氷室零一、春のうららの乱

リレー創作 王立図書館司書さま&いっしー石井


いっしーパート

「先生、私なにか先生のお気に障るようなことをしたでしょうか」
「そんなことはない。断じてない!」(←超即答)
「じゃあどうして最近私を避けているのですか?」
「私は君を回避したりなどしていない!」
「ならこっちを向いて下さい!」
「さっきから私は君と対面している!」
「視線がそれてます!!」

 

司書パート

 担任教師として、中之島京子は氷室零一を尊敬してきた。最近では、教師としてだけ ではなく、一人の男性として氷室を意識してしまうことさえある。そんな自分の心情を見透かされたがために、避けられるようになってしまったのではないかと考えた中之島は、ここ数日の氷室のよそよそしさの理由を知りたかった。だが彼女の強い願いが叶えられることはなく、日々はただ過ぎていくだけであった。

 ヒムロッチに嫌われたかもしれないと、悩むおけいはんに差し出される真っ赤なバラ。

 悩む乙女を救うため、意味もなく暗躍するはばたき学園理事長・天之橋は、穏やかに微笑みながら、ヒムロッチの肩を叩き、励ました。

「君も大変だね」

 その囁きに氷室は、再起不能になるほどの打撃を受け、その気力は大いに沈没した。

 しかし数学教師としての矜持故に、また中之島京子の前でみっともない姿は見せたく なかった彼は、完璧な授業を行うのであった。

 

いっしーパート

 すべてお見通しマンの理事長。
 彼にバラを差し出されたおけいはんも更なる打撃を受けた。

「なんだかお前も大変そうだな…。がんばれ…。」

 意気消沈するおけいはんを、はばたき学園のプリンス・葉月珪が慰めた。

 思わぬクラスメイトの登場に、ますます混乱するおけいはん。
 しかし今は彼女に近寄ることすらできないヒムロッチ。
 そんなふたりの 明日は、どっちだ〜 じゃん♪

 

司書パート

 おけいはんへの友情故に葉月君は彼女を慰め、理事長はマイフェアレディの精神で彼女を励ます。

 おけいはんは二人の優しさに感動し、数学教師・氷室にふさわしい女性になるため更に時分に磨きをかけるのである。当然、他の生徒もときめいたりするわけだ。

 その様子を見たヒムロッチは嫉妬心に苛まれるも、大人故に爆弾を出すこともできずに、ただひたすらに完璧な授業をするのであった!!

 

いっしーパート

(中之島…最近の君は、以前にも増してエクセレントだ。理事長にも目をかけられ、あの葉月とも良い友好関係を結んでいるらしい。そして他の生徒達の評価も高い。しかしそれを素直に喜べないのは何故なのだろう。生徒の成長を見ることは、教育者として最大の喜びだというのに…。…は、また中之島のことばかりを考えてしまっている。あの夢を見て以来、私はおかしい。こんなことではいけない。よし、明日の授業の準備をして雑念を払うことにしよう。……ああ、明日の分はもう昨夜終わらせてしまっていたな。それでは明後日とさらに次の日の分を…。)

こうしてまた無駄に完璧になっていくヒムロッチの授業(笑)

 

司書パート

「中之島せんぱーい!! 今度の日曜、練習試合なんです。俺、補欠だけどベンチ入 りします」
「おけいはん、なんや、なんや、今度の日曜は俺と遊ぼうや」

 いつの間にかときめき状態になった二人の男子に誘われ、結局、中之島京子は姫条と 日比谷の試合を見に行くことにするわけだが、その様子を物陰から見ていた氷室零一の胸中には嵐が吹き荒れている。

「日比谷め、しょんべん臭いなりで近づくんじゃない! 汚い手で触るな!!姫条も馴れ馴れしいではないか、よし、明日の数学の時間は覚えてろ!!」

 などと、考えている氷室の姿を、理事長質から双眼鏡で覗いている影二つ。

「あんたさ、覗き見なんて趣味悪いわよ?」
「こんなに興味深い見せ物、滅多にありませんよ、花椿」
「まぁ、そうなんだけど……」

私が書くと、ヒムロッチの性格がダメダメになるですね……(遠い目)。

 

