Salty Happy Birthday
あと2週間。登下校途中にあるお店のショウウィンドウに、ついつい足が止まってしまう。
「お〜い、バンビ! おいていっちゃうよー!!」
自分を呼ぶ声の方向に顔を向けると、親友の花椿カレンと宇賀神みよがいる。訳知り顔で佇む二人に愛想笑いを浮かべながら、水田まりは足早に雑貨店の店先から離れた。
「カレン、みよ。ごめんね、待ってもらっちゃって」
「バンビ、何か捜し物?」
「もうすぐ桜井兄の誕生日。だから……」
「えっ?! バカヤン……じゃなくて、琥一君て5月生まれなんだ」
「5月19日生まれ、牡牛座、A型」
「さすが、みよ。牡牛……っていうより、肉牛か闘牛かってとこだよね、琥一君は。少なくとも農作業には向いてない」
「まさしくケダモノ」
「二人とも……琥一君は見た目ほど怖くもないし、乱暴でもないよ。多分」
親友達のあまりの言いように水田が苦笑しながら、何とか琥一を援護してみた。しかし、カレンとみよは動じない。それどころか人の悪い微笑みを浮かべて
「多分……ね」
「草食系になるのは、バンビといる時だけ」
とまで言う。
これはもう、琥一――というよりも、はばたき市界隈で“ピアスの桜井兄弟”と呼ばれる琥一と琉夏の所業故なのだから仕方がない。二人の過去を噂でしか知らない水田としては、喧嘩沙汰が目に見えて減っているらしいこと、それから、久しく会わない間に変わり果ててしまったとさえ言える外見はともかく、一緒に遊んだ幼い頃と本質は変わらないことだけは確かだという実感がある以上、やはり、できるだけ周囲の誤解を解きたい気持ちがある。やさしげで整った顔立ちの琉夏は男女問わずの人気があるようだが、強面を絵に描いたような容姿の琥一の女子受けは、この上なくよろしくない。はばたき学園で琥一に臆せず話しかける女子生徒は水田とカレン、みよくらいのものだ。だがカレンとみよは、水田をネタにして琥一をからかってばかりで、決して仲が好いというわけではない。特にカレンはやたらと琥一を弄り倒すので、水田は一時、カレンが琥一に好意を持っていると勘違いしたほどだ。
「琥一君の誕生日プレゼント、決まらないの?」
「そうなの、カレン。何がいいのかな?」
「みよ、星のお告げは?」
「バンビからのプレゼントなら、全てがビンテージ。使用済みの割り箸でもオッケー」
「え?! それはダメ。バンビの使用済みのアイテムなんか、絶対ダメだからね? 新品にしよう、新品に」
「あのね、琥一君の好きなのは普通のビンテージもので、私なんかの使用済みの物なんかじゃないの。そんなの、即、ゴミ箱行きだから」
呆れ顔で水田が言うと、
「そうかなぁ……」と、カレンがにやりと笑い、「そう……」と、みよが曖昧にして意味深な表情を浮かべた。
そんな二人を軽く諫めながら、自分に兄か弟がいたなら、誕生日プレゼントを選ぶのにも苦労はないのだろうかと、水田は思う。一人っ子の水田にとっての身近な男性と言えば父親くらいのもので、同世代の男子に何が喜ばれるのか見当もつかない。去年は偶然目についたバイクのプラモデルをプレゼントしたのだが、奇しくも琥一と琉夏の愛車・SR400だったため随分と喜んでもらえた。今年は、そんな幸運も期待できないだろうからと、早々と頭を悩ませている水田である。
「プレゼントは相手に喜んでもらえるものを考えたり、探したりする時間も一緒に贈るもの。だから、バンビの気持ちが