七夜目の真実―Side of others 4th―


 ワイルド7が追っている二人の容疑者が出社した後、飛葉を除く6人がガレージに集合した。

「独り者の男の部屋で、流しに汚れ物が突っ込んであるくらい、珍しかねぇだろ?」

八百がやや呆れたように言った。

「いんや、八百。飛葉はよ、ちょいとプロの料理人みてぇなとこがあんだよな。俺っちはその日の汚れ物その日に使ったものはその日のうちに始末するんだ。次の日に持ち越すなんてこたぁ、よっぽどのことでもなきゃな……」

「ヤツのバイクもあった。遠くになんか出ちゃいねぇよ」

「よう、世界。あんた、飛葉ン家の近くに住んでんだろ? 思い当たることはねぇのか?」

「いつもいつも飛葉とつるんでるわけじゃないからな」

世界が記憶を辿るように足下を見つめ、他のメンバーも気遣わしげにあれこれと飛葉の噂をしていた。何の進展もない数分間の後、ヘボピーがジャンパーを片手に立ち上がる。

「ハマにもう一度行ってくらぁ。どうもじっとしてると、一切合切悪い方に考えちまう」

ヘボピーを制止する者はなく、誰もが無言のうちに善後策に思考をめぐらせていた時、オヤブンが言った。

「世界。武田と佐倉川は俺たちで張っとくからよ。あんた、飛葉の足取りをもっかい洗ってみちゃくんねぇか。近くに住んでるだけに、俺たちが気づかなかったことを見つけられるかもしんねぇや」

「ああ、それがいい。佐倉川のガサ入れは明日でも明後日でもかまやしねぇよ」

「そうだな。ヤツはしばらく動きやしねぇだろう」

「まぁ、何か動きがあったらすぐに連絡すればすむしな」

「ああ。誰か一人に情報を集中させよう。そうすればすぐ、行動できる」

「なぁ、隊長に飛葉のことを報告しなくてもいいのかな?」

両国の言葉に、飛葉捜索の意気を高めていた他のメンバーが口をつむぐ。

「ワイルド7は全員、誰から命を狙われてもおかしくはない。特に飛葉と草波は悪党連中から相当恨みを買ってる。下手に動くと、隊長までかっさらわれかねん」

「おい、世界よ。あんた、ずいぶんなことをよく、他人事みてえに言ってくれるじゃねーの」

世界の事務的な口調が気に入らなかったのか、オヤブンが語気を荒げる。

「お前の気には入らんだろうが、事実だ。そして俺たちも同じだってこともな」

「ワイルドに恨みを持つ輩なんて……」

「ああ、ごまんといる。だから下手に動くとまずい」

両国の言葉を八百が継いだ。

「どうするよ」

チャーシューの呟きを受け、

「どうもしねえ。世界、あんたとヘボは飛葉を探す。俺たちは手分けして武田と佐倉川を張る。それだけだ。文句のあるヤツはいねぇな?」

と、オヤブンが言った。

「じゃ、オヤブン。お前が情報屋だ。何たって言い出しっぺなんだからな」

八百の言葉にオヤブンが唇の端を上げて笑い、それを合図に全員が腰を上げる。

「ああ、このオヤブンに任せろやい。いいか、おめーら。何かあったら真っ先に俺に知らせるんだぜ。わかったな」

◇◇◇

 世界は飛葉が普段の買い物に利用している商店街で聞き込みをしてみたが、ここ数日飛葉が店を訪れたという話は聞けなかった。間もなく始まる区画整理のためにトタンの塀が巡らされ、立入禁止になっている区域に侵入し、1軒1軒の廃屋や既に瓦礫と化した建物の残骸なども改めたが、数日の間に人の手で移動されたり掘り起こされたような痕跡もない。彼は飛葉のアパートに出向き、バイクの様子を子細に見てみたが、事故や事件に関わったと思われるような傷などもなかった。

