真夏の誕生日


 スレート造りのガレージに真夏の日差しが照りつける。扉や窓を開け放しているとは言え、室温はジリジリと上昇し、汗が噴き出す肌を汗が流れていく。既にTシャツは素肌に張りつき、不快指数はどんどん上がる。真夏の午後は『ボン』でアイスコーヒーを飲むか、麦茶でも飲みながら自宅でゴロゴロしていたいというのが飛葉の本音だったが、先頃の任務で破損したバイクの修理があるとなれば、そうもいかない。長くバイクに乗っている飛葉にでも直せる程度の、業者に出すほどでもない修理の場合、大抵は飛葉は他の部分の調子をみながら直してしまう。

 元来、手先を使った細かい作業は嫌いではなく、今や命を預けている相棒となっているバイクの修理は必要に迫られて行うものではなく、限りなく趣味や楽しみに近いものでもある。それに夏は嫌いではない。正直に言えば1年で最も好きな季節だと言ってもいい。

 しかし――である。ここ数日続いている暑さに、正直飛葉は参っていた。温度計が連日30度を超えてしまうと、真夏の強い陽光は暴力にしか感じられず、うだるような暑さにバイクのボディも焼け付くようでうんざりする。駆っている時には頼もしい筈のエンジンの音さえ、今は鬱陶しくさえ思う。

「今頃、連中は涼しい所でくっちゃべってるんだろうなぁ……」

飛葉は手にしていたドライバーを放り出し、打ちっ放しのコンクリートの床の上に、仰向けに寝転がった。

 任務となると、目の前の敵を倒すことしか考えられなくなる自分が悪いのだと知ってはいる。例えば八百のように車輛の特性を最大限に生かしたり、両国やヘボピーのように特殊な武器や構造にバイクを改造したり、世界やオヤブン、チャーシューのようにチームプレーに徹して効率のよい戦いをしさえすれば、愛車が満身創痍になることはないのだ。それは任務が終わるたびに、愛車に大がかりなメンテナンスを施さなざるを得なくなっている飛葉自身も承知していた。いつも戦いが終わると、彼の愛車は他の誰よりも傷だらけで、その哀れな姿を目にすると、次こそはもう少しましな状態で任務を終えたいと思うのが常でもある。

 メンバーは飛葉が勢いよく先陣を切るのは若さのせいだと言う。飛葉はワイルド7のリーダーである自負を持っているだけに、実質的には部下である人間から子ども扱いされるのは気に入らないのだが、まだ未成年でしかない現実は如何ともし難い。また任務の時にはさほど気にならない年齢も、オフともなれば話は別だった。飛葉が最年少者であること童顔であることをネタにからかわれると、ついムキになってしまうのだ。そして、メンバーのおふざけを増長してしまうことを頭ではわかっているのもの、つい全力で反撃してしまい、軽く受け流せないのが幼い証拠だとか何とか笑われるのもいつものことである。

「さっさとすませて、コーヒー飲みに行くか」

飛葉はそう呟くと、作業を再開した。

◇◇◇

 飛葉が修理と調整を終えたバイクを磨いていると、賑やかな笑い声が近づいてきた。

「うるせぇのが、来やがった」

飛葉が素知らぬ振りを決め込んで、バイクを磨いていると開け放たれたドアから飛葉を除くワイルド7のメンバーと、ヘボピーの肩に腰掛けた志乃ベエが現れた。

「おい、飛葉。まだバイク、いじってんのかよ」

「あんまり磨きすぎてっと、バイクが痩せちまうぜ」

「飛葉のバイクは磨きすぎでなくなる前に、バラバラになっちまわぁ」

「そりゃ、もっともだ。荒っぽい使い方ばっかりするもんだから、しまいには臍を曲げちまって、言うことを聞かなくなるだろうよ」

「やかましい!! 俺のバイクはおめぇっちのと違って、10倍も100倍もタフにできてんだガタガタ言うな」

 怒鳴り終わった飛葉のシャツの裾を、ヘボピーの肩から降りた志乃ベエが引っ張る。

「飛葉兄ちゃん、あんまり怒ってばかりだともてなくなるよ。女の子はみんな、やさしい男の人が好きなんだしさ」

こまっしゃくれた志乃ベエの言葉に毒気を抜かれた飛葉は、肩を竦めて苦笑いを浮かべ、両国とチャーシューが誰かが持ち込んだ金ダライを逆さまに置く。そこへオヤブンが頭の当たりに捧げ持っていた西瓜を据えると、志乃ベエが

