パジャマパーティー
三人でフリーマーケットに行こうと言いだしたのは、桜井琥一の同い年の弟の琉夏だった。男の二人暮らしは気楽なものだが、殺風景なのは否めない。故に琥一と琉夏の二人は、中学時代に喧嘩番長で馴らした自分達を怖がらない、幼馴染みの水田まりと一緒に出かけることもある。口下手を自覚している琥一としては、琉夏に水田の相手をしてもらえて助かるわけで、更に二人の楽しそうな姿を眺めるのが気に入っている。放課後の殆どを生活費稼ぎのアルバイトで賄っている二人にとって、たまの休日を水田と過ごすのはささやかな、けれど大切な気分転換となっていた。
「まりちゃん、みっけ」
言うやいなや、琉夏は水田に駆け寄っていく。こちらに気付いた水田も、笑顔を浮かべて早足で近づいてくる。こういったところは二人とも、子供の頃と変わらない。
「フリーマーケット? うん、行く! 琥一君も一緒? 楽しみだね」
掘り出し物があるといいねと笑い合う琉夏と水田を眺めていると、騒々しい女子の声が聞こえてきた。
「バ〜ンビ! そろそろ行こう!」
脳天気な声の方を振り返ると、花椿カレンと宇賀神みよがいる。
「桜井琥一……桜井琉夏……」
「あ、ホントだ。何? アタシ達のバンビに、何か用? だめよ、バンビは。今日は先約があるんだから」
琥一と琉夏の間を割るようにして三人の中に乱入してきた花椿は、さも当然のように水田を二人から引き離す。そして、同性の特権を見せつけるように水田の肩だの頭などをベタベタベタベタとさわり、宇賀神はというと妙な存在感を放ちながら二人の傍らに立つ。
「カレン、みよちゃん。今日じゃなくてね、明日、出かける約束してただけ」
「そ? じゃぁ、お泊まり会はだいじょぶ? だよね〜?」
189センチの長身の琥一をものともしない花椿はバレー部の花形選手とかで、言われてみれば背が高い。琥一達に投げかけてくる挑戦的な視線も、見上げてくるようなものではないというところが、軽く癪に障る。
「お泊まり会? 三人で?」
「カレンのお家でね、パジャマパーティー」
「そ。女の子だけの秘密のお喋り、するんだよね〜」
琉夏の言葉に即座に反応する水田と花椿が、顔を合わせて笑った。
「いいなぁ、それ。楽しそう」
「みよとバンビが一緒だからね。楽しいに決まってんじゃん」
「オレも混ぜて」
「だめ。男子、邪魔」
琉夏の突拍子のない言葉に、宇賀神が間髪を入れずにツッコミを入れ、
「そうそう。男子禁制。可愛い女の子限定のパーティーなんだから! 琥一君や琉夏君が混ざると、せっかくのお花畑が台無しだよ」
と、花椿が言う。
何も言っていないにも拘わらず、当然のように乱入メンバーに自分が並べられるのを憮然と聞いている琥一の耳に、
「じゃぁさ、かわいいカッコするから、オレ」
などと、常軌を逸した琉夏の言葉が飛び込んできた。このバカは何を言い出すのだと呆れていると、
「ダメ! バンビとか〜、みよとか〜、ぜっんぶカワイイ子じゃないとダメ!! 毛むくじゃらの足なんて、目が汚れる!!」
などと、花椿は琥一には理解不能な言葉を並べ立て、両手に花よろしく、小柄な水田と、高校生には見えないほどに小さなみよと腕を組み、その場から退散していった。
琥一と琉夏を振り返り、自由な方の手を小さく振る水田と、その変わり者の友人達を見送りながら、
「ダメか。残念」
と、琉夏が言う。
「お前……正気か?」
「本気と正気で9割超え」
「お前が言うと、冗談に聞こえねぇ」
「殆ど本気って、言ってんじゃん」
「やめろ、気持ち悪りぃ」
「コウは気にならない? 多分、オレ達もネタになってるぜ?」
三人にどういう風に扱われるのか、琥一とて気にならないわけでない。だが琥一は、
「馬鹿馬鹿しい」
取り敢えずそう言い捨てる。そんな心情を知ってなのか、琉夏は意味深な笑みを浮かべながら、
「オレは、気になるなぁ」
と、言った。
◇◇◇
三人でフリーマーケットに出かけてから数週間が経った頃、琥一と琉夏が住む『WEST BEACH』に水田がやってきた。フライドチキンとケーキを手土産に携えた水田は、ついさっきまで二人の女友達とウィンドウショッピングをしていたのだという。その帰り、花椿から預かったという大きいけれど軽い箱を、琥一と琉夏、それぞれに手渡す。
「カレンから。二人にプレゼントだって」
