ハダカの王子様
目を覚ました時には、既に昼をまわっていた。風通しと同じくらいに日当たりの良い室内には、強い陽射しが降り注いでいる。全身からじわりと滲み出す汗は、軽い不快感と共に夏への期待感を連れてくるようで、ちょっとワクワクする。薄着でも、シャツのボタンを外したままでも平気だ。
桜井琉夏は、ダラダラと伸びをした。人の気配がしないところみると、常であれば口うるさく世話を焼いてくる同い年の兄・琥一は留守らしい。廃屋一歩手前の『WEST BEACH』での二人暮らしは気楽なもので、実家暮らしでは両親の目を憚ってできなかった我が儘気ままも許される。もともと、身体を締め付ける衣服は好きでない。故に琉夏は、実家を出てからはついつい裸に近い格好をしては、琥一から小言を食らっている。だが、琥一がいないならばと、琉夏は汗で湿気たトランクスを脱ぎ捨てた。
「よし!! 今日はフリーダムだ!!」
両手を高く突き上げて叫ぶと、琉夏は取り敢えず空腹を満たすため、素っ裸で階下を目指した。
◇◇◇
ホットケーキを食べた後、少しウトウトしたらしい琉夏は、ドアをノックする音で目を覚ました。琥一が戻ってきたのかとドアを開けると、そこには幼馴染みの少女・水田まりが目を見開いて突っ立っている。
「……まり、ちゃん?」
ドアを抜けてきた風を全身に感じた途端、琉夏の目が完全に覚めた。
「どした? 琉夏、いねぇのか?」
言いながらやってきた琥一も、琉夏の姿に惚けた表情を浮かべるのとほぼ同時に、水田が琉夏の眼前に人差し指を突き出す。
「もう! 琉夏君!! 回れ右!! すぐにパンツとズボン、履いてきなさい!!! 駆け足、急げ!!」
きびきびとした声に瞬時に反応した琉夏は、全力で自室に駆け上がり、大慌てで身支度を整えた。それから、薄ら笑いを浮かべながら階下に戻ると、いつものソファには眉間に深い皺を刻んだ琥一が、不機嫌さを隠そうともせずに座っている。その斜め向かいで水田は、いつものように琉夏と琥一が並んで座れるようにと、グラスと皿を並べていた。
「パンツとズボン、履いた?」
普段と変わらない水田の声に救われるような気がする。
「うん、シャツも着たよ?」
琉夏が答えると、水田が笑顔で
「よくできました。はい、プリン。ゼリーは、シャツも着てきたご褒美ね」
と言った。仏頂面の琥一を敢えて目を逸らして、少しばかり距離を取ってソファに座る。
「裸ん坊がカワイイのは3歳まで。だから、もうしちゃダメだよ?」
琥一にコーヒーゼリーを、琉夏にプリンとフルーツゼリーを取り分けながら、水田が言う。
「うん。ごめん」
「これから、気を付けてね?」
「気を付ける。ちょー付ける」
「私は慣れっこだからいいけど、他の人だと大変だからね?」
思いがけない水田の言葉に、忙しく動いていた琉夏のスプーンが止まる。そして、隣の琥一の眉間の皺が、一層深くなった。
「あ……あのさ。慣れてるって……」
「柔道部のマネージャーだもん。不二山君も新名君も、私が部室にいても平気で着替えるんだよね。さすがに裸ん坊じゃないけど。だから、パンツだけは履いててね?」
言いながら、だから気にしないでと、水田が笑う。釣られて琉夏も笑おうとしてみたが、多分失敗した。琉夏にだけわかる、押し殺したような殺気を放つ琥一を敢えて無視して、琉夏が問う。
「それってさ、セクハラっぽくない?」
「そうなのよ、言ったの! 不二山君に。1年生の時。けど、道場では性別は関係ない、恥ずかしくない、道場にいる時は性別柔道部員だとか何とかって、屁理屈ばっかり。最初は遠慮してたっぽい新名君も、最近はちょっとずつ不二山君に似てきちゃったし」
言いながらフルーツゼリーを食べ終えた水田が、
「あの時、チョキを出してれば良かったんだよね」
と、言った。
「チョキ?」
「そう。部室ができる前には体育の更衣室を使ってたの。部室ができてからは部室で着替えるようになって、私の前で着替えるのはやめてって言ったんだけど、結局言い合いになるばっかりで、それでジャンケンで決めようって」
「負けちゃったんだ、ジャンケン」
「そう、グーで」
「グーだったんだ」
「弱いの、ジャンケン」
「そっか」
「ところで、二人とも……」
少し改まった水田の声に、琉夏と琥一は気を取り直した。
「さっきみたいなシチュエーションの時って、“キャーッ”とか言って、逃げるのがいいのかな。女子としては?」
「女子……」
「ほら、その方がカワイイとか、ときめくとか。男子は、どうかなって」
「どうかな、コウ?」
「知らねぇよ」
「だって」
「琉夏君は?」
「オレ?」
琉夏は一瞬考えた。真っ裸を見られたのは驚いたけれど、叱られたのは嫌ではなかった、と思う。というより少し、もしかしたら、かなり嬉しかったかも知れない。そんなことを言えば、怒らせてしまうだろう。
「あ、やっぱり、今のなし。忘れて?」
短い沈黙に何を思ったのか、水田が慌てて言う。
「いいの? 忘れて」
「うん、いいの」
琉夏の言葉に、水田が笑った。
「あ、でも、裸ん坊がカワイイのは3歳まで。これは、忘れちゃだめ」
「あ、うん。わかった」
「よくできました。じゃ、これもご褒美です」
言いながら水田は、最後まで残っていたイチゴのムースを琉夏の前に置いた。
柔道部マネージャーマスターバンビは、肝っ玉母さんタイプだと思う(笑)。 “琉夏は基本裸族”という妄想を授けてくれたニシオギさんに捧げます。
個人的に、琉夏はバンビに叱られたりお小言をもらうのが好きなんではないかと。
で、「もう、しょうがないなぁ」と、バンビもついついかまってしまうような、
そんな気がするんですよ、琥一へのツッコミは案外と鋭いし<バンビ
HOME 版権二次創作 ときメモGS