いっしーパート

「アタシ、アンタが気にしてるのはあの天然小悪魔ちゃんのことかと思ってたんだけど、本当はあっちの数学教師の方なんじゃない?」
「何を言うんだ、花椿。お前と一緒にするな」
「アタシは美を追求してるだけよ!それは性別を超越したものなの!!」
「ああ、わかったわかった……フフフ、氷室先生、あんなに肩を落として。そうだ、この週末は私のアフロディーテ号のクルージングに誘って励ましてあげよう」
「アンタ、人の話聞いてないわね?」

 

司書パート

 気分が落ち込んだ時は、スポーツだとばかりに、中之島を連れ出す数馬&まどかちゃん。

 爽やかな彼らを横目に、課外授業を準備する氷室零一。

「何とか、彼女しか参加できない課外授業を……私はなんと、教師にあるまじきことを……!!」

「氷室君……」
「理事長……」
「君は少し疲れているね? 週末、クルージングに行かないかね。クルーザーに余裕があるから、もう一人くらいなら余裕がある。誰か、誘ってみてはどうだね?」

 理事長の思惑をはかりかねて戸惑う氷室零一。

 彼が戸惑っている間に、中之島らはクラスメイト達とピクニックに行く約束をしていた。

 出遅れっぱなしの氷室の明日はどっちだ!!

 

いっしーパート

 沈む氷室を励ますかのように、中之島とともにクルージングに来るよう誘う、気配りのある上司っぷりを見せる理事長だが、実は彼は、中之島が友人たちとピクニックの相談をしていることを知ってて、そんな提案をしたのであった。

「ふふふ、やはり間に合わなかったか。困っているね、氷室先生…。さあ、次はどういう手段に出るのかな」
「アンタ、そんなだからアタシしか友達がいないのよ」

…つーか、私の中の理事長像って…(笑)

 

司書パート

 そして、ある日。

 おけいはんはアルバイト先のブティック・ジェスで労働にいそしんでいた。

「ねぇ、おけいはん。今度の日曜日なんだけど……予定ある?」
「友達と、ピクニックに行くんです。はばたき山に」
「そう……楽しそうね」
「ええ、とっても楽しみです……でも……」
「でも、どうしたのかな?」
「いいえ、何でもないんです」

 明るく笑うおけいはんだが、花椿はその笑顔に一抹の寂しさがよぎるのを見逃さなか った。

 理事長があれで、氷室が使えないとなると、私が一肌脱ぐしかないわね。

 彼は決心した。立場の違い故に前に進むことのできない不幸な恋人達の私はキューピットになるのよ!!

 そして花椿のはた迷惑な行動は、更なる混迷を招くのであった!!

 

いっしーパート

 おけいはんをうまくクルージングに誘い出すことができずに、あきらめて理事長の待つマリーナに向かおうとするヒムロッチ。
しかしそこに人影が…。

「お待ちなさい!!」
「あなたは確か、花椿さん」
「はばたき山で中之島さんが大変なことになってるの!すぐ来て頂戴!!」
「中之島が!?わかりました!すぐ行きます!!」

 花椿の車に乗せられたヒムロッチ。しかし到着した先は…

「ここはブティック・ジェスではないですか!私ははばたき山に…」
「いいから早く入って!だいたいアナタ!クルージングに行くっていうとこだったのに、その紳士服のコ○カ、吊るしで上下19,800円のダサくて堅苦しいスーツ姿ってどういうこと?」
「これは私が公の場に出る時のいわばユニフォームです。しかし今そのことは問題ではない。早くはばたき山に行かなくては」
「そんな服、アタシの美意識が許せないのよ!それに大変なことになってる中之島さんのために、中之島さん好みの男になって彼女を励ましてあげなくちゃ!」

「中之島の…好み…?」

「ほーら、この桜色のオーガンジー、シースルーのフリル付きのシャツなんてどう?春のはばたき山にぴったりよ☆下は白のビーズ刺繍のベルボトム!春の日差しを柔らかく反射してあなた自身を輝かせてくれるわ。流行のベストはパープルで完璧ね!」
「ちょっと待ってください、このように華美で軽薄な衣服を着用することは私にはできません」
「あらそう?でも中之島さんが大好きなのよねー、このコーディネート。これを着た氷室先生が見たいって言ってたわ…喜ぶのにね、きっと…」
「な、中之島が…?コホン!ではやむを得ません。さあ早くお願いします!」
「オッケー♪ついでにヘアメイクもしてあげるわ!!」

 こうしてとんでもねーカッコをさせられたヒムロッチは花椿とともに、おけいはん、葉月、姫条、藤井その他のいるはばたき山に向かうのであった。

 そして一方、花椿の企みに気付いた理事長は…

「花椿め…。こうなったら私もはばたき山に行って全てを見届けるとしよう。すまない、アフロディーテ。君とのランデブーはまた今度だ!」

 どうなる、はばたき山!!