オールディーズが流れる琥一の部屋でくつろいでいる時に渡された箱は、無駄に豪華なリボンで飾られている。好奇心に目を輝かせた琉夏は、同じように期待に満ちた表情の水田の前で包みを解く。中から出てきたのは薄い生地で作られた、明らかに女性ものと分かる服だった。
「何、これ?」
「あ、カードがあるよ。えーっと、これを着こなせたら、考えてあげるって。カレン、凄い」
「着こなすって……女の子用だよね、これ」
「うん。でも、琉夏君に似合うよ、このナイティ。それに、サイズもぴったり」
言いながら、一度洗えば破れそうな“ナイティ”を、琉夏の身体に充てる。ベビーブルーの生地にスカイブルーの縫い取りが施されたそれを似合うと言える感覚が、琥一にはりかいできない。けれど、当の琉夏は妙に楽しげに、
「そう? 似合うかな?」
などと、言っている。
「うん、似合う。さすが、カレン。悪戯にも隙がない。というか、お洒落心を忘れないというか、いつでも本気だね」
「本気……」
正気とは思えない、これが本気というのが信じがたい。シュールと言うなら、花椿は琉夏と良い勝負だ。
「ねぇ、琥一君の! 開けていい?」
「勝手にしろ」
あまりの馬鹿馬鹿しさに、琥一は床に置いたままの雑誌を拾い上げた。すぐ近くで包装紙を破る音にも我関せずを決め込んでいると、
「琥一君にぴったり!!」
と、水田が鮮やかなオレンジ色の布を閃かせる。
「セクシー系だね、セクシー系ナイティ」
バイク整備のウエスにも使えなさそうな、ヒラヒラした化繊の布を一瞥して、気に入ったなら持って帰れと言い捨てると、琥一は再び雑誌に目を落とす。
「えー、無理だよ。サイズ、合わないもん」
体格が違いすぎると言って、何とか琥一に“ナイティ”を当てようとする水田を牽制しながら、
「気に入ったなら、お前にやる。持って帰れ」
と、琥一は邪険に扱ってやる。それでも諦める気配もなくじゃれついてくる水田をかわしていると、
「まりちゃん、見て? 似合う?」
と、脳天気な声がした。見ると、琉夏がベビーブルーのナイティを着て、妙竹林なポーズを取っている。
「似合うー!! 琉夏君、かわいい!!」
「かわいい?」
「うん。スッゴクかわいい。もっと、可愛くなりたくない?」
「もっと?」
「うん、もっと!!」
「いいかも!!」
自分の理解を軽々と乗り越えた琉夏と水田のノリの良さに、琥一は呆れるしかない。それでも水田の興味が琉夏に移ったのをこれ幸いと、琥一は再び雑誌に目を落とした。
◇◇◇
ページを捲る琥一の手が止まる。ついさっきまで騒がしかった二人が、妙に静かだ。何だか嫌な予感がする。多分、気付かないふりを決め込んだ方が、精神衛生上は得策だ。だが、何をしているのかはわからないが、野放しにした場合、もっと厄介なことになりそうな気もする。うっかりノリが合った時、琉夏と水田は手がつけられなくなることを学習している琥一は、恐る恐る二人の方を窺ってみた。
「お前ら……おい! 琉夏! 水田!」
「コウ、きれい? おれ」
「カワイイ系だよね、琉夏君は」
“ナイティ”と共布の被り物を頭に乗せ、どこから取り出したのか、三つ編みにした金髪に髪飾りまでくっつけた琉夏に、琥一は言葉を失う。
「パジャマパーティー、参加できる?」
悪びれる風でもなく尋ねる琉夏に、水田は小首を傾げてしばし考え込み、小さなポーチをバッグから取り出した。
「じゃ、最後の仕上げにカラーリップ!」
水田の言葉が終わらないうちに、琥一はその小さな手からリップクリームを取りあげる。
「いい加減にしろ、おめぇら!! 琉夏!! お前も、調子に乗んな!!! さっさと脱げ、そんなもん!!」
「ノリ悪りぃよ、コウ」
「そういう問題じゃ、ねぇんだよ」
「まりちゃん、オレらとパジャマパーティーしない? ここで!」
「ここで?」
「そう。オレとコウと三人で。いっぱい遊んで、そんで、川の字で寝んの」
どう? と、問う琉夏の言葉に水田が考え込むのを見て、何故、即座に断らないのかと琥一は呆れた。
「でも……二人とも男子だし……」
「だいじょうぶ。エッチなこと、しないから」
そういう問題じゃないと琥一が口を挟もうとした一瞬前、
「じゃぁ、琥一君もカレンのプレゼントを着てくれるなら、いいかも!」
と、信じられないことを言った。
