花のような乙女達


 ある晴れた日の昼休み。花椿カレンは中庭に急いでいた。友人の宇賀神みよと水田まりの二人と弁当を使うのは、彼女にとって至福の一時だ。だからこそ、時間を無駄にはできない。

 はばたき学園中等部の頃から仲の好いミヨ。そして、高等部進学早々出会った水田まりは、彼女の五感を癒してくれる掛け替えのない友人である。何よりも、二人とも可愛いらしい。占いを得意とするミヨは、どこか神秘的な少女らしさを持つ小柄な少女で、中等部在学中に見かけた時、ほぼ一目惚れ状態で友人のポジションを手に入れた。水田まりは森の中に住む子鹿を連想させる黒目がちな瞳と、細くしなやかな手足が印象的な少女で、やはりカレンは一目惚れ状態で友達ポジションを獲得し、親しみを込めて“バンビ”と呼んでいる。フリルやレースが似合う彼女らは、親友であると同時に、長身でマニッシュな雰囲気を持つ彼女の憧れでもあった。

 浮かれた気分で待ち合わせ場所へと歩くカレンが、桜井琉夏と琥一を見つけた。“桜井兄弟”と呼ばれる彼らの噂は、カレンもそれなりに知っている。喧嘩が強く、見るからに品行方正とは言い難い彼らは、どちらかというと良家の子女が多く集まるはばたき学園では異質の存在だ。入学当初は同級生達も遠巻きにしているしかなかったようだが、幼馴染みの水田まりだけは子供の頃に余所に引っ越し、高校進学と共にはばたき市に戻ってきたために中学時代の武勇伝を知らず、ごく自然に彼らに接している。水田の存在と、売られた喧嘩は買うけれど、自分から売ることはない彼らの一貫した行動もあってか、徐々に近づきがたいイメージは薄れつつあるようだ。

「ルカ君、コーイチ君。お昼?」

「まぁね。花椿さんも、お昼?」

「そ、屋上で。バンビとミヨと一緒にね。ここで待ち合わせ」

「仲好しだね、三人とも」

「ルカ君とコーイチ君も、バンビと仲好しだよね」

「まぁね。俺達、幼馴染みだから」

 面倒だと言わんばかりの表情を浮かべる琥一の隣で、琉夏は人好きのする笑顔でカレンに答える。見た目も性格も対照的な兄弟は、見た目は悪くない。その二人がマイペースの水田に振り回される姿は、今や校内でも見慣れたもので、水田を桜井兄弟対策の一つに数えている教師もいる程だ。

「そう言えばさぁ、バンビってばこの間、カワイイこと言ってたんだよね」

「カワイイこと?」

「そ。高校生になったら、ボーイフレンドができるって思ってたのになぁって」

 ボーイフレンドという言葉に、琥一の眉根が僅かに動く。

「ボーイフレンドって……」

「何となくね、高校生になったら、自然にボーイフレンドができるもんだって、中学の頃に思ってたんだって」

言いながら琉夏と琥一をさり気なく窺えば、明らかに二人は動揺している。“ボーイフレンド”という言葉の威力に、格好なオモチャを手に入れたことを、カレンは確信した。

「まりちゃん、好きなヤツ、いるって?」

「んー、まだね、恋に恋する乙女って感じ? 大きくなったらお嫁さんになるとかっぽい、そんな無邪気な乙女心かなぁって。そゆとこ、カワイイよね?」

「うん、カワイイ」

 ニコニコとしてはいるのだが、花椿に応える琉夏の言葉には微かな不機嫌さが感じられる。

「でもでも、案外さ、誰かに告白なんかされちゃったら、あっさり彼氏彼女になっちゃいそう? アタシ太刀のバンビが、誰かのバンビになっちゃうのは寂しいけど、やっぱ、友達としては応援しなきゃだよねー?」

「応援……するの? 花椿さん」

「モチロン! バンビの幸せのために寂しいのを堪えるのも、友達じゃん? ルカくんも、コーイチ君もそうだよね? バンビのためなら、寂しいのも我慢できるよね? 当然」

“そうだよね”とカレンが念押しした時、カレンの携帯電話が鳴る。届いたメールは宇賀神みよからのもので、授業が長引いていたので先に屋上に行ってほしいというメッセージが届いていた。そして、桜井兄弟は無言で、何とも言い難い顔を見合わせていて、カレンは水田の威力を実感する。