 

司書パート

 中之島をはじめとする面々は、桜の舞う中で弁当を広げていた。
 気配りレベル200オーバーの中之島の作る料理は絶品で、負けじと素晴らしいできの弁当を披露したのは、何を隠そう姫条である。

 栄養バランス抜群の珠美のピクニックバスケットが空になろうとした時、すっとんきょうな衣装に身を包んだ氷室が登場。
 信じられない光景に、一同は石のように固まってしまい、動けない。

「ね〜ぇ、どう? この抜群のコーディネイト。コーディネイトは、こうでねいと……」

 と、花椿が手あかにまみれたオヤジギャグをかますと、葉月が溜め息を吐く。

「寒い……」
「な〜に、言ってンのよ! さ、おけいはん、私達といらっしゃい。スタイリッシュでアーバンな午後を満喫するのよ〜!!」

 中之島を拉致しようとしたその時!! 花椿を阻止する美しい影が!!

「マミー、マミー、素晴らしいものがここにあるよ!!」
「まぁ、ステキ。こういうの、応接間に置くとステキよ、きっと」
「でも、マミー、持って帰るのが大変だよ? 無駄に大きいから」
「大丈夫よ、これくらい。だって私は、プランス、あなたのマミーなのよ」

 天才芸術家にうり二つの妙齢の女性は、穏やかに微笑みながら、まるでバレエのように優雅な動きで氷室を担ぎ上げ、風のように立ち去った。
 その後をチョウチョのようにヒラヒラと、若き天才芸術家が追うのであった。

「今の……何?」

 中之島の言葉には、誰も答えなかった。

 一陣の風が吹き抜けるように、三原親子と氷室が去ったあと、取り残された高校生は呆然と立ち尽くすしかなかった。
 しかし、真っ先に我を取り戻した中之島が叫ぶように言う。

「氷室先生を助けなきゃ!!」
「けど、あんな重たいもんを軽々持ち上げるオカン、誰がいわすねんな」
「和馬……」
「そうよ、スポーツ万能の和馬君なら、できるわ!!」
「てか、頭まで詰まった筋肉を生かせるチャンスよ!!」
「けど、俺、氷室先生苦手なんだよな……」
「それは、あんたが筋肉バカだから相手にされてないだけでしょ?」
「おい、なんてこと言うんだ!!」
「和馬君……お願いしてもいい? もちろん、私も一緒に行くから」
「しょーがねーなー。女のお願いには弱いんだよ、俺」

等と言っている間に、彼らは三原邸襲撃を決めた。

 その時、エンジンの音さえ聞こえぬよう、静かに高級車が横付けされた。

「やぁ、君達、楽しそうだね」
「誰、こいつ?」
「理事長……」
「理事長?」
「レディたちの表情が冴えないようだが、何かあったのかね?私にできることなら、協力は惜しまないが……」
「デザイナーの花椿先生が、仮装した氷室先生を連れてきたんですけど、三原君と三原君のお母さんが連れて行っちゃったんです」
「というか、持って帰ったっていうか……」
「珍しかったからだと思いますけど……」
「全く、花椿ときたら、仕方のないヤツだな。君達、彼の友人の私に免じて、ヤツを許してやってくれたまえそうだな、私の車は5人定員だから、中之島君と誰か乗り賜え。二人までだよ、帰りは氷室君を乗せるんだからね」

 理事長の言葉に和馬が一番に名乗りを上げた。

「葉月、お前、彼奴らに何で対抗する気やねん」
「ギャグ……寒いヤツ……」
「なるほど。俺様の冴えたツッコミより、そっちの方がええなよし、俺らは先に学校で待ってるさかい、頑張ってくれよ!」

まどかの声援を背中で聞きながら、4人は三原邸に向かった。

以下、次号!!

