手作りの味


 桜の季節が終わり、森林公園は鮮やかな緑色に染まって、子供達の遊ぶ声が長閑な休日を彩っている。隠れんぼをしているのか、少女の手を引いた少年が、辺りを窺いながら早足でやってきて、遊歩道脇の茂みに姿を隠す。

「もう、いいよ」

 子供の頃、あの古い教会で同じように遊んだ記憶が蘇り、桜井琥一の表情が僅かに緩む。同い年の弟と二人で遊んでいた場所に、やってくるようになった少女。彼女は突然、遠くの街に引っ越していった。そして、高校入学と同時に再会。

 入学式の朝、数年ぶりに会った少女はあの頃と変わらず、黒目がちの大きな瞳で琥一と琉夏を見た。子供の頃の面影など欠片もないだろう自分達の姿に、最初こそ少女はひどく驚いていたが、共に『はばたき学園』に通えることを喜んだ。その笑顔は幼い頃のままで、琥一は懐かしさと安堵と、少しばかりの居心地の悪さを覚えたものだった。

 そして今、春の公園で琥一よりも数歩先を、じゃれ合いながら歩く琉夏と少女の姿は平和と幸福の象徴に感じられた。未だ、荒れた中学時代を引きずっているとは言え、三人で過ごす時間は、休日の公園にふさわしい長閑さに満ちている。

「琥一君!」

「コウ、弁当にしようぜ!!」

 遅れて歩いていた琥一のために立ち止まった二人が手を振るのに視線で応えると、二人は程良い木陰へと向かった。

 

◇◇◇

 

 琥一と琉夏の幼馴染みの水田まりは、料理が上手い。この日、大ぶりのトートバッグから次々に出された弁当は彩りも良く、男の二人暮らしの食生活を心配しているのだろう、野菜が多めに使われている。ボリュームも充分な上、琥一と琉夏、それぞれの好物も用意されていて、三人は他愛ない会話をしながら、主に琥一と琉夏が弁当を平らげた。

「さて、本日のお楽しみだよ!」

水田が満面の笑みを浮かべた。

「本日の……って、まだ、食べるもの、あるの?」

「そうだよ、琉夏君。今日はね、デザートも作ってきました」

「デザート!」

「そう、デザート!!」

言いながら、水田は後生大事に持っていた、もう一つのバッグを開けた。琥一が弁当の入ったバッグを半ば無理矢理に水田の手から取りあげた時、琉夏が持つと言ったけれど、絶対に渡そうとしなかったバッグには保冷剤らしきものが入れられている。

「夏を先取りしてみました!!」

得意満面という言葉がふさわしい笑顔で水田が蓋を取ると、そこには虫がいた。

「何? コレ!!」

「ヘラクレスカブトムシとノコギリクワガタ!! ゼリーで作ったんだよ?」

「食べられるんだ! すごい!! なぁ、コウ?」

いきなり話を振られて、

「あ……あぁ、まぁ、大したもんだな」

と、琥一は内心の動揺を気取られないように応える。

「ヘラクレスカブトムシはココア味。ノコギリクワガタはコーヒー味だよ」

「どうやって、作ったの? なんか、すげぇ、リアル」

「こういうキットがあるの。男の子用の玩具なんだけどね、パーツをゼリーで作ってね、後からくっつけるの」

「すっごい、かっこいい! まりちゃん、料理上手だね。食べるの、もったいない気がする」

 黒光りする羽の質感までがリアルな姿に、琥一は思わず息を呑む。そして、琉夏はそんな琥一を面白そうに眺めている。虫が苦手な琥一の出方を、興味津々で見物している、そんな表情だ。

「あ……あぁ、そうだな」

 普段から笑うことが少ない琥一の、何とも微妙な表情をものともせず、水田はノコギリクワガタを取り皿に載せ、琥一に手渡す。

「これはね、ブラックコーヒーで作ったの。琥一君、甘いの苦手だから」

「そ……そうかよ」

「琥一君専用だよ?」

無邪気な笑顔に気圧された琥一の思考が止まる。

「ねぇ、まりちゃん。俺のは? 俺専用のは?」

「ヘラクレスカブトムシはね、琉夏君用に甘くしてあるよ。あのね、お腹の中にチョコクリームも入れてあるの」

「うわ、美味そう」

「こっちは大きいから、二人で半分こね」

 琉夏と水田の会話が遠くから聞こえるような気がした。女子供のように騒ぎはしないが、琥一は虫が大の苦手だ。普段から、できるだけ視界に入れないようにしている。万が一、見つけた時は迅速且つ速やかに処理して、なかったことにしていることを水田は知らない。だが、それだからこそ厄介だ。

 食べたくないと言えば、水田は悲しむだろう。琥一としては、水田を傷つけたくはない。だが、苦手な虫の形をしたものを口の中に入れるのは、苦行以外の何ものでもないのも事実だ。虫を分解しながら食べる弟と妹分を眺めながら、琥一は窮地を脱する思案を始めてみたが、思考がグルグルと空回りするばかりで、妙案は浮かばない。

「琥一君、私、味見したよ?」

なかなか食べようとしない琥一に、心配げな表情で、水田が声をかけた。

「コウはさ、もったいなくて食べられないんだよ」

そうだよな、と言いながら琥一を見る琉夏は、ニヤニヤと笑っている。完全に面白がっている顔だ。

「大丈夫! また、作ってあげるから」

首を僅かに傾げる水田の姿に、琥一は観念した。そして、おもむろに冷んやりとした感触のノコギリクワガタを口に放り込み、急いで噛み砕き、飲み込み、

「まぁ、何だ……悪くなかった」

とだけ、言った。

「じゃぁ、また作るね!」

 心底嬉しそうに笑う水田の笑顔と、その隣で身体を折り曲げて笑い転げている琉夏の姿に、琥一は思った。

 “兄貴なんて、ろくなもんじゃねぇ”

◇◇◇

 その後、すっかり虫型クッキングに味をしめた水田は、時折、学校に持ってくる琥一と琉夏の弁当にも、春の公園の時よりも遙かにグレードアップした虫型アイテムを添えるようになった。ほうれん草のおひたしだのレタスのサラダだのの中に鎮座する、肉や魚を詰めたクワガタムシだのカブトムシだのの姿に、琥一は兄貴分としての矜持を粛々と守るべく、さも何でもないような降りを決め込んだ。その傍らでは水田が平和そうな笑顔を浮かべ、琉夏が涙を浮かべながら吹き出すのを堪えている。そして、彼はやはり思うのだ。

“兄貴なんて、ろくなもんじゃねぇ”


ADVシナリオで、琥一が虫が苦手と知って(笑)。
長男気質と過剰な兄貴風を吹かせまくりの琥一の前には、
きっと、かなり高い確率で落とし穴があるような気がするよ。
しかも、かっこつけなので弟と妹分に情けない姿を見せたくない一心の行動が、
更なる墓穴を掘ってしまう悪循環。

タイトルは『手作りの味』ですが、琥一は味なんか分かってないと思う。

頑張れ、琥一にいちゃん!


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