邂 逅 ―8―


 いつもより一つ多い目玉焼きの朝食をかき込みながら、

「米がもう、ねぇんだ」

飛葉が言った。

「米だけか」

「味噌とか醤油も、そろそろ切れっかな。ちょっと町に出てぇんだけどよ」

「ならついでに煙草と……それから油屋に寄ってガソリンを積んでくるように言ってくれ」

「ついでに食料を適当に買い込んでくらぁ」

「そこから適当に、取っていけ」

 世界が視線で水屋の引き出しを示すと、飛葉は米飯を飲み下しながら頷いた。その時、耳慣れないトラックのエンジン音が聞こえ、二人は同時に早足で表へと向かう。何の前触れもなく現れた真新しい大型トレーラーの運転席から出てきた草波が二人を一瞥し、

「飛葉、お前の足だ」

と、抑揚に乏しい声で告げる。

「待ちくたびれたぜ、あのちゃちぃバイクにはうんざりしてたんだ」

まるで子供のように瞳を輝かせながらトレーラーの荷台に飛び乗った飛葉が、感嘆の声を上げた。

「ホンダCB750……新しもの好きだな、案外」

飛葉が自慢げに荷台から下ろした最新型のバイクを眺めながら世界が言う。

「うっせーんだよ。燃費の悪りぃアメ車を転がすしか脳がねぇヤツは黙ってな。コイツは国産車の中ではピカイチなんだからな」

「初速はカワサキのほうが良い。確か最高速度もあっちのほうが上だった筈だ」

「だから、うるせーってんだよ。俺のバイクにケチをつける気かよ、てめぇ」

「いや……せいぜい、その馬力に振り回されないようにするんだな」

「よけーなお世話だよ」

飛葉は喜びを隠そうともせずに憎まれ口を叩くと、嬉々とした様子でキックペダルを踏み込む。その瞬間に力強いエンジン音が周囲に響き渡った。

「貴様の希望通りにチューンアップしてあるんだ。ただのナナハンではないことを心得て乗れ。下手に扱うとすぐに使い物にならなくなる」

草波の説教をどこ吹く風と、飛葉は朝の陽光を浴びて輝く車体で荒れた地面を軽やかに進む。

「あれの仕上がりは、どうだ」

新しい玩具を与えられた幼子のような飛葉を複雑な気分で眺めていた世界に、草波が問うた。

「昨日の時点で五割ってとこだな」

「遅い」

草波が紫煙を吐いた。

「あれを寄越して既に1カ月が経過している。それだけの時間で仕上げられらないのは指導方法が悪いのか、本人に適性がないのかのどちらかしか考えられんな」

「そのどちらでもない。あいつは――飛葉は大化けする筈だ。だがその前に一度、荒療治の必要がある」

世界の言葉の先を草波が促そうとした時、飛葉が二人の前に戻ってきた。

「世界よ、コイツの馴らしがてら、町に行って来るぜ」

「荷物はどうする」

「米屋にでも運ばせる。それでいいだろう」

「昼までには戻れ」

飛葉は片手を上げて了承の意を示すと、その場で車体をターンさせて走り去った。それを無言で眺めていた草波が不機嫌そうに煙草を投げ捨てる。

「わざわざ米を買いに出なくとも、配達させればいいだろう」

「飛葉は飯にうるさい」

「それと訓練に何の関係があるというのだ」

「飯がまずいと機嫌が悪くなる。そうなると訓練も思うようには進まんというわけだ。幸い、アイツは飯の用意が苦にならない質らしくてな、早速リーダー風を吹かせて飯炊き当番を自分に割り振って、洗濯だのを俺に押しつけやがった」

「実に非建設的な話だ。時は金なりという言葉を知らんとみえるな」

「俺には飯が作れんからな。非建設的に見えても合理的ではある」

 訓練以外の動きは格好の気分転換にもなると言い、世界は懐から取り出した煙草に火を点けた。それから

「一つ、頼みがある」

と、静かに言った。

「適当なヤマを見繕ってもらいたい。残りのメンバーが揃う前に、アイツを一度実戦に出しておきたい」

「実戦だと? そんな無駄なことをする暇があれば、射撃の腕を上げたほうが得策だろう」

「飛葉はまだ、人を殺していない。それが引っかかる」

「ヤツの経歴書を見なかったのか。あの歳で何人地獄送りにしたと……」

視線で草波の言葉を遮ると、世界はゆっくりと煙草を吸う。

「確かに飛葉は殺人の前科を持っている。だが所詮は喧嘩沙汰の延長でしかない。傷害致死や過失致死は単なる結果だ。隊長――あんたはワイルド7を殺人を目的とし、悪党の殲滅という結果を出す集団にしたいと言った。ならば、そのリーダーとして飛葉が現場で動けるかどうかを、実働に入る前に確かめておく必要がある筈だ」

「そこまで慎重を期す必要があるとは思えんが……」

「飛葉が使えれば、良いデモンストレーションになる。頭の固い上の連中を動かすためのな。活動資金の確保も今よりやりやすくなる筈だ。それに飛葉が使えないようなら、すぐに頭をすげ替えられる。俺は使えないヤツの面倒をみてやるほど親切でもない」

「頼みがあるなどと殊勝なことを、よく言えたもんだ。これではまるで、脅迫か恫喝だ」

「あんたにその気がないのなら、俺はこの話から降りる。他人の巻き添えを食って犬死にするのは趣味でないんでな」

「檻の中で刑の執行を待つのも犬死にに変わりあるまい」

「そっち側から見れば犬死にでも、俺にとっては意味がある」

言い終えると、世界は投げ捨てた煙草を靴底で揉み消した。

 草波は無言のまま新しい煙草に火を点け、世界は黙したまま町の方向へ視線を向けた。眼鏡の奥で光る草波の目が、彼が勝機を掴むための画策をしていることを示している。煙草の中程までに達した白い灰を落とすと、草波が静かに言った。

「一週間で体勢を整えろ。その間にこちらの準備を済ませておく。貴様ら二人だけでこなせるような適当な敵が見つかるかどうかは保証しかねるということだけは、覚えておくことだ」

「それは百も承知している。こちらも1週間で飛葉を仕上げると確約しよう」

 草波と世界は更に短い言葉で必要事項の確認を行い、それぞれの持ち場へと戻った。


続く

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