至福の瞬間(とき)



 敵が私を狙っていたことは承知していた。その上で私は、自らをエサにして悪党どもを引き寄せ、ワイルド7に始末させる作戦を立てたのだった。だが、ヤツらは私が考えていた以上に狡猾で、我々は敵の張り巡らした罠に追い詰められつつある。
 町外れにある建築現場。プレハブ造りのの事務所に篭城して数時間が経過していた。激しい銃撃戦の果てに私は脚に弾を受け、逃げることも戦うこともできない。
「マガジンの残りは一つ。拳銃に残ってる弾は6発がいいところだな。あとは……ライフルか。弾数はしれてる……。敵は20人以上……1発必中を狙ったところで、こっちに勝ち目はないな」
粉々に割れた窓ガラスを爪先で弄びながら、飛葉が独りごちる。
「これ以上ない最悪の状況で、よくそんな暢気なことが言えるな」
「俺は冷静に状況判断をしたまでだ」
窓際に立った飛葉が、壁に背を預けたまま座り込んでいる私を見下ろしている。その瞳には野性の獣を思わせる炎が宿っていた。
「隊長……。珍しく気弱になってるようですがね、俺はまだ負けを認めたわけじゃない」
「だが、今の我々に勝機はない」
「おっしゃる通り」
飛葉はそう言うと、部屋の隅々に視線を巡らせる。
「だが、勝算がなけりゃ、こっちに呼び込めばいい」
飛葉は不敵な微笑を浮かべると、石油ストーブを私から最も離れた位置に置き、弾丸を発射した。その途端、ストーブから炎が上がる。
「何をする?!」
「勝算を作っただけですよ、隊長。そろそろ新聞配達の連中が起き出す頃だ。ここに火の手が上がるのを見た人間が消防車を呼びつけてくれる。そうなりゃ悪党どもも、退散するしかねぇ。ああ、運が良けりゃ、あんたを運ぶ救急車だって来るかもしれねぇ」
 飛葉は机の上に放り出されていた布きれを、薬缶に残った茶で濡らして、私に差し出した。
「これで口元を押さえるといい」
「随分と……親切じゃないか」
「草波さん。俺はね、あんたが奴等の手にかかるのを見過ごすつもりはねぇんだ。奴等にあんたを殺させやしない」
飛葉が私の目を見据えて言った。

◇◇◇

 飛葉の瞳の中で灼熱の炎が燃え上がる。
 塀の中から飛葉を出し、自由を与える交換条件として悪党が犇めく死地に追いやる私は、ワイルド7のメンバーにとって憎悪の対象に他ならない。悪という共通の敵と対峙しているとは言え、彼らの生命が私の手中にある以上、私と彼らの間には埋めがたい距離が確かに存在している。ワイルド7を率いているにもかかわらず、私は彼らの仲間たりえないのだ。
 私を殺すことができるのは自分だけなのだと、飛葉の瞳に宿る炎が語る。
 それは私と飛葉を繋ぐ唯一の絆だ。飛葉の鋭い牙が私の喉を切り裂き、私の身体から流れ出す血が温かい海を創り出す時……。それは私にとって至福の瞬間とも呼ぶべき最期の瞬間であり、永遠を手にすることができる、ただ一つのチャンスなのだ。だが、それさえ飛葉にとってはありふれた日常でしかないことを、私は確信している。
 単なる肉塊となり果てた私に一瞥もくれず、飛葉は彼方へと立ち去るだろう。残された私は飛葉の鮮やかな残像を反芻しながら、朽ち果てるまでの幸福で穏やかな時を過ごすことができる……。

◇◇◇

「おい、草波さんよ。気ィだけはしっかり持てよ。そんなんじゃ、助けが来るまでにくたばっちまうぜ」
飛葉が私の頬を軽く打った。
「ああ……すまない。少し考え事をしていた」
「あんたも肝がすわってるな」
飛葉が苦笑を浮かべながら言う。
「お、助けが来たぜ」
「サイレンの音は聞こえないが……」
「世界のハーレーの音だ」
「世界……?」
「ああ。世界には、この火事の意味がすぐにわかる」
「最初から、そう考えていたのか?」
「当然だろ? 俺たちは仲間なんだぜ」
 ほどなく外で銃撃戦が始まり、残り少ない弾で我々の救出に来た世界を飛葉が援護射撃を始める。私は脚の痛みをこらえながら、先刻よりも自信に溢れた飛葉の背中をぼんやりと見ていた。

◇◇◇

 飛葉の隣には常に世界がいる。寄り添うように、見守るように世界が飛葉の隣に立っている。飛葉に仲間以上の想いを抱きながらも、決してそれを悟られぬ距離を保ちながら――。
 飛葉が窮地に陥った時には誰よりも早く駆けつけ、その生命を賭けて飛葉を守る数少ない人間の一人。飛葉が無防備な笑顔を向ける唯一の存在。何ものも――おそらく死さえも断ち切ることのできない絆で結ばれている、そして私の心中奥深くに隠した感情を知る男。
 飛葉という激しい炎を秘めた魂に共に惹かれながら、世界と私の違いはどうだ? 私は飛葉に殺されることでしか存在を認められない。なのに世界は飛葉と共に生き、傍らに立つために存在している。
 物言わずして通じ合う、飛葉と同じ魂を持つ世界を私は嫉妬し、羨望している。こんな感情は、私にふさわしくない。悪の全てと戦うために全てを捨て、理性で全てを制御してきた私が、こんな想いにとらわれるなどと……!!

◇◇◇

 死という私の唯一の切り札。それを手にしているのは私でも飛葉でもなく、飛葉の傍らに立つ男なのかもしれない。そんな思いがふと、脳裏を過ぎる。
 世界がそれを飛葉に渡し、飛葉が私に引導を恵む。私は浅ましい行いを省みることなくその足下に身を投げ、情けを乞うことだろう。それもいい。全ての人間的な感情の全てを捨て去った私には、ただ一つの望みさえ叶えられることのなく闇の中へ沈む、絶望に歪む醜い躯がふさわしいのだから――。


突発的な衝動につき動かされたいっしー石井画伯から、
草波のイラストをいただきました。
司書は喜び、掲載の許可を打診。
石井氏は、ならば新作を描き起こしますとの返答をくださり、
石井氏の創作意欲を煽るために、司書がショートストーリーを作成。
そうして完成したのが、この作品でございます。
さすが「エロ絵師」の称号をほしいままにしているいっしー石井画伯。
苦悶に歪む草波氏と、不敵な笑みを浮かべる飛葉の色っぺーこと!!

いっしーさんのサイト:『真昼の星』はこちら


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