 

いっしーパート

 三原母子が現れたとき、とっさに身を隠した花椿は、その後の全てを桜の木の陰から覗き見ていた。

「ああ、びっくりした、なんなの、あの親子…。でもなぜかしら、奇妙なシンパシーを感じるのよね…。それにしても一鶴、思ったより早く来たわね。まったく油断ならないったら。隠れてて良かった。ふう…。
だけど天然小悪魔ちゃんたら!アタシの完っ璧なスタイリングを仮装ですって?まったくわかってないわねえ。何ヶ月アタシの店で働いてると思ってるのかしら。今度時給を下げてやるわよ!!あっと、いけない、こんなことしてる場合じゃないわ!アタシもあのおかしな親子のところへ急がなきゃ!」

こうして花椿もおけいはんたちの後を追うのであった。

 

司書パート

 30年に満たないとは言え、成人男性としてそれなりの人生経験を積んできた氷室だっ たが、この数時間に立て続けに起こった出来事が精神に与えた衝撃はただならぬもので、彼の許容範囲など軽々と超えてしまっている。故に、彼は三原うららに抱えられた直後からの記憶を失っていた、否、失神してしま ったのだ。

 ようやく意識を取り戻した時、彼の視覚を埋め尽くしたのは、ロココ調のインテリア、彼の理解の範疇を超えた、おそらく民族色が極端に強い調度の数々だった。

「ここは……」
「あら、ようやくお目覚めになったのね」

 凛とした涼やかな声の持ち主は、その美しい声に相応しい美貌を持っている。

「なかなかお目覚めにならないので、心配していたのよ」
「あなたは……」

氷室は妙齢の女性の顔をまじまじと見詰めた。
どこかで見たような……と、その時、彼の脳裏に悪夢のような三者面談が蘇る。

「あなたは三原色君のお母さんですね?」
「うららと呼んでくださらない?」

 この女性は一見たおやかなのだが、氷室の理解を超える存在だった。
 何しろ、息子の三原色の母親だけあって、妙なところで揺るぎない信念を持っていて、しかも、そこに方向性が異なるものの、やはりトンチキきわまりない発言をやらかす ので、三者面談の結果は惨憺たるもので、氷室は君子危うきに近寄らずとばかりに、三原一家とは担任教師という距離を頑なに守っていたのだ。

 学業は中の中程度、素っ頓狂な人間性ではあるが、芸術方面の才能に溢れる三原なら、詐欺のような方法を使わなくても、どこかの美大に推薦で押し込めるだろう。
 そう考えていたから、氷室も特に教師として助言することもなかったのだ。

「氷のようにクールなあなたの、怯えた顔がステキ……」

うっとりと囁くうららの声に、かつての淫夢が蘇る。
しかし相手は中之島でない。故に下半身は反応しない。
氷室は渾身の冷淡な視線でうららの瞳をとらえ、

「あなたには、一片の魅力も感じない」

と、言い放った。

*******

命知らずの氷室。絶体絶命の彼の明日は、あるのか?
そして理事長一行は、氷室奪還を成功させるのか!
以下、次号(あるのか?)

 

いっしーパート

 おけいはん達を乗せた理事長の車が、三原邸のファサードに到着した。

「さあ、着きましたよ」
「うわ〜、すげー、でっけえ家だなあ」
 大きいものには何にでも素直に感動する小学生男子レベルの鈴鹿であった。

 そのとき、玄関の扉が開かれ、三原色が姿をあらわした。

「やあ、来たね?レディーアンドガイズ」
「三原君!氷室先生をどこへ連れていったの?」
「マミーのアトリエだよ。だけど誰も入れさせない。マミーは今、突然訪れたインスピレーションに突き動かされているんだ。同じ芸術家として、その衝動を止めることは僕には出来ないよ。そして何人たりとも邪魔をすることは許さない!」
「くそぉ…っ」

わけのわからない迫力に気圧される鈴鹿と中之島。
すると背後で今まで黙っていた葉月が、唐突に口を開いた。

「……おい、お前はどうするんだ?…アトリェ(後で)にする…」

「葉月君?」

「その服、おニューか?しょう、どう(衝動)かな?」

「は、葉月君、いったい君は何を言い出すんだ…?まさかそれは、ダのつく四文字言葉かい?ややや、やめてくれ…、そんなことをされたら、僕の感性が鈍ってしまうよ…!!!」←セイランですか(※ でもセイランはダジャレ好き)