「着るよな? コウ」
「はぁ? 誰が、着るかよ、そんなもん」
「琥一君が着てくれなら、私もカレンにもらったナイティ持ってくるよ」
「え、どんなの? それ」
「琉夏君が着てるのよりフリルもレースも、いっぱいついてる、カワイイのだよ。で、ピンクなの」
「いい! それ!! よし、コウ、着ろよ? それ」
「着ねぇよ!」
「ねぇ、琥一君」
「着ねぇっつてんだろ!!」
「似合うよ、絶対!!」
言いながら、ついさっきまで放り出していた“ナイティ”を手に、水田が琥一ににじり寄ろうとし、気が付けば、琉夏も琥一を抑えかかろうとしている。琥一はまず水田を交わし、それから琉夏に反撃を繰り出す。小競り合いを何度か繰り返していると、小気味よい音がした。
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
悲痛な声に我に返った琥一と琉夏が水田を見ると、鮮やかなオレンジ色の布が大きく裂けている。ついさっき、崩しかけたバランスを整えようとした時にでも、変に力がかかってしまったのだろうそれは、無惨な有様になっている。
「セクシーナイティが〜〜〜〜〜!!!!」
「ああ!! コウのが!!! どうすんだよ、コウ!!!!」
「てめぇらが暴れるからだろうが!!」
琥一の一喝に、水田はすっかりしょげ返ってしまった。琉夏はそんな水田を宥めながら、恨みがましい視線を琥一に投げかける。憮然として琥一は、見て見ぬふりを決め込んだ。しかし、子供の頃から二人の守り役を自認してきた琥一としては、琉夏はともかく、項垂れてしまった水田を放り出しておくことはできない。
大体、こんなことになったのも小柄な水田がダメージを与えないよう、小競り合いの中で最大限の手加減をしたからだであって、決して悪気があった訳ではない。だが、そんなことは既に問題ではなく、今は水田に機嫌を直してもらうことが最優先事項である。そして、誰かを慰めるだのといったことは、琥一が最も苦手としている事柄でもあり、何をどうすればいいのやら、思案に暮れるばかりだ。
「あぁ……悪かった。機嫌、直せ。な?」
「誠意が感じられない」
「うっせーよ。琉夏、お前は黙ってろ」
「カレンに悪いこと、しちゃった……」
謝りに行かなくちゃと呟く水田の髪を撫でながら、
「じゃぁ、さ。オレたちも一緒に、謝るから。だからさ、元気出して?」
と、琉夏が言う。
「でも……」
「連帯責任、ってヤツ? なぁ、コウ。そうだよな?」
「あぁ……まぁ、な」
「ほら、コウも一緒だから大丈夫。安心して? 花椿さん、仲好しだろ? 怒ったりしないよ、絶対」
「……うん。そうだよね。ありがとう、琉夏君。琥一君も」
ほんの少しだけ明るさを取り戻した水田の表情に安堵する琥一ではあるが、その内心は複雑である。元はと言えば、悪趣味な冗談を仕掛けてきたのは花椿であり、無駄なノリの良さではしゃぎだしたのは水田と琉夏。琥一は、この三人に巻き込まれただけのことだ。
考えてみれば、ガキの頃から悪さをした時には問答無用で父親に殴られた。琉夏と一緒の時は、兄貴だというだけで余計に殴られたものだ。今も昔も、そんなことに文句も不満もないのだが、既に子供とは言えない年齢になっても、兄貴という立場の微妙な理不尽さは変わらない。それはきっと、何年経っても同じなのだろう。
“兄貴なんて、ろくなもんじゃねぇ”
そう思いながらも琥一は、花椿が水田を許さない筈がないこともわかっている。もしも八つ当たりされるなら、その的は自分だけであり、それもお約束の、その場限りの悪態の応酬に終わるのは想像に難くない。分かり切ったことに付き合わされるのは面倒だが、兄貴などという立場はそんなものだと、水田と琉夏を眺める琥一であった。
乳幼児が静かに何かに集中している時は、
まず間違いなく、悪さをしてる時です(笑)。琥一攻略中のイベントで、琉夏のノリの良さというか、
そういうものを知ってしまったのをこれ幸いに、途中から書き直しました。個人的には琉夏より琥一の女装の方がストライクど真ん中なんですどね、ええ、ええ。
それにしても、バンビに対する琥一の過保護っぷりはどうかと思う今日この頃です。
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