『まるで神隠しに遭ったようだ』

そんな考えが世界の胸中を過ぎった。

 何の痕跡も残さず、日常の様子を少しも乱さずに一人の人間が突然に消えることなど常識的には不可能だ。本人の意思に反した行動を強要しようとすれば必ず、何らかの抵抗や摩擦が生じ、事件を解く手がかりとなる。そして警察は人海戦術的な聞き込みと科学捜査をもって残された痕跡を証拠へと昇華させ、犯人を追いつめていく。時に権力や財力を駆使して不利な証拠を握りつぶそうとする者もいたが、そういった輩を超法規的権力を行使して追い詰めるためにワイルド7は誕生した。その要となる人間の飛葉が簡単に、ワイルド7に恨みを持つ人間の手に落ちることもまたあり得ない。生き残ることに強い執着を持つと同時に、力で押さえつけられることを心底嫌悪している飛葉が何者かに拘束されているのであれば、或いは彼が生命の危険にさらされたり、残虐な拷問を受けるような事態になっていたとしたら徹底的に抵抗を試みるはずであり、同時に仲間に何らかの方法で連絡を取ろうとするはずだと世界は確信しているし、これまでの任務の中での飛葉の行動の全てが、世界が抱くに至った結論につながっている。それだけに飛葉が忽然と消え、些細な手がかりさえも得られないことが腑に落ちなかった。

 「よう、大将」

突然かけられた威勢の良い声に驚いた世界が振り向くと、時折出かける寿司屋の老店主が立っていた。

「なんだ、あんたか」

「おいおい、なんて愛想のない野郎だい。最近はすっかりご無沙汰じゃねぇか。たまにはうちに顔出してきな」

痩躯に似つかわしくない力で老人は世界の背中を押し、半ば無理矢理に彼の営む店に向かった。

 寿司をつまむような気分ではなかったが、町内の世話役やもめ事の調停役を頼まれることの多いこの老人ならば何か、新参者の世界の気づかぬ何かを知っているかもしれないと、世界は老人に付き合ってみることにした。世間話を装い、老人から最近の町の様子を聞いていると、時折店で顔を合わせる壮年の夫婦連れが現れた。小さな印刷会社を経営する彼らに子どもはなく、二人揃って出かけることで寂しさを紛らわしているのだろうという、随分前に聞いた店主の女房の言葉を世界は思い返しながら、寿司をつまむ。老店主は経営者夫妻と世間話を始めたが、その中にワイルド7が追っている6名の男女の失踪事件の噂もあった。

「ほんとにねぇ、気の毒よ、あの娘、真面目で気だてが良くてね。良い短大に入ったから、縁談も選り取りみどりだとか言ってたのよ」

女子大生の母親と懇意にしているらしい女客が、まるで自分の娘を心配するような口調で話し、店主は

「まだ、何もわかんないのかい?」

と、相づちを打つ。

「そうなのよ。警察もね、ずっと調べてくれてるって話だけどね、何もわかんないんだってさ。服とか送りつけられても本人がいないんじゃ、辛いじゃない。二親ともすっかり元気なくしちゃって、私もできるだけ顔を出してるのよ。でもね、一緒にいるとあの娘の話になっちゃって、結局最後には二人して泣くしかできないの。旦那さんはまだいいわよ。会社に行って仕事でもしてれば、一時でも気も紛れるだろうし。でもね、母親はねぇ……。家にいても外に出ても、結局考えるのは子どものことなのよ。あの娘、生まれた時から知ってるだけにね、他人事は思えなくてね……」

 徐々に涙声になる女を慰めるように隣の男が何かを話しかけ、店主も何かの集まりの時には話をしていると言う。最も身近にいる家族さえ、消息を絶った娘を見つけ出す手がかりを持ち得ない状況を聞くにつけ、世界の胸中に苦々しい思いが広がる。三人の話からは何の情報も得られそうにないと判断した世界が席を立とうとした時、店に若い男が一人入ってきた。

