無傷の勲章


 桜井琥一の実家には、父親が趣味のオートバイの手入れのために造った小さなガレージがある。同い年の弟の琉夏と共に、海辺のダイナーで二人暮らしを始めるまで、そこには2台のバイクが置いてあった。二人が中型免許を取った時、父親が若い頃に乗っていたというSR400をもらい受けた。今や熱心な愛好者の集まりにでも行かなければ見かけない、この旧型のオートバイは、二人が小学生の頃から譲ると言われていたもので、その約束通り、今は琥一と琉夏の愛車となっている。

 実家を出てまだ数ヵ月。これ程早く戻るつもりはなかったのだが致し方ないと、溜息をついた。

 ガレージの一角、バイク用の小物専用のロッカーを開くと、ヘルメットや寝袋、パニアケースなどのバイク用品が適度な乱雑さで整頓されている。その中でも異彩を放っている、クリーム色の箱を取り出し、作業机に置く。それから、円柱形の箱の蓋を開け、中からヘルメットを取り出してみる。

 クリーム色のベースに鮮やかなオレンジのラインがあしらわれたそれを見るのは、随分と久しぶりだった。インナーパッドを親指の腹で押してみたが、特に劣化などは感じられない。けれど琥一は、慎重にインナーパッドを外しにかかる。かすり傷どころか、埃も殆どついていない表面を傷つけないよう、そっとインナーパッドを外してみると、パッドに隠れた僅かな部分には真新しい色が隠れていて、クリーム色だとばかり思っていたヘルメットが、元々は白だと知れた。

 新しいインナーパッドを用意しておいて良かった。白の塗料が黄ばみやすいとは言え、琥一が知っているだけでも既に10年、そのヘルメットはロッカーの中にしまい込まれている。一見したくらいでは分からなくても、表面の塗装が変色するほどの歳月を経ているのだから、クッション材でできているパッドは確実に、その役割を果たしてはいないはずだ。顎のベルトの金具も古びてはいないが、ヒモの部分の強度は心許ないに違いない。そんなことを考えながら、琥一は途中で買ってきたインナーパッドを取り出し、古い物と付け替えた。それから、薄いオレンジ色のハーフバイザーを新たに取りつけ、全体のバランスを確かめる。

「ま、こんなもんだろ」

そう呟き、琥一はヘルメットを専用のケースに収めた。それから、古いインナーパッドを、既に主のいない箱の中に、丁寧に畳んでからしまい込み、元の位置に戻した。

 

◇◇◇

 

 バイトの帰り道、聞き慣れたエンジン音に琉夏が振り返ると、琥一がいた。

「乗れ」

リアシートに跨ろうとした琉夏の目に、見慣れない物が映る。小さな半円形のケース。派手なアクセサリーパーツをあまり好まない琥一は、エンジンや足回りの手入れは念入りにやるけれど、外観には殆ど触れない。というよりも、愛車のSR400は限りなくノーマル仕様に近い姿を保っている。だから琉夏はどういう風の吹き回しなのか、単に物を積む場所が必要になっただけなのかと、琥一の好みからは外れているとしか思えない、真新しいケースのことを考えながら、ハイスピードで流れていく風景を眺めていた。

 世界から忘れられたようなダイナー『WEST BEACH』。それが、この春から琉夏と、同い年の兄・琥一の暮らす住まいだ。雨風からバイクを守る倉庫にバイクを入れてから、琉夏が琥一に尋ねた。

「何? メットホルダーの荷物」

「あいつを後ろに乗せる時に使え」

琥一はそう言うと、振り返らずに中に入っていく。

「何って聞いたんだけどな」

相も変わらず無口な琥一に苦笑しながら、琉夏はヘルメットホルダーの荷物をそっと開けた。中にはクリーム色のヘルメットが一つ。オレンジのラインに見覚えがある。これは琥一の両親が若い頃、揃ってタンデムツーリングに出かける時に使っていたというものだ。