「飛葉兄ちゃん、お誕生日おめでとう!!」

と、言った。それを合図に小さな拍手が生まれ、メンバーはそれぞれに祝福とからかいの言葉を口にする。そして志乃ベエから野の花で作られた小さな花束を受け取った飛葉は、

「志乃ベエの花はわかるとして、なんで誕生日に西瓜なんだよ。普通はケーキだろう」

と、可愛げのない口を叩く。

「このクソ暑い時に、ケーキなんか食う気になるもんか」

「冷房のある部屋ならともかく、蒸し風呂みたいなガレージにケーキなんか持ち込んで見ろ。あっという間にクリームが溶けちまわぁ」

飛葉の頭を小突きながらオヤブンが言い、チャーシューが西瓜に包丁を入れる。

「おいおい、西瓜にローソクってのは具合が悪いんじゃねぇのか」

飛葉がローソクを手にした八百に声をかけると、

「これは、イコ姉ちゃんからのプレゼント」

と、志乃ベエが答えた。イコは店を開けられないので来れないが、その代わりにとローソクを託したのだという。それを聞いた飛葉は己の非礼を詫び、志乃ベエにイコへの礼を伝えてくれと頼んだ。

 飛葉の年齢と同じ数のろうそくに世界が火を点けると、志乃ベエの音頭で誕生日を祝う歌が始まる。歌が終わると皆に急かされ、飛葉は西瓜に立てられたローソクの火を一気に吹き消した。

◇◇◇

 「その調子じゃ、誕生日、忘れちまってたろう」

シャクシャクと西瓜を食べながら、オヤブンが言った。

「飛葉は大雑把だからな」

飛葉の背中を叩いて笑うヘボピーを、志乃ベエが大人びた態度で諫める。

「何言ってんのさ。飛葉兄ちゃんの誕生日を覚えてたのは、アタシとイコ姉ちゃんだけだったじゃない。みんな、薄情なんだからさ」

「へぇ……。志乃ベエ、俺の誕生日をよく知ってたな」

「そりゃ、大好きな飛葉兄ちゃんのことだもーん。首にほくろが3つあることも、パンツをはく時は右足からだってことも、ちゃぁんと知ってるもん。だってアタシ、飛葉兄ちゃんと夜明けのコーヒー、飲んだ仲だもんね」

志乃ベエが誇らしげに言うと、早速オヤブンやヘボピー、両国をはじめとするメンバーが飛葉をからかい始める。その騒ぎに巻き込まれないように距離を取り、我関せずと言った顔で煙草を燻らせている世界の隣に、いつの間にか志乃ベエも並んでいた。

「いつの間に、飛葉と深い仲になってたんだ」

「前にね、イコ姉ちゃんが急に友達の家に手伝いに行かなくちゃならなくなった時。アタシ一人じゃ心配だってイコ姉ちゃんが言ってたら、飛葉兄ちゃんが泊まりに来いって」

志乃ベエの答えに微笑って納得の意を表した世界に、

「ほっといていいの?」

と、志乃ベエが飛葉達を指さして問う。

「ああ、あれは奴らのいつものお遊びだからな」

「どうして、世界さんは一緒に遊ばないの」

「俺はレフリーなんだ」

世界の言葉に志乃ベエは笑い、二人は子犬のようにじゃれ合う6人の心やさしき男達を見守っていた。


8月1日は飛葉ちゃんのお誕生日です。
真夏にバースデーケーキは暑苦しいので、
西瓜にローソクを立ててみました。
汗をたくさんかいた後でもあるので、
この西瓜はさぞかし美味しかったことでしょう。


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