「俺、もう帰るわ。…ああ、じゃあ…」
「待って葉月君、そ、それだけは、その先は…!!!!」

「じゃあ、ま(邪魔)たな」

「うわああああああああああ!!!!!!!!」

 絹を引き裂くような悲鳴とともに、三原は逃げ去って行った。

「やったあ!中ボスクリアだぜ!」
「葉月君、すごいわ!本当にダジャレで打ち負かせるなんて!」
「ああ、こっちにもちょっとダメージがくるぐらいのスーパーブリザードダジャレだったな!」
「見事だったね、葉月君。さあ、先を急ごう」

三原色を排除して勢いに乗った一行は、意気揚々と三原邸に潜入した。

「…今の…、そんなに、寒かったか…?」

つづく! よね、多分…。

 

司書パート

 毅然とした態度で佇む氷室に、うららは婉然と微笑む。

「職場で小娘や小僧ばかりに囲まれていらっしゃるから、私の魅力がおわかりにならないのね?」
「私は完璧な教師として、芸術に対する確かな判断基準を有している」
「そう……なら、あなたを少し試させていただいても、よろしくて?」
「試す……? この私を? よろしい、受けて立ちましょう。私は完璧な教師として、あなたが突きつける難問をうち負かしてみせる!」

 氷室とうららは、一瞬、厳しい視線を互いに投げつけると、口元に不敵な笑みを浮かべる。

「その斬新で前衛芸術と呼ぶに相応しい衣装には、当然、相応しい下着をお付けの筈ね?」

うららの言葉に、氷室はスリットから垣間見える、自分の腰骨を確認し、目眩を覚え た。
 我を失っていたとは言え、こんな恰好で公衆の面前に出るなど、これまでの自分には 考えられない。それほどに混乱していた自分を恥じると同時に、彼は妙にスースーする腰の当たりを自覚した。

「ねぇ、あなた。その下にはどんな下着を?」
「そ……そんなものは、関係ない」
「あら、関係ありましてよ?TPOに相応しい下着を身に着けることはボディラインを整えるだけでなく、気持ちさえも昂揚させてくれるもの……例えば可憐なドレスの下に、大胆な下着をつけるだけでも気分は違ってまいりますし、そう、時には下着をつけないでいるのも、自然ににじみ出る恥じらいが新たな魅力 を引き出します。
 その意識をお持ちでないなら、私の選んだ下着を差し上げる……いえ、身に着けて いただきますわ。そう、もしも今、下着をつけていらっしゃらなくても、かまわないの。生まれたままの姿のあなたには、私の作った下着が何よりも似合うはず……」

そう言って、うららは華麗な装飾が施された、衣装箱と思しきものの蓋を開く。

「六尺と越中と、どちらがお好みかしら」
「六尺? 越中? 何ですか、それは」
「ジャパニーズ・ブリーフ──つまり、褌ですわ」
「褌?」
「ええ、そうです。日本人にとって褌は心のふるさと。日本男子を最も凛々しく、美しくする伝統的な下着です。残念なことに最近では、儀式や祭礼など、限られた場でしか使用されません。それを悲しく思った私は、私の力の全てを注ぎ込み、ロココ調の褌を完成したのです」

 うっとりと、そして高らかに自説を述べるうららの手には、絢爛豪華な刺繍や織りが施された、華麗きわまりない褌が握られている。

 それを見た氷室は唖然とし、

(そんなものを締めたら、擦り切れるじゃないか)

と、心の中で呟いた。

「ボディラインにフィットしたそのパンツでしたら、六尺がよろしいわね。ウエストの当たりに響きませんし……」

 言いながら、うららは氷室に歩み寄り、氷室はうららの魔の手から逃れるため、一歩一歩後ずさった。

 そして数分後、彼は背中に当たる固い壁の感触に、追い詰められたことを知る……。

*********

 またもや絶体絶命となった氷室零一。
 精神的疲労が重なり、このままでは長生きできそうにない彼の明日は、どっちだ!!

