明石昌夫 AKASHI MASAO 音楽プロデューサー
1957年3月25日、兵庫県に生まれる。音楽好きの一家に生まれ、4歳からバイオリンを習い始める。中学時代か
ら60一70年代のブリティッシュ・ロックに影響を受け、特にレッド・ツェッペリン、クリーム、ジミ・ヘンドリック
スといったハ一ド・ロック黎明期のロックバンドやアーティスト達に強く魅了され、中学3年の時にバンドを結成。そ
の後、大阪大学工学部を卒業するまで大阪のライブハウスシーンで活躍する。大学卒業後はプロベーシストとして活動
しながら、多くの楽曲を作曲。その才能をビーイングの長戸大幸氏に見い出され、上京。アレンジゃーとしてB’zの
1stシングルに始まり、WANDS、ZARD、大黒摩季、T-BOLANといったビーイングの中心アーティストのほとんどのア
レンジメントを手掛けるようになる。93年にはオリコン編曲者部門で2位、松本孝弘(B’z)との連名で位、T-BOLAN
との連名で5位となっている。その売上総数は、B’zだけでも3000万枚を誇り、他のアーティストを含めると数千
万枚に至る。
1980~1987 大阪にてベーシストとして活躍。
長戸大幸氏にアレンジゃーとしての才能を見い出され、上京。
B’zの1stシングルに始まり、WANDS、ZARD、大黒摩季、T-BOLAN等を手掛ける。
1988~1994 アレンジゃー活動のかたわら、B’zのアレンジャー・マニュピレーターとして
レコーディングに参加。97年までベーシストとしてツアーサポートも努める。
1996 ビーイングを離れ、プロデューサーとして独立。
以降、SIAM SHADE、華原朋美、MOON CHILD 、Janne DaArc、V6、
椎名へきる、2丁拳銃 、安西ひろこ、キタキマ
ユ、島谷ひとみ、西城秀樹、La’cryma Christi、FAIRY FORE,
中澤裕子、Kinki Kids、タッキー&翼、ザ・ベイビース
ターズ、晴晴”等を手掛け、現在もヒットを出し続けている。2003年3月20日にはリット−ミュージックより
『音楽を”作る””売る”という仕事〜そこが知りたかった!ギョーカイの掟83〜』を出版した。 |