をあげるとすれば、彼女と慰めあうような不毛なレズビアン関係にある女医(山咲小春。凄く良い!)が、物語にあまり影響を与えていない…ということくらいかな。
映像も、音も、出てくる役者も、セリフも、何もかもが充実していて最後までたっぷりと映画の醍醐味を満喫できる。ピンク映画というよりは、トラディショナルな人間ドラマを観ているような感じだった。これ女性にもぜひお薦めしたいと思います。

ヒロインと男が工場の中で初めて関係をもった時、それまで聞こえていた機械の音が世界から消え、彼女の唇から艶やかな声が洩れる。その瞬間の佐々木麻由子がぞくぞくするように美しい。というかこの映画の彼女は(いや、この映画以外でもだけど)最初から最後まで美しい。こんな美しい人が、下町の工場の奥さんをやっているというだけで、ヒロインに隠されている(に違いない)ワケ有りな事情をドラマの中に匂わすことが出来ている気もする。彼女の相手役の木村圭作も、精悍で野性味のある、でもヒロインが優しさを感じるだけの繊細さも感じさせて役柄にぴったり。その他、水原香菜恵、河村栞、神戸顕一などなどが端役で登場。おお…池島ゆたか(プロデューサー)ファミリーだ……。(2005.2.23.)


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