 

いっしーパート

 中之島たちは、三原うららのアトリエへとたどり着いた。
 しかし部屋は頑丈に施錠されており、アリの子一匹侵入できない。
 仕方なく中庭にまわり、窓から様子をうかがうことにした彼らが目にしたのは、うららと対峙する氷室の姿であった。

「ヒムロッチが見つかったのはいいけど、なに言ってるのか聞こえねえなあ」
「…先生、熱心に口説かれてる…ような気がする…。なんとなく…だけど…」
「ええっ!?」

思わず身を乗り出した中之島だが、理事長がそれをさえぎった。

「中之島君、待ちたまえ。もう少し様子を見てタイミングをはかろう」

ーーー嘘だ。

 タイミングもなにもない、理事長は三原うららを前に慌てる氷室の姿をもうしばらく鑑賞したいだけなのだった。困ったチョビヒゲである。

「それにしてもヒムロッチ、本当にすげえカッコしてるなあ。なんであんな服を着てんだ?」
「ふむ…私には心当たりがあるがね。あの悪趣味な服は、花椿の仕業だろう」
「花椿先生の?確かにそう言われれば…。でもどうして氷室先生が花椿先生の服を?」
「それは本人の口から説明してもらおう。花椿、そこに居るんだろう?出てこないか!」
「あーら、やっぱり気づいてた?ってより先に、悪趣味ってなによ、一鶴!」

 背後の茂みから、花椿があらわれた。

「じゃあ、氷室先生は私のためにあんな格好を?」

 花椿の説明を聞き終えた中之島が呟いた。

「よかったな…、やっぱり、避けられてるわけじゃなかったんだ…お前…」
「そうよ!安心なさい!」
「葉月君、花椿先生…」
「なんだ〜?中之島のためとか避けられてるとか、ワケわかんねえぜ。
ん?あれ、三原の母ちゃんが持ってるの、なんだ?」

鈴鹿の声にひかれて彼らが一斉に目にした物は、普通はそんなものには使わないレースや刺繍がふんだんにあしらわれていた。

「あれ…ふんどし…じゃないか…?」
「ふんどしィ?なんでそんなもんが出てくるんだよ!」
「アラ、素敵ね…どこの店のものかしら」
「三原君のお母さん、一体どうするつもり…?」
「ううむ、どうやらあれを身に付けろと強要されてるようだね」
「うげ〜!同じ男として同情するぜ、ヒムロッチ!」
「…………そんなこと、させない…」
「…中之島?」

 小さな声で唸った中之島は、おもむろにそばにあった庭の飾りの彫像を手につかみ、うららのアトリエの窓に振りかざした。

つづく!かも!

 

司書パート

 衝撃的な破壊音と共に、巨大な窓ガラスが砕け散った。

「先生!! 大丈夫ですか?!」

 凛とした声で中之島は氷室の安否を気遣い、うららと氷室の間に立つ。

「お嬢ちゃん、大人の時間に首を突っ込むのは、無粋よ?」
「年増は、お黙り」
「あら……威勢のいいこと。今時のお嬢ちゃんにしては、少しはできるのかしら?」
「あなたこそ……歳の割にはお肌にハリがあるんですね。でも首の年齢は隠せないみたい」

 容赦のない舌戦の幕が上がる前、中之島は氷室に言った。

「先生は、私が守ります。さぁ、早く外へ。みんなが迎えに来ています」

 その言葉に窓の方を見ると、鈴鹿と葉月、何故か理事長と花椿が手招きをしている。
 しかし諾々と女子高生に守られるのはどうかと氷室が逡巡するのだが、

「先生。ここからは、女同士の戦いです」

という、有無を言わさぬ中之島の言葉に従う他ないと判断し、後ろ髪を引かれる思いで外へ出た。

「何としても、助けなければ……」

誰ともなく氷室が呟くと

「や、中之島は大丈夫だろ。何たって、はばたき学園格闘ランキングの女子の部で3位。男女混合ランキングでもトップテンに入るからな、あんな顔して」
「おい……鈴鹿……それ……」
「葉月は帰宅部だから知んねーだろうけどよ、運動部で毎年やんだよ、K1。中之島は体育の成績がいいからって、女子レスリング部の部長に誘われてな。パワーは男に勝てないんだけどよ、身のこなしがスゲー軽くて、すばしっこいのな。レスリングと柔道の重量級の男共の寝技も楽々こなしたんだぜ?さすがにスタミナとか体格とかテクとかで優勝できなかったんだけど、本格的に練習したら、すぐにインターハイに行けるって、評判でさ。俺も一回、冗談で組み手とったんだけど、アイツの絞め技、効くぜ〜」
「それは、本当なのか? 鈴鹿」
「はい、先生。だから吹奏楽部にいるのは、もったいないって、最近、運動部の勧誘 がすごいっしょ」
「なんと……!! 彼女は素晴らしい、完璧なレディ候補生なのだね」
「そうそう、葉月。お前の王子様の地位も、結構危ないぜ」
「なんだ……それ……」
「運動部の女子共が、『おねーさま』とか何とか言って、ファンクラブ作るとかってよ。その辺の男子なんか、比べもんにもならねーとかって」
「そう言えば最近、うちの店、彼女目当てのお客さん、増えてたわ……。同性に人気のある娘って、いいのよねー」

