節分狂想曲2
12月には既に発注を終えていた節分アイテムを並べながら、新名旬平は年々増えるアイテムに、思わず感心する。定番の豆菓子には鬼のお面のオマケ付き。ファンシーグッズもバラエティ豊かな節分アレンジになり、店頭には恵方巻き予約受付中の告知ポスターが張られている。売り上げ目当ての販促とわかってはいても、店の中が賑やかになるのが嫌いではない。搬入されたばかりの品物を、より見栄え良く工夫しながら並べていると来客を知らせるチャイムが鳴った。
「いらっしゃいませー! あ、聖司さん」
「お前……バイトか?」
「そうッスよ。聖司さんでもコンビニ来るんですね」
「……恵方巻きの……ケーキは、あるか?」
「恵方ロールですね。もちろん、ありますよ。ご予約はこちらでどうぞ」
カウンターに設楽を誘導し、新名は予約シートを渡す。
「オレのお薦めはコレ。はばたきスペシャルロール。ホイップクリームの中にはフルーツがたっぷり。生地はソフトで、甘さ控えめ。ミルクと卵の風味が最高です。あと、もっちりタイプのワッフル生地でカスタードクリームを巻いた、ワッフルロールも良いですよ。チョコ味はバナナが丸ごと入ってて、カスタード味はダイスカットしたピーチがたっぷり。それから……」
「説明はいい。節分とか恵方巻きに関するデザートを全種類、一つずつ予約したい」
「了解しました。あー、相当な量になりますよ? 前金でお代をいただければ、オレ、学校に持っていきますよ? 特別サービスで」
「そうか。なら、そうしてくれ」
「毎度、ありがとうございまーす!」
さい先の良い節分フェアの始まりに、新名は上機嫌でレジのキーを打った。
◇◇◇
いよいよ節分の日。設楽は昼休みの屋上に向かう。途中で合流した新名と歩いていると、少しばかり先に琉夏と琥一を従えた水田がいた。琥一が持っている大振りのバッグはかなりの重量感を醸し出していて、明らかに女性向けと分かるデザインが似つかわしくないことこの上ない。
設楽と新名を認めた琉夏と琥一が嫌な笑みを浮かべたが、先日、二人が設楽に吹き込もうとしたデタラメは既に修正済みだ。幼い頃から何かというと二人がかりで設楽をからかい、訳のわからない作り話で恥をかかされたことを思い出し、今度ばかりは悪名高い桜井兄弟の鼻を明かしてやれたのは気分がいい。更に二人の上を行くため、恵方ロールだのの季節限定の節分スイーツも確保済みである。してやったりと、設楽は内心でほくそ笑んだ。
「ちょりーっす! まりさん。それに、琉夏さんと琥一さんも」
「あれ、ニーナ。今日はセイちゃんと一緒?」
「聖司さんの荷物持ちです。はい、まりさん。聖司さんからの差し入れ、ハロゲンお勧めの恵方巻きスイーツ!!」
「わぁ、嬉しい! ありがとうございます、設楽先輩。新名君も、一緒に恵方巻き食べよう。たっくさん、作ってきたの!」
「やっりぃ! ゴチになりまーす!!」
屋上に着いた途端、“はば学のお母さん”こと水田まりはバッグからレジャーシートを取り出し、母子で用意したという大量の力作を並べだし、その隣で新名が新名が恵方巻きロールを準備を始める。二人の邪魔をするように琉夏が水田にじゃれつき、数歩離れた場所では何をするでもない琥一が立つ。その様子をぼんやりと設楽が眺めていると、柔道部の不二山と紺野が来た。珍しい取り合わせに、自分が物知らずなだけで、実は恵方巻きというのは大多数の人にとって極めて重要且つ魅力的な伝統行事になっているのだろうかと、考え込む設楽である。
「おい、水田! 炒り豆の醤油漬けと鰯のフライ、持ってきたぞ。あと、紺野さんもそこで会ったから、声かけた。人数、多い方がいいんだよな?」
「うん、ありがとう、不二山君。いらっしゃいませ、紺野先輩」
「何だか、悪いね、僕まで」
