邂 逅 ―6―
世界は飛葉の拳を受け止めながら、冷静に彼の動きを観察していた。攻撃に個性はあって然るべきだ。だが個性が相対する人間に悟られやすい行動パターンに陥っているようでは命取りになる。特に彼らが敵に回そうとしている連中の皆が皆、一筋縄ではどうにもならないことが明確である以上、弱点になりかねない要素は早々に、徹底的に取り除いておくにこしたことはない。それは彼らのクライアントである草波の要望を満たすためだけではなく、世界や飛葉をはじめとする彼らが生き残るための要件でもあった。
飛葉が拳を繰り出す直前、空を切る腕と逆のを僅かに引く動作が目についた。大部分の人間が見落としてきたであろう、拳を出すタイミングをはかる意味も持たないその動きの規則性を頭に入れた世界はやがて、飛葉の攻撃の全てを見切ることができるようになった。
繰り出す拳や蹴りが思うように決まらなくなったことに気づいた飛葉は、それまでの攻撃のリズムや順序立てに変化を持たせてみたが、その試みはことごとく無駄に終わった。飛葉自身は意表を突いたつもりでも、世界は難なく飛葉の攻撃をかわす。本人にとっては会心の一撃のつもりだった拳でさえ、どこか悠然とした動きで世界に受け流された瞬間、飛葉の面(おもて)に焦燥の色が浮かんだ。焦りはすぐに飛葉の動きに現れ、飛葉が平静を装おうとするほどに、その身体の動きから滑らかさや機敏さといったものが失われ、繰り出される手足からは次第に勢いが殺がれていく。
飛葉は互いの視点の違いに気づいていなかった。
だが世界には全てが見えていたのだ。決して長くはない人生の中で飛葉が培ってきた自信や自尊心のようなものが──。そして飛葉という少年の持つ可能性に加え、その成長の障害となり得る要素もまたはっきりと映し出されていた。
現時点では、これまでの経験の差が二人の力量を決定している。そして全ての資質において世界が飛葉を凌駕していることにも疑いはない。しかし同時に、いつの日か必ず飛葉が世界を越えるであろうことも世界は悟っていた。だからこそ世界は最良の形で彼自身を越える日を迎えさせたいと願わずにいられない。例えそれが感傷めいた自己満足でしかなくとも、殺しを単なる生業だけのものにせずにすむのであれば、殺伐とした生活の意味合いが少しは違ったものになるだろう。そのためにも今、ここで飛葉の可能性を損なうおそれのある全てを効果的に封じ込めるための最善の策を打っておく必要がある。世界は飛葉の相手をしながらも慎重に、そのタイミングを探り続けていた。
そして────飛葉が僅かに気弱になった一瞬のうちに世界の拳は飛葉の鳩尾に収まっていた。虚を突かれ、身体に受けたダメージをどこにも逃がすこともできなかった飛葉は、その場にズルズルと崩れ落ちる。足下から聞こえる低い呻き。満足な防御ができていなかったため、草を掴んだ飛葉の拳が苦しげに結ばれていた。
「拳や蹴りを出す直前に、逆側に身体を僅かに引く癖があるぞ。ガキや素人相手なら問題なかったようだが、多少でも腕に覚えのある人間にはすぐに見切られる。気をつけろ。意識するだけでも随分違う」
世界の言葉に飛葉が顔を上げる。
「我流が悪いと言うつもりはない。だが、できれば基本の動作を身体に叩き込んでおいたほうがいい。そうしておけば妙な癖が出たり、それを逆手にとった反撃を受けなくても済む。それに基礎的な動きには無駄がない分だけ、敵に隙も与えにくい。特に射撃は無駄な動きや癖がそのまま命中率に影響する。犬死にするのが好きだというのならこれ以上、何も言わん。だが死にたくないのであれば、もうしばらくは俺の指示に従え」
「……何故……俺が死ぬと決めつける……」
飛葉が苦しげな呼吸を押さえ込みながら問う。
「今、お前は地面に這い蹲っている。それが現実だ。それに……」
世界は僅かな間を置くと、誰にともなくといった風で
「そんな人間を、俺は嫌になるほど知っている」
と答えた。
それから世界は飛葉に背を向けてその場から歩み去り、後ろを振り返ることはなかった。