 などと、役立たずの男共が五つの雁首を揃えて話していると、割れた窓から中之島とうららの笑い声が聞こえてきた。

*********

 彼らがおそるおそる中を覗いてみると、いつの間に和解したのか、二人はソファに並んで腰掛けて、仲睦まじげに微笑みながら言葉を交わしている。

「マミー! マミー! 大丈夫?」
「あら、プランス」
「色君、お邪魔してます」
「ああ、いたね、おけいはん」

馴れ馴れしく、あだ名で中之島を呼ぶ三原に氷室の厳しい視線が飛ぶ。

「色君のお母様って、とても楽しい方なのね」
「あら、あなただって、とてもステキよ? お・け・い・は・ん」
「二人がそうやって寄り添っている姿は、まるでミューズとアフロディーテのようだねところで……氷室先生は、どこに行ったのかな?」

 すっかり存在を忘れ去られていた氷室の姿を求め、三人は窓の外を見た。

「中之島! お前、すごいな。来年は、チャンピオンだ!!」

 鈴鹿が明るく手を振った。

「天然ちゃん、カッコ良かったわよ〜」
「中之島君、君は完璧なレディーになれるよ。私が保証する」
「すごいな……お前……びっくりした……」

 満面の笑みを浮かべる葉月、花椿と理事長に誘われるように、中之島が窓辺に駆け寄 る。

「先生、ご無事ですか?」
「ああ、中之島。君のお陰で助かった」

 複雑な胸中を押し殺した氷室が応え、中之島が安堵の微笑みを浮かべる。

「よかった……先生に何かあったら、私……」

 見つめ合う氷室と中之島。

 二人を微笑ましく見詰める周囲の人々の中で鈴鹿だけが、暴挙に出た。

「ところでセンセー。その下、ノーパン?」

 そう言うが早いか、鈴鹿は氷室のパンツのウエスト部分を力任せに引っ張った。
 繊細な生地が鈴鹿の馬鹿力に耐えられるはずもなく、彼の手には衣装の一部だけが残 り、氷室の下半身を被っていた布地は青々とした芝生の上に、ストンと落ちた。

 一瞬の沈黙の後、

「先生の、バカ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」

 中之島はそう叫びながら、窓から軽々と身を躍らせて三原邸から駆け去った。

「ピンク……」

と、葉月と鈴鹿が頷き合い、

「ナニゲに勝負用ね、アレ」

と、花椿が 呟く。

 そして氷室はがっくりと地に膝をつき、理事長が覇気のない肩にそっと手を置いた。

「君、人生は挫折を乗り越えてこそ、美しいものだ」

 その一言は、完璧を自負する教師・氷室零一の肩に重くのしかかるのである。

 後日、鈴鹿と姫条の補習組は、氷室の徹底した課外授業で苦しめられた。そのお陰で留年は免れたのだが、二人は氷室の八つ当たりを恨むこととなる。

「すかしたヤツだと思ってたけど、案外いいヤツ」という評価を鈴鹿と姫条にもらった葉月は、なんだかわからない間に二人の親友ということになり、これまでとは打って変わったような賑やかな日々を送っている。

 中之島京子は相変わらず吹奏楽部部員として忙しくしており、顧問の氷室ともうまく やっているようだ。

 そして花椿吾朗と三原うららは意気投合し、大人のための下着という新しいプランに 取り組んでいる。

 誰もが、それぞれに充実した日々を送っている中、唯一人、天之橋理事長だけが孤独 だった。


司書さんは、三原色君のマミーが大好きです(笑)。
(王立図書館司書さま)

もう、なにも言いますまい…。
司書さん、創作をまとめてくださってありがとうございました。
ここまで読んで下さった皆さん、お疲れ様でした。
(04.05.29.)


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