戦士たちの休息


 既に疲労は限界に達していた。

 ワイルド7はここ数日間、ほぼ不眠不休で、ある組織の殲滅の任務に就いていた。追いつめられた組織の人間が本拠地としている山荘に逃げ込んでくれたお陰で、ようやく総攻撃をかける好機を手にした時、草波から1本の通信が入り、彼らはその行動を封じ込まれてしまった。無数の傷を負いながらも、ようやく敵を追い込んだというのに、手をこまねいているしかない状況に陥った事実は彼らに精神的な打撃を与えると同時に、張りつめていた神経がこれまで無視していた肉体的な疲労を容赦なく暴き出され、もはや彼らの高揚した戦意は諦めに似た怒りと焦燥に変わってしまっている。

 「草波の命令なんか、知ったこっちゃねぇ。このまま、総攻撃をかけて奴らを地獄送りにする」

飛葉が山荘に厳しい視線を向けたまま口にした言葉を、世界が遮った。

「待て。1時間ばかり小休止を取ったほうがいい。その間に草波から攻撃再開の命令が入るかもしれない。それに……」

世界は地面に座り込んでいるチャーシューを見やり

「チャーシューの怪我の手当てのほうが先だ」

と、言葉を継いだ。

「悪りぃな、ドジっちまってよ」

チャーシューが苦笑いを浮かべ、飛葉は大きな溜息をつく。

「休んでいる間に、連中に逃げられたらどうすんだよ!」

「焦るな、飛葉。草波の様子からみて、おそらく上の方から横槍が入ったんだろう。だから奴は今、これ以上余計なことを言い出す連中を始末するために、あちこちに手を回している筈だ。連中を地獄送りにするのは、それからでも遅くはない。それにもう2時をまわってる。こんな夜遅くじゃ、逃亡する手段も限られるし、遠くへ逃げる算段もできやしないだろう」

「世界の言うことはもっともだ、飛葉。みんな疲れてる。それは連中も同じだろう。少しばかり間を置いて、敵さんの油断につけ込んだ方が楽に始末できるんじゃないか? 戦い方は正攻法だけじゃない。たまには変化球を使って敵の虚を突くのも悪くはないと、俺は思うぜ」

八百の言葉に、飛葉は不機嫌そうな表情を隠そうともせずに黙り込んだ。

「野球と同じさ。剛速球を投げる投手はすぐに手の内を読まれた挙げ句打ち取られるようになる。だが速度の緩急と変化球を使い分けられる奴の選手生命は長いし、先勝点もいい。それに、頭脳戦ってのもいいもんだ。そうだろ? 飛葉」

「じゃ、そういうことで。見張りの一番手は俺がやっから、おめぇらは先に休んでな」

と親分が言い、世界はバイクのシートの下から応急処置キットを取り出し、チャーシューに歩み寄り、八百、ヘボピー、両国の三人は思い思いの場所に腰を落ち着けて瞼を閉じる。彼らの様子を眺めていた飛葉は、無言でその場から歩み去った。

◇◇◇

 チャーシューの手当てを終え、世界が親分と代わり、山荘を見下ろすことができる崖っぷちでの見張りに立つと、いつの間にかすぐ傍に八百が歩み寄っていた。

「交替だ。俺があんたとチャーシューの見張りもやってやるよ」

「お前のほうこそ、ここ2〜3日寝てないくせに、何を言ってる」

「今、一番休養が必要なのは飛葉だ。あいつのことだ、今頃、あれこれと考え込んじまって、休憩どころじゃねぇはずだぜ。あんた、ちょいと行って、休むように言ってくれよ」

八百は世界の身体を押して無理矢理に前方に立ち、言葉を続けた。

「飛葉はよ、肝っ玉も腕っ節も大したもんだ。だから俺たちは飛葉に命を預けられる。あいつはいつも、リーダーとして立派にやってくれる。飛葉はワイルド7の要だ。あいつがいなけりゃ、俺たちはただのゴロツキの寄せ集めにしかならねぇ。そうだろ?」

「ああ、そうだな」

「で、飛葉があんまり頼りになるもんだから、俺たちはつい忘れちまうんだ。素のあいつがまだ、ほんのガキだってことをよ」

「ガキ扱いなんぞしようもんなら、飛葉が怒り狂うぞ」

「わかってる。俺たちが何を言っても聞きゃしないよ、飛葉は。あいつが弱みを見せられるのは、どういうわけか世界、あんただけだ。あんたの言うことなら、飛葉だって素直に聞き入れるだろう。だから、行ってやってくれ。このまま隊長から連絡が入らなけりゃ、俺たちは命令違反を覚悟で敵の中に乗り込むことになるんだ。そんな時だからこそ、飛葉にはシャンとしてもらわなけりゃならんからな」

「わかった」

「ああ、後は任せとけ」

八百はそう答えると、世界に背を向けて山荘に視線を向けた。

◇◇◇

 静かに近づいてきた足音に、飛葉が顔を上げた。

「世界……あんたか」

「飛葉、少し休め。一番休養が必要なのは、お前だ」

世界の言葉に飛葉は険しい表情を浮かべる。

「見張りは、どうした」

「八百が山荘を見張ってる。で、俺はお前の見張りだ」

「なんで、俺を見張らなきゃなんねぇんだよ」

「どうせ下らんことをあれこれと考えて、眠りやしないだろう?」

「何回も奴らに逃げられそうになって、やっとこさ始末できるとこまできたってのに、顔も知らねぇ奴から横槍入れられて、こんなとこでたむろしなきゃなんねーことが、下らないのかよ。チャーシューの足をやられて、他の連中も怪我して、疲れて、ヘロヘロになってんのに、そのお返しもできねぇのが、あんたには下らねぇことなのかよ!!」