 琉夏と琥一が中学1年生の時、琥一の父親は高校生になったらバイクの免許を取りに行くよう言った。琉夏ははばたき市に来てから、琥一はもっと前からバイクの面白さを教えられていたので、高校の入学祝いに教習所の費用を出してもらえるのは有り難かった。二人が無事に免許を取った時、幼い頃からの約束通り、実家のガレージにあったSR400は二人の愛車となり、今では生活に欠かせない存在となっている。

 そして13歳の春の日に、養父はガレージの中から、バイクには似つかわしくないほどに可愛らしい模様の箱を取り出し、中にしまわれていたヘルメットを見せてくれたものだ。

「昔、母さんが使ってたヤツだ」

そう、ぽつりと呟いた養父は、琥一と琉夏のどちらかが本当に必要となった時、このヘルメットも譲るとも言った。養父がかつて愛用していたヘルメットには、若気の至りという名前の傷が、あちこちにあった。けれど、それよりも一回り小さなヘルメットを今、よくよく見ると、目立った傷などない。真新しいインナーパッドは、琥一が交換したのだろう。そして、ヘルメットの中には、ポーチに入った新品のグローブまで添えてある。手首も充分にカバーするだろうそれは、明らかに琉夏や琥一には小さすぎて、おまけに随分と可愛らしくて、笑いがこみ上げくる。

 琥一は何と言って、このヘルメットをもらい受けてきたのだろう。そして、その父親は、どんな風に答えたのかと考えながら、お世辞にも口数が多い方とは言えない父子の姿の一時の再会を想像してみたが、こみ上げる笑いを抑えきれずに失敗した。それから、かっこつけの琥一が、明らかに男性用には見えないグローブとバイク用のポーチを買う姿も、思い浮かばない。ただ、いつもにも増して仏頂面だったことは確かだろう。そして、店のスタッフも困惑気味で対応したのは間違いない。

 

◇◇◇

 

 琉夏が中に入ると、琥一がささやかというのも憚られるような食事を作っていた。

「懐かしいな、あれ」

「新品買う余裕なんか、ねぇんだよ」

琉夏の言葉に振り返りもせず、琥一が答えた。

「そうだよな。高いもんな、ヘルメット」

「ヘタな中古より、だいぶマシだからな」

「コウ、無傷の勲章、台無しにすんなよ?」

「ああ? 誰に言ってやがんだ? 誰によ」

「ギューってしがみつかれたら、どうする? 背中、当たるかな。あ、でも、案外スレンダーかも。コウ、どっちだと思う?」

「知るかよ」

明らかに動揺したらしい琥一の反応に

「今度、確かめてみようかなぁ」

と、琉夏が畳みかけると、琥一は茹で上がったばかりのスパゲティを盛り上げた皿と、業務用スーパーの投げ売りで確保した缶入りミートソースを琉夏の眼前に突き出し、

「その減らず口、さっさと塞ぎやがれ」

と、いつもの仏頂面で言った。


ときメモGSが楽しすぎて、うっかり書いてしまいました。
書いたら、落ち着きました(笑)。

琥一の親父さんは息子と同じくらいぶっきらぼうで、
若い時は峠をガンガン攻めてたとかだといい(笑)。
アメリカかぶれらしい琥一の父の愛車はハーレーだと思う。
結構なカスタマイズをしてあるヤツね。
SR400とハーレーが並ぶガレージって、ちょっといいよな。
それでも、タンデムの時には老若男女平等に安全運転だといいなと。
ヘルメットは基本的に、インナーパッドという緩衝剤を交換すれば
多少古くても使えるはずです。
そして、ヘルメットはちゃんとした新品は高いです。
デザインにこだわれば、かなり高価です。

つか、桜井兄弟はまぁ、自業自得としても、
主人公を後ろに乗せるなら、ヘルメットとグローブぐらいは用意してほしいです。
もしもの時、顔とか指に怪我したらかわいそうですからね。
あと、スカートの時にタンデムに誘うのはヤメレ(笑)。


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