七夜目の真実―Side of others 2nd―
この日、草波はワイルド7のメンバー全員に招集をかけた。しかし、彼のオフィスに現れたのは飛葉を除く6名のみだった。
「飛葉はどうした?」
草波がメンバーの顔を眺めやりながら言った。
「さて……ね。俺たちも、ここ2〜3日会ってねぇしな」
「ヤバイことには鼻が利く飛葉のことだ。きな臭いことが起こりゃ、すぐに顔を出すと思いますがね」
八百とオヤブンの確信を得ない言葉に、草波は不愉快きわまりないとでも言いたげな表情を浮かべ、眼鏡の位置を指先で整えながら深い溜息をつく。
「全く……。大事な時に限って姿を現さんとは……飛葉は最近職務怠慢が過ぎるようだな」
「おいおい、隊長さんよ。そりゃぁ、ねぇだろう」
オヤブンが異議を唱えようとしたが、その先は草波の厳しい視線に遮られた。
「常に非常事態に備えておくことは、ワイルド7のメンバーであれば当然のことに過ぎない。それを怠った飛葉は職務怠慢だと判断されても仕方がない」
気の短い何名かが草波に反論しようとしたが、世界は彼らを視線で制してから問う。
「ここにいないヤツのことをどうこう言ってもしかたがない。隊長さんよ。あんたぁ、何か用があるから俺たちを呼び出したんじゃないのか」
草波は世界を一瞥すると、オーク材でできたデスクにつき、引き出しから茶封筒を取り出す。中から数枚の写真が添えられた書類を取り出した草波は
「ここ数年の間に連続して起き、迷宮入りとなっている謎の失踪事件の調査がお前たちの新しい任務だ。ここにあるのは行方不明になっている6名の人間に関する資料だ。最年長者が30代、最年少者は高校生。年齢はもちろん、性別や職業、趣味や交友範囲など、およそ全ての面で全員に共通する点はない。だが彼らは突然家族や友人たちの前から姿を消し、音信不通となっている」
「身元不明だとか行方不明だとかになってる人間を捜すのは、所轄の領分じゃねぇのか」
八百が言った。
「本来ならば、そうだ。だが彼らが失踪して数週間後、自宅に失踪時に身に着けていた衣類や所持品の全てが返却されている」
「財布もかい?」
「ああ、そうだ。この女性は銀行への使いの途中に行方がわからなくなった。彼女は下請け業者への支払に充てる現金を銀行に預け入れに向かい、それきり戻ってこなかったため、当初は現金を持ってどこかに逃げたものと思われていたのだ。しかし失踪から2週間ほどして自宅に届けられた所持品の中に、彼女の勤務先で銀行への使いの際に使っていたバッグと現金、それに振込先を記したメモなどがあり、それらには全く手がつけられてはいなかった」
「……そりゃ、妙だな。どんなトコに勤めてのかは知らねぇが、月々の支払いってのは結構な額になるはずだぜ。それは目当てじゃないってのが、どうにも腑に落ちねぇ……」
両国が顎に手をやりながらそう言うと、
「ああ。俺っちのラーメン屋だって毎日の仕入れ代金をひと月分まとめりゃ、それなりになるもんな……」
と、チャーシューが誰にともなく呟く。
「失踪当時の所持品などから失われたものはなかった。だが、所持品の中には必ず白い封筒が添えられており、その中には失踪した本人のものと思われる頭髪が一房入っていた」
「まさか……」
ヘボピーが絞り出すような声を出す。
「その、まさかだ。失踪、或いは行方がわからなくなっている人間は皆、既に生きてはいまい。彼らを拉致された人間に殺されたと考えた方が妥当だとも言える。自宅に届けられた所持品からは、犯人らしき人間の指紋は検出されなかったが、どれも同じ紙袋に入れられていた。また、衣類の畳み方や細々したもののまとめ方がほぼ同じだった。故に同一犯が6人の人間を誰にも見咎められることなく拉致・殺害し、遺品を家族に送りつけたと思われる」
「警察もバカってんじゃねぇしな。犯人の目星がついていないわけじゃねぇ。しかし状況証拠しかなくて、警察では手も足も出せないってわけか」
「その通りだ、八百。お前たちは至急、容疑者に挙げられている人間の周辺を探れ」
草波が出した二人の容疑者の資料に、全員の視線が注がれた。
「警察は被害者の周辺を徹底的に調査し、不特定多数の人間の中から当時のアリバイや動機などを元に容疑者を二人に絞り込んだ。一人は武田浩一。こいつには傷害と詐欺・恐喝の前科があるが、3年前に出所してからはすっかり真面目になり、今は金属加工を手掛ける町工場に勤務している。もう一人は佐倉川亮。前科はない。勤務先は種苗会社の研究室。仕事だけが取り柄の、まっとうな人間だということだ」