飛葉は早口でまくし立てながら、彼の隣に腰を下ろした世界のジャンパーの襟を掴んだ。世界は飛葉の手を静かに下ろすと

「奴らがしたことをなかったことにしろって言ってるんじゃない。それは後から利子をたっぷりつけて叩きつけてやればいい。だがな、飛葉。焦っていちゃ、それもできんぞ」

と言った。

「焦ってる時は、何をやっても裏目に出るもんだ。気分を切り替えるために、少し眠れ。そうすりゃ、いい善後策も浮かぶ。第一、リーダーのお前がそんな状態だと、全員が浮き足立っちまって、こっちにあるはずの勝算だってご破算になる。そうじゃないのか」

飛葉は握りしめていた拳をゆるめ、膝を抱えて座り直した。

「チャーシューの怪我、どんな具合だった」

「脹ら脛をちょっとな。弾は貫通してるし、出血もそれほどひどくはない。だが、いつものようにバイクを動かすのは無理だな」

「そうか」

「チャーシューが動き出さないように、ヘボとオヤブンが見張ってる。全くよくもこう、馬鹿が集まったもんだ」

世界の答えに飛葉は静かな笑い声をこぼす。

「ああ。どいつもこいつも馬鹿ばっかりだ」

「まぁ、利口な人間だったら、最初からこんなとこにいやしねぇ」

「馬鹿が本気を出したら手に負えないってことを、悪党共に思い知らせてやる」

「そうしたいのなら、休め。お前が休まんことには、俺も休めん」

「わかった」

飛葉はそう答えると、世界の肩に頭を乗せた。

「肩、借りるぜ」

「図々しい奴だ」

と言いながらも、世界は飛葉の身体から少しでも負担を軽くするような姿勢をとる。飛葉の身体から力が少しずつ抜けていくに従い、微かないびきを伴った飛葉の呼吸が規則的なリズムを刻み始める。それを確かめた世界は、戦いの中で得たささやかな休息に身を浸すために、自身の瞼を閉じた。

◇◇◇

 「あ、悪りぃ。起こしちまった」

「いや」

飛葉が頭を起こした拍子に目を覚ました世界が時計を見た。

「まだ時間はあるぞ」

「もう、充分休んだ。それに、奴らを血祭りに上げる良い方法も浮かんだ」

そう答えた飛葉の瞳には、野生の獣を思わせる闘志と自信が宿っている。怒りと焦り、仲間を守りきれなかった後悔の念に苛まれていた先刻とはうって変わったその様子に、世界は心の中で安堵の溜息をついた。

「行くぜ」

そう言って立ち上がり、仲間のもとを目指す飛葉の後を世界が追う。

 飛葉と世界が戻った気配に振り向いた八百が

「いいタイミングだな。今さっき、黒塗りのリムジンが着いた。今頃連中は、俺たちから逃げおおせた祝杯を挙げているか、さもなきゃ高飛びの相談でもしてるんだろうよ」

「そりゃ、いい」

飛葉は不適な表情で唇を嘗める。

「ここから門の前の茂みまで、エンジンを切ったままバイクで移動する。それから一気になぐり込むぞ」

飛葉の言葉にメンバーの意識が集中する。

「先陣は俺と八百とオヤブン。派手に動いて雑魚共の目を引きつけて、進路を確保する。次にチャーシューと世界。チャーシュー、お前、足が使えないから世界のケツに乗っかって、パンツァー・クロイツ(対戦車用重火器)をありったけ抱えてぶち込め。両国とヘボは二人の援護だ。両国、お前も残りのミサイルを好きなだけ撃ち込んでやれ」

「ま〜た〜、派手なことが好きだねぇ、飛葉ちゃんはよぉ」

オヤブンが呆れた声で笑った。

「なんだよ。文句あんのか?」

「いんや、ねぇよ。ここんとこクサクサしてたから、それっくらい暴れさせてもらわなきゃ、調子も出やしねぇや」

「世界、あんたのバイクにマシンガンも積んどけや。パンツァー・クロイツだけじゃ、すぐに弾を撃ちきっちまうからな」

「ああ、だったら俺のを持ってけよ。殆ど手つかずのマガジンが5つはある」

「俺は両手が空いてるこったし、手榴弾もジャンパーの中にしこたま仕込むとするか」

「やっぱ、俺たちはこうじゃなきゃねぇ」

「ああ、悪党共を皆殺しよ」

両国の言葉を合図に彼らは不敵な笑みを浮かべた。そしてそれぞれの役割を全うするための準備を始める。

「なぁ、飛葉よ。俺のバイク、お前がちゃんと取りに来てくれよ」

と、チャーシューが言う。

「ああ、わかってるよ。このヤマが終わって一眠りしたら、お前ンとこに届けてやる。心配すんな」

飛葉がチャーシューに笑顔で答えた。そして、思い出したように言葉を継ぐ。

「あ、全員無線のスイッチを切っとけよ。これ以上、ジャマが入るのは御免だからな」

「リーダーが隊長に逆らってばかりだもんな。どーしよーもねぇな」

「草波の性格が悪くなるのも、頷ける」

ヘボピーと八百の言葉にひとしきり笑った後、彼らは山荘を見下ろす場所を静かに後にした。


ももきちからの煩悩メール(イラスト付)がプロットになっています。
このお話の主役は八百(笑)。
なんだかんだと言いながら、世話焼きでお人好しの八百を
書きたくなったのでした。
この後メンバーは草波からイヤミな説教をもらったことでしょう。
でも、結果オーライなんで、お咎めはなし。
隠し設定として、最後の八百の台詞の後には
「で、世界、あんたもますます老け込むんだ」
という、台詞があったりして……(笑)。


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