「よう、佐倉川の。久しぶりだな」

老店主の声に世界は驚き、不自然にならないように戸口に視線を巡らせた。

「こんばんわ。お寿司を……二人前の折を一つと、一人前のを包んでください」

「お、今日は誰か、お客さんかい?」

「友達が来てるんです」

老人の問いに佐倉川は笑顔で答えた。その表情は連続失踪事件の容疑者となっている人間のものとは思えない、やや内向的な雰囲気の、ごく普通の青年にしか見えない。世界は気取られぬよう、けれど注意深く佐倉川を観察したが、報告書に記載されていた事項以外のものを見つけられなかった。

「ずいぶん、よく食う友達だな」

「なんか、すごい食欲ですよ」

「そうか。よく食う男に悪いヤツはいねぇよ。良い友達だな」

「はい、ありがとうございます」

威勢の良い老人とは対照的とも言える佐倉川の静かな口調からは誰かを拉致・誘拐するような要素も見当たらなければ、その手で人を殺めたりするような印象もない。ただ不器用なほど真面目そうな人柄だけが窺えるのみだった。

 礼儀正しい挨拶を残して佐倉川が店を後にし、そのすぐ後に夫婦連れの客も出ていった。世界は追加の注文をし、老店主に話を向けた。

「さっきの男、初めて見る顔だったが……」

「ああ、佐倉川さんちの坊主な。子どもの頃から勉強ができてよ、どっかの偉い大学に行って博士様になったんだってよ。今も難しい仕事してるらしいな」

「どんな様子だ?」

「どんなって……どうした、旦那。あんたが他の客のことを訊くなんて、珍しいじゃねーか」

「いや……若い割に行儀が良すぎるような気がしたからな」

世界が笑いを含んだ声で答えると、

「ああ、いつだったか一緒だった旦那の連れは、ずいぶんとやんちゃな感じだったからな。ああいう手合いが珍しいかい」

と言いながら、老店主は一人で全てを納得していた。

「亮ちゃんていってな。お袋さんを赤ん坊の時に亡くしちまって、長い間親父さんと姉ちゃんの三人暮らしでな。お袋さんがいないせいか、子どもの頃からおとなしくてね。まぁ、この辺りでもいいとこの出だから、悪ガキたちも悪さなんぞしなかったようだけども……。ああ、そうそう、あの子が高校に入った年に親父さんと姉ちゃんが田舎に帰っちまったんだかなんだかで、それからずっと一人暮らしみたいだな」

「この辺りの人間じゃないのか?」

「ここいらに住むようになったのは……俺の爺さんの頃だって話だったな。どっかの大地主の次男坊だか三男坊が上京して事業を成功させたって話らしい」

「あるとこにはあるもんだな。そういう話が」

「はははっ。俺たち、貧乏人には縁のない話よ。ま、あの子にしたって一人になったって言っても家屋敷があるから心配はありゃしないやね。親父さんからの仕送りもあったろうしな」

それからしばらくの間、老店主は佐倉川亮がいかに品行方正な好青年であるかを語り、しかしその生真面目さ故に人付き合いが得意ではないこと、また飛葉のように威勢の良い人間であれば、多少年齢に開きがあっても良い友人になれるだろうと語った。

 世界は店主の話に相づちを打ち続けていたが、佐倉川亮に対して形にはならない不可解な感情が生まれるのを止めることはできずにいた。それが何であるかは世界自身にもわからない。だがそれは、彼が長く身を置いてきた闇の世界で生き残るために不可欠だとも言える感覚が教える予感めいたものでもあり、無視できるものでもなかった。

 店を後にした世界は、彼が得た佐倉川亮に関する新たな情報と警察当局が掴んでいるもの、そして彼自身が抱くに至った明瞭な形を取らないものとの折り合いをつけるために、草波のオフィスへと足を向けた。


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