「カレーン! お待たせー!!」

 明るい声に振り向くと、水田がバッグを抱えて駆け寄ってきた。

「琉夏君と琥一君も一緒? なんか、珍しいね」

「ちょっとね、世間話。そだ、ミヨ、ちょっと遅れるみたいだね」

「先に行って、場所、取っておこうか」

水田は軽く弾む息を整えながらカレンに言い、それから琉夏と琥一に笑顔を向ける。

「今日はね、何だか早く目が覚めちゃったから、お弁当。琉夏君と琥一君に」

「ホント? いいの?」

「うん。たらこのおにぎりと、肉巻きおにぎり。それからエビフライと卵焼きも入ってるよ。サラダも残さずに食べてね」

「マジ? まりちゃん、サイコー!!」

「あぁ……、悪りぃな」

 水田からトートバッグを受け取りながら破顔する琉夏。そして、努めて喜びの表情を悟られまいとしているような琥一から水田を引き離すように、カレンは水田を引き寄せた。

「ええ!! ルカ君とコーイチ君だけ? バンビ、さみしー!!」

「もちろん、カレンとミヨの分もあるよ。この間のお泊まり会で貸してもらった本を見て作ったの。レモン風味のグリルチキンとラタトゥイユ。一緒に食べよう? カレン、食べたいって言ってたでしょ?」

「ホント? 作ってくれたの? 嬉しい! バンビ、サイコー!!」

「それでね、今朝は張り切りすぎて、早く目が覚めちゃったの」

嬉しさ8割で、カレンは水田をハグしてみる。残り2割で琉夏と琥一の反応を窺ってみると、二人は何とも言えない顔で突っ立ている。

「そっかぁ、ルカ君とコーイチ君はついでかぁ。そっかぁ」

 “ついで”という言葉を微かに強調してやると、琉夏と琥一の表情が僅かに変わる。その反応が実に愉快に感じられるカレンである。

「じゃ、行こうか。良い場所、なくなっちゃう」

「そうだね。じゃぁね、琉夏君、琥一君。またね」


 笑顔で手を振る水田を促し、カレンは屋上に向かう。残された桜井兄弟のことなど知ったことではない。楽しい昼休みはこれからだ。愛らしい友人との楽しいランチタイムは、カレンの足取りを軽くするのであった。

◇◇◇

 そして、取り残された琉夏と琥一は、幼馴染みの手作り弁当を手に、実に微妙な気分である。過剰なスキンシップとか、自分達の弁当がついでだと言わんばかりの態度だとか、花椿の挑発的な態度も気に入らない。と言うより、あれは明らかに自分達への挑戦だろうなどと思う二人である。

「今、バンビに近づく星は4つ以上」

背後から不意に聞こえた声に振り向くと、宇賀神が立っていた。

「そのうち二つは桜井琉夏、そして桜井琥一」

「宇賀神……」

「みよちゃん」

静かな佇まいの小柄な少女は、表情を変えずに言葉を継ぐ。

「バンビの準備は万全。けれど、自分の輝きに気付いてはいない」

「あのさ、他の星って……」

「これ以上はバンビのプライバシー。だから、教えられない」

「おい、半端なこと、言ってんじゃねぇぞ」

「ヒントだけでも、ダメ?」

宇賀神は唇の片端を僅かに上げて微笑みを浮かべると、二人と目を合わせることもなく、そして一言もなく立ち去った。琉夏と琥一は、その小さな背中を為す術もなく見送るのみである。

「コウ」

「何だよ」

「悪い虫、何匹いるかな」

「さぁな。まぁ、食いながら、害虫駆除でも考えるべぇ」

「だな。弁当、楽しみだ」

 取り敢えず気を取り直した琉夏と琥一ではある。だが、花椿と宇賀神からも、そして、時として水田本人からも悪い虫認定されているとは考えもしない、ある意味では幸福な兄と弟であった。


キューティースリーVS桜井兄弟。

カレンは単なる楽しみのために、
みよちゃんはいつぞやの意趣返しのために、
バンビをネタに桜井兄弟をからかっている筈だと確信しています。
個人的にラスボスはみよちゃん(笑)。


HOME 版権二次創作 ときメモGS