「たくさんありますから、大歓迎です」
「お茶、買ってきたら、皆で飲んで」
「さすがッスね、玉緒さん。じゃ、皆で仲良くいただきますか!」
「さぁ、どうぞ、たくさん食べてくださいね」
ニコニコと笑いながら水田が皆に手渡したのは、直径が10センチはある、太巻きとは呼べない──少なくとも設楽が確認した恵方巻きからはほど遠いサイズの巨大巻き寿司。ここ数日、恵方巻きの知識を仕入れに仕入れただけの初心者にもわかる。これは、非常識にも程があるサイズだ。こんなものの丸囓りを強要されてはたまったものではない。故に設楽は思わず、「これは……何だ?」と、水田に問うた。
「特太巻き? 学校に持っていくって行ったら、ご近所のオバサマ達が張り切って、うんと大きいのにしなさいって。で、私もエキサイトしちゃって、ついつい大きくなっちゃっていうか、記録と限界に挑戦してみたら、こんなになっちゃいました。で、高校生の男の子なんて馬か牛みたいにたくさん食べるからって、こんなに持たせてもらっちゃったんですよ」
自慢げに答える水田の笑顔に、設楽は目眩を覚えた。
「まりさん、マジパネェ。オレ、こんなにでかいの初めて」
「ホントだ、凄い。なぁ、コウ」
「ああ、でけぇな」
「これなら、3本は軽い」
それなのに常識を軽々と凌駕するサイズに面食らっているのは、設楽だけである。琉夏と琥一、そして新名と不二山は上機嫌で巨大巻き寿司に手を伸ばす。恐る恐る手に取った巻き寿司を持て余し気味なのは設楽のみ。紺野でさえ物珍しそうに、そして嬉しそうに、顔を覆う程の巻き寿司を手にしている様子に、何だか置いてけぼりにされた気になる設楽であった。
「じゃ、南南東に向かって、一気にいきますか!」
そして、何故か場を仕切る新名の声を合図に、七人は一斉に同じ方向に顔を向け、両手で掲げるように持ち上げた巻き寿司にかぶりつく。黙々と、巨大巻き寿司を腹に収めるのはいうまでもないが、楽譜よりも思い物を持つ習慣のない設楽にとってそれは、拷問以外の何ものでもない。設楽の一日の食事量に匹敵しかねない質量はもちろんだが、切り分けられていない巻き寿司が──主に湿気た海苔や長いままの干瓢を噛み切ること自体がこれ、格闘である。
「ごちそうさま」と真っ先に言ってから琉夏が、次に巨大海苔巻きを平らげたらしい琥一が、二本目の海苔巻きに手を伸ばす。そして不二山が二本目を食べ始め、新名がその後に追随するのを見た設楽と言えば、気持ちが焦るばかりでどうにもならない。紺野はどうだろうかと不自然にならぬよう視線を向けると、後輩達には後れを取ってはいるものの、水田よりも食べるのが早い。せめて水田にだけは後れを取るまいと考える設楽ではあるが、二人の幼馴染みをはじめとする後輩達の勢いに半ば気圧されてしまい、水田よりも早く食べきろうという気持ちさえも萎えてしまっていた。もうこうなれば仕方がない。スピードよりも優美さで勝負だとばかりに、生まれて初めての経験となる、常識外れの恵方巻きのエレガントな完食にひたすら集中するのであった。
設楽家は洋風なお家のようなので、案外と恵方巻きはやんないかなぁと。
そして、設楽先輩は育ちの良さが仇になって、桜井兄弟に散々からかわれてそうだなと(笑)。
常識はそこそこあるけど世間知らずの設楽の良識とか常識を覆すのが、
気配りパラMAXのバンビだったりしたら、こんなことも珍しくないと思いました。恵方巻きのサイズは大盛り選手権とかで出てくるようなのを想像してください。
紺野っちは何だかんだいって、お姉さんの実験台とか試食係の経験が豊富なので、
食べ物が絡めばどんなシチュエーションでもすぐに馴染みそうだよね(笑)。
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