ある男の生涯―5―
草波のオフィスにはそれぞれの得意分野を活かして情報収集を行っていたメンバーが既に集まっていた。そこに飛葉と世界が顔を出した途端、ヘボピーやオヤブン、両国にチャーシューがふざけた言葉を容赦なく浴びせかける。その執拗さに飛葉が反撃を始めようとするより先に、草波が口を開いた。
「飛葉……その品のない服装は何の真似だ? 私が手配した蛍雪学園指定の制服は、そんなものではなかった筈だが」
「あんなちんちくりん、着てられるかよ」
「私にはお前の姿の方が、不格好に見えるが……。明日から学園指定のものを着て登校しろ」
「そりゃ、無理だ」
飛葉がそう言うと、眼鏡の奥の草波の目が鋭く光る。
「知り合いにコレを用意させた時、ボタンだけはずして捨てちまったぜ」
その言葉に草波の目が険しさを増す。そして彼は憤りを押さえ込んだ静かな声で
「保護者が呼び出された理由は、それか」
と、問う。
「言って聞かないなら、殴るか蹴るかしろと言っておいたぜ。それから隊長さんよ、二度とこんなくだらないことで、俺の邪魔をしないでもらおうか。お上品な奴らとの話し合いは、あんたの方が適役だ」
「それにしても飛葉の保護者を呼んだつもりの先公どもは、ぶったまげたろうなぁ」
世界のぼやきに応えるようにオヤブンが笑う。
「でかくてガラの悪い保護者代理が顔を出した途端、連中、震え上がったんじゃねーの」
「まったくだ。無愛想な大男に黙り込まれちゃぁ、できる話もねぇやな」
「バカ野郎。コイツ、先公の前で俺を二回も殴りやがったんだぞ。俺こそ、いい迷惑だ」
両国とヘボピーに飛葉がくってかかると、
「バカはおめぇだろ? 飛葉よ。適当にやってりゃいいものを、呼び出し食らうようなことをしでかしたのは、どこのどいつだ? ん?」
と、チャーシューが笑う。
「とにかく、俺はあんなチンケな服を着る気はさらさらねぇ。ここんとこだけは、はっきりさせとくぜ、隊長さんよ」
飛葉の言葉に溜息をついた草波は、気を取り直すかのようにその場に会した全員を眺めた。
「八百は,どうした」
「どこかのバカの扱いをどうするかってことで、緊急職員会議があるんだとか言ってたな。1時間ほど遅れるらしい」
世界の返答に草波が飛葉を睨みつけたが、飛葉は相変わらず飄々とした風で椅子にふんぞり返っている。その姿を見なかったことにした草波は、メンバーに託していた調査の報告を求めた。
「蛍雪学園生徒会には『傭兵砦』って別名があるんだ。そこの生徒会長の指揮で生徒会全体で学生運動に参加してるんだが、奴らはめっぽう頭が切れるらしくてよ、過激派連中のブレーンになったりすることが多い。何年か前、弁護士志望の生徒会長が仕切ってた時期にゃよ、奴らが関わった実力行使に限っては法律を逆手に取った理論武装をやらかして、揚げ句証拠不十分に持ち込んで、一人の逮捕者も出さなかったって話だぜ。それからだな。学生運動をやってる連中の中で、高校生の分際で蛍雪学園の連中が一目置かれるようになったのは」
「しかし『傭兵砦』ってのは、妙に芝居がかってねぇか?」
オヤブンがヘボピーに言う。
「いや、生徒会の連中の取り巻きに、蛍雪学園の空手部や柔道部の猛者がいるんだよ。高校生だてらにでかい顔をしてるのが気に入らないってな、どっかの大学の連中がちょっかいを出そうとしたことがあったそうだが、全員返り討ちにあったって話だ」
「おいおい、ヘボよ。冗談もたいがいにしろよ」
「何だよ、飛葉。取り巻き連中を知ってるのか?」
「副会長が俺のクラスにいんだけどよ、俺がヤツの言うことを聞かないからってヤキ入れにきやがったのよ。素人相手に本気出すわけにもいかねぇし、適当にあしらったつもりが、うっかり足腰立たないくらいにのしちまったぜ? 傭兵砦を名乗るにしちゃぁ、いくら何でも弱すぎる」
「お前が相手じゃ、分が悪すぎだぜ、飛葉」
「両国の意見には、私も賛成だ。ところで、飛葉。貴様、蛍雪学園に潜入していながら、何の情報も掴んでないのか」
草波の厳しい言葉に全くやる気の見られない態度で、
「やることは、やってるさ」
とだけ、飛葉は答えた。
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