草波は机に広げた資料を茶封筒に収めてメンバーに手渡し、
「まずこの二人の周辺を徹底的に洗え。次の被害者が出てからでは遅い」
と言った。そして
「飛葉が顔を出したら、私の所に来るように言え。それから飛葉がいない間は世界、お前がリーダーを務めろ。以上だ」
とだけ言い、視線でメンバーの退室を促した。
◇◇◇ 共同で借り受けているガレージに集まり、飛葉を除く6名の男たちは資料の検討を重ねていた。
「しかしよ、前科のある武田はともかく、この佐倉川って男はどうだかな。いかにも気の弱そうな顔してるぜ」
「運送会社に勤めてた男の担当してたとこに勤めてんだろ? 二人とも」
「でもって、銀行に行く途中でいなくなったお姉ちゃんのいた文具屋の得意先ね」
「こっちの女子大生と高校生の坊やは、何の関係もねえな」
「いいや。この二人、通学で使ってるバスの路線が一緒だとよ」
「じゃ、容疑者二人が通勤の時に使ってたのか?」
「武田はな。佐倉川はマイカー出勤だとよ」
「残りの二人には何の共通点もねぇな。惣菜屋の店員に自転車屋の職人だもんな」
「自転車で会社だとか学校に行ってたヤツはいんのか?」
「いねぇよ」
「容疑者っつてもよ、これといった証拠どころか、動機もねぇぞぉ」
「女ばっかが狙われたって話なら、わかるんだけどよ」
被害者についての資料は、取るに足りないと思われるようなことまで詳細に書き込まれていたが、事件の真相の手がかりになるようなものはなく、二人の容疑者との接点も見えない。また武田と佐倉川の二人の容疑者は、事件発生当時のアリバイが曖昧だったこと、6名の被害者の自宅から比較的近い区画に住んでいること、そして2名の被害者と彼らの勤務先に何らかの関わりがあったことが、事件の関係者と見なされる要因となっていた。しかしそれは状況証拠とさえ呼べない、何ら根拠のないものだとも言える。故に一切の行動を法律によって縛られている警察官にできることは、二人の容疑者かもしれない男を監視するくらいしかない。しかし、それでは新しい被害者が現れるまで手をこまねいているしかなく、一切の令状がなくとも行動できるワイルド7に事件の解決を委ねるしかなくなったことが、容易に知れた。
「まぁな、これくっらいの条件じゃガサ入れもできねぇやな」
「ああ。下手をしたら人権蹂躙で告訴される」
八百が、誰にともなく言った。
国家権力の一つである警察に手が出せない事件を押しつけられたこと。新しい任務が入ったにもかかわらず、リーダーの飛葉の姿がないことが彼らの間に焦燥めいた感情を生じさせていた。特に直情気質を絵に描いたようなヘボピーは不機嫌そうに黙り込んだきり、一言も話そうとはしない。
「ま、ガサ入れからかかるか」
世界はそう言いながら、指先で弾いた硬貨を手の甲で受け止めると同時に、空いた掌で覆い隠す。
「表なら武田、裏なら佐倉川のヤサから手をつける」
全員が見守る中、世界が硬貨を覆っていた手を外すと表面が現れた。
「武田からヤサ入れだ。チャーシューは武田の監視。オヤブンは佐倉川を頼む。俺と八百、両国の三人で武田が勤めに出た後のガサに入る」
「おい、世界。飛葉を忘れてないか?」
ヘボピーが気色ばんだ様子で世界に詰め寄った。
「飛葉はお前が探せ。見つけたら隊長のとこに突き出す前に、俺たちのとこに引っ張ってこい。一人、楽をさせるつもりはないからな。草波の説教は、このヤマが終わってからでも間に合う」
「へへへ……」
ヘボピーが驚きに目を見開いた後にニヤリと笑い、他のメンバーも薄い笑いを浮かべるのを見た世界が、
「なんだ。お前ら、文句でもあんのか?」
と周囲に問う。すると
「いいやぁ、ねぇって」
と、オヤブンが笑いながら世界の肩を叩き、八百が意味深な笑みを浮かべて
「無愛想なツラして、なかなか話がわかるじゃねーか、世界の旦那はよ」
と、からかうように言う。そしてヘボピーを見て
「ヘボ。旦那のためにも早く飛葉を探してきてやれや。一番割を食ってるコイツが最初に、飛葉に雷を落とすのが筋ってもんだからな」
と言ったのを機に場の雰囲気は任務の緊張を孕んではいるものの、和やかなものに変わる。だがワイルド7の要である飛葉が不在だという状況に変化はない。しかし彼を見つけ出すために動くことはメンバー全員の意識の統一と士気の高揚を図るに十分な効果があった。
「さて……じゃ、俺とチャーシューは連中を張ってくるかな」
と、オヤブンがチャーシューを促して立ち上がり、残りの者は飛葉の立ち寄りそうな場所へ出向くためにガレージを後にした。