ジュリエットの憂鬱


 いかにも気が進まないと言いたげな、欠片程のやる気も感じられない態度は、見ているだけで不愉快だ。両足を投げ出すようにパイプ椅子にどっかりと腰掛ける桜井琉夏と琥一を眺めながら、手芸部部長の山田が採寸のためのメジャーなどを用意していると、学園演劇用の衣装などを保管している倉庫兼、試着室に足音が近づいてきた。

 はばたき学園の文化祭の呼び物の一つでもある学園演劇は、背景などのセットや衣装、小道具などは美術部や手芸部を中心とした有志達の手によって作られており、そのレベルはかなり高い。故に、歴代の衣装や小道具などの多くが倉庫に保管されている。数名での打ち合わせや簡単な作業ならできるスペースもあるため、学園演劇の主要出演者の採寸や試着・仮縫いなどが行われたりもして、学園祭を間近に控えた時期には生徒の出入りが絶えない。

 

「せっかくのヒロインなのに、お下がりの衣装でゴメンね?」

「男子の衣装はともかく、ヒロインの衣装を使い回すなんて珍しいんじゃない?」

「今年は男子の衣装を2着、新調するかもしれなくてね。確実に一着は決まってるんだけど、そのせいで予算とか人手の都合が難しくなっちゃって。でも、この衣装は一回しか袖を通してないから、大丈夫。リメイクも力入れるし」

「新調するのって、琥一君の衣装でしょ」

「そう。大柄だから舞台映えはするだろうけど、体格が規格外だから生地とか付属品とか、結構かかりそうでさ」

「コーイチ君って、無駄に大柄だよね」

「無駄にって……ひどいよ、カレン」

 

 賑やかな話し声に気を取られている琥一に立つよう促す山田を一瞥してから、琥一はブレザーを椅子の背に掛けて立ち上がる。

 

「ドレスのベースは使い回しだけど、リボンとかレースとか、あとビーズ刺繍なんかは全部新しくつけ直すから、新品と変わらない見栄えになるから、安心してね」

「大変そう。でも、嬉しい。本番が楽しみだな」

手芸部員に応えるのは、今年のローズクイーンの最有力と目される水田まり。

「バンビは何着ても、きっと綺麗だよ。ドレスもバンビもステキなのはゼッタイだから、当日が楽しみ」

そして、花椿カレンが笑う。

 

 190センチの長身に充分に見合う肩幅。そして、その厚みは、帰宅部男子としては規格外だと山田は思う。いっそ、メタボ体系なら常識的な規格外になるのにと、心の中でだけ溜息をつき、それなりに締まったウエストサイズを書き留める。

 

「このドレス、試着してみてくれる? あ、それと、下着の上からでいいんで、このフリートップも着けてくれる? あそこに衝立があるから、その向こうで」

「了解。綺麗なブルーね」

 

 ふと気配を窺うと、琉夏も琥一と同じように、パーテーションの向こうに気を取られている。山田は袖丈を計ってから、念のために二の腕と手首にメジャーを巻き付けた。シャツの下に発達した筋肉があるのを予想はしていたが、自分の予想よりも僅かではあるが、それでも衣装作りを左右しかねない数字に、これは太股のサイズも念のために計っておいた方がいいかも知れないと思う。学生演劇レベルとは言え、殺陣もそれなりの見せ場になる「ロミオとジュリエット」。立ち回りの最中、衣装に何かあったら、手芸部の名折れだ。

 

「どう? サイズ、大丈夫?」

「ウエストは大丈夫なんだけど、胸のとこ、すごく余ってるんだけど……」

「ウエスト、大丈夫だったの? やるなぁ。水田さんのウエスト、グラビアアイドルの公称サイズと同じなんだ。羨ましい」

「え、そんな、細いの?」

「6年前のローズクイーンのドレスで、手芸部では奇跡のサイズって言われてるの。何度か試してみたんだけど、ウエストサイズが合わなくて、一度しか使ってなくてね。水田さんならって」

「でも……胸のとこ……」

「胸はパットを入れれば、大丈夫」

「もしかして、このフリートップは……」

「そう。柔らかい素材でカバーする補正下着ね。裏にブラ素材がついてるし、ストレッチも結構きくから、上半身の形が綺麗に作れるかと思って」

「ははは……そうだよね。うん、わかってるんだけど」

「バンビ〜、そんなに落ち込まないで。ね?」

 

 衣装倉庫は広めの教室を、固定式パーテーションで仕切っている。薄い金属板は中にいる人間の姿こそ隠してはいるが、声や気配は筒抜け状態。まさか、こちらにも人がいるとは思っていないだろう女生徒三人の話し声が止むことはなく、山田の声もかき消されているのだろう。それを幸いと、山田は琥一の腿と脹ら脛を計り、運動部のレギュラー選手並のサイズを確かめる。

 

「そうよ、水田さん。そのドレス、バストはGカップだから。普通は余るって」

「Gカップ?!」

「A、B、C、D、E、F、G……G!! Gって、凄くない?」

 

呪文のようにアルファベットを並べる水田の声に合わせるように、琥一の身体が微妙に揺れるのを、山田は見逃さなかった。何だ、年相応の可愛いげもあるにはあるのかと微笑ましく思いながら、山田は無表情に琉夏の順番を促す。琥一は静かにパイプ椅子に座り、琉夏も心ここにあらずといった風に、上着を置いて立ち上がった。

 琉夏の身長は180センチ。琥一と一緒にいることが多いせいか、華奢な印象が勝るのだけれど、その肩幅と胸囲は相当なものだ。そのくせ、ウエストは細い。マンガのキャラクター一歩手前の逆三角形体系に、山田の目測を遙かに超える長い手。適度に筋肉がついているお陰で、手の長さはあまり目立たないのだろう。やはり、弟の衣装も新調だななどと思案する山田である。

 

「羨ましい……」

「胸が大きいのも、大変みたいよ。それくらい胸があると、胸の重みで肩が凝るんだって。あと、男の人にじろじろ見られるし、着られる服も限られるから、胸は小さめの方がいいって言ってた。あ、サイズ、計るね。フリートップ、きつかったり緩かったりしない?」

「うん、ピッタリ」

「はい、じゃぁ、試着は終わり。お疲れさまでした」

「先輩のことなのに、詳しいね」

「上の姉貴の友達なの」

「なるほど。その人、今は何してるの?」

「オーダーランジェリーのデザイナー。コンプレックスを仕事にしたキャリアガールだよ。今度、遊びに来てくれた時に、水田さんの話をしちゃおうっと」

「はい、ドレス。楽しみだな、仕上がり」

「ん? バンビ、元気ない?」

「ははは……まぁ、コンプレックスを刺激されたというか……」

 

 桜井兄は見た目相応、弟は脱ぐと凄いタイプだななどと思いつつ、山田は粛々と琉夏のボディサイズを測り、記録する。隣のブースの会話に完全に意識を持っていかれているお陰で、サクサクと採寸作業は進む。兄弟揃って、股下の長さにも恵まれていると知ったら、ぼやく男子生徒はどれくらいいるのだろうかと思った時、

 

「きゃーっ! カレン!! もう、何てさわり方するの! くすぐったいよ!」

「いいじゃん、いいじゃん、バンビ。小さくないって。掌に程良くフィットするサイズとフォルム。胸がキュンとしちゃう」

 

 “胸がキュン”という言葉に、明らかに動揺している琉夏に吹き出しそうになるのを堪え、山田は桜井兄弟の採寸の手落ちの有無を確認した。そして、ボディサイズの漏れがないことを確かめてから

「ねー、そっちの人達、そのへんにしておいたら? こっちで桜井兄弟が、ずっと聞き耳をたててるよー」

と、張りのある声で言う。

 山田の行動に琉夏と琥一はパイプ椅子をひっくり返しかねない勢いで立ち上がり、狼狽えている。隣のブースからは一瞬の沈黙の後、悲鳴と慌てふためく足音で騒然となった。そのすぐ後、山田達が使っていたブースのドアを、真っ赤な顔の水田が開く。

「琉夏君と琥一君のバカ!! スケベ!! 痴漢!! もう、知らない!! 大っ嫌い!!!」

そう言い捨てると、水田は大きな音を立ててドアを閉め、走り去ってしまった。その後を花椿が追いかけていく。

「てめぇ……ハメやがったな」

唸るように琥一が言う。

「次は仮縫い。ジュリエットに恥をかかせたくないなら、サボるんじゃないわよ。それから、ハメたんじゃなくて、身から出た錆っていうのよ」

「ンだと……」

「もう行っていいわよ。作業の邪魔するなら、裁ち鋏の錆にしてあげてもいいんだけど」

鈍い光を放つ裁ち鋏の刃先を向け、鋭い眼光に毅然と対峙する山田に、琥一は小さく舌打ちする。そして、半ば呆然としていた琉夏は我を取り戻すと、

「コウ! 急げ!! まりちゃん、すげー怒ってたぞ」

と言って走り去り、琥一もその後を追っていった。

◇◇◇

「首尾は?」

 山田がパイプ椅子を片づけていると、水田の採寸をしていた手芸部副部長がやってきた。実は山田は採寸に際し、手を焼きそうな桜井兄弟の牽制対策として水田と同じ日、時間に日程を調整していたのだ。水田がいれば、途中で投げ出すことはないだろうと考えてのことだったが、予想以上の効果ににんまりとほくそ笑んだ。

「上々。どうも、お疲れさまね。お陰で、かなり細かいところまで採寸できちゃった」

「水田さんには、悪いことしちゃったね。でも、さすがは“はば学の猛獣使い”と言われるだけのことはある。あの桜井兄弟も、水田さんにかかると可愛いもんだ」

「水田様々ってね。まぁ、舞台の成功には、多少の犠牲は必要ってことで笑って許してもらっちゃおう。ところで、花椿さんとも打ち合わせした?」

「ううん。あれは、花椿さんのアドリブ。というか、ファインプレー。桜井兄弟、どうだった?」

「爆笑モノ。あの桜井兄まで狼狽えてて、かなりの見物だったよ」

それは惜しいことをしたと笑いながら、彼女は琉夏と琥一の採寸表を手に取る。

「あ、琉夏君、テナガザルだ。やっぱ、琉夏君の衣装も新調だね。中に着るシャツの袖の装飾を増やすだけじゃ、ごまかし切れそうにないや、これは。というか、マンガみたいになるんじゃない? 無駄に柳腰の逆三角体系。琥一君のサイズも、結構凄いねぇ。無駄に良い身体」

「まぁ、舞台映えはしそうだけど、うっかりするとマンガになりそう。それだけに、手芸部の腕の見せ所ってとこね。二着とも、型紙から起こさなきゃなんないねぇ。兄の方は生地の切り替えで、デカサをカバーしなきゃ。いっそ、カーテン生地に使おうか。だったら、生地の切り替えとかいらないよね。着心地では難があるかもけど」

「それ、いいかもね。安いのがあると、いいけど。あ、足も大きいな。靴、ないよね」

「安物のデッキシューズにラッカー吹けばいいんじゃない? そこまで、やってらんないと思う。日数的に」

「だね」

「明日から、忙しくなるねぇ」

「頑張ろうね、高校生活最後の文化祭なんだから」

 学園演劇の衣装責任者の二人は、そのまま衣装プランの打ち合わせを続けた。

 一方、その頃、琉夏と琥一は怒り心頭の水田を追いかけてはみたものの、彼女は花椿と偶然通りかかった宇賀神みよに連れて行かれてしまった。そして、しばらくの間、二人は幼馴染みの少女から避けられまくる日々に甘んじていたのである。


学園演劇の準備中に、こういうことがあったら愉快だなと(笑)。

カレンの“胸がキュンとなる掌サイズ”に桜井兄弟は悶々としているといい。
身長170cmでバレー部のエースだから手はでけぇ筈とか、
でも、やっぱ女の子だから小さいかもとかの妄想を脳内で繰り広げてしまう性少年。
何だかんだ言っても、彼らもお年頃ですからねぇ。

手芸部の部長と副部長は悪友でクラブマスターコンビという脳内設定です。
「はば学」のクラブマスタークラスの女子は漢前に決まってるよね。
目的のためなら、友情を壊さない程度に手段を選ばないくらいに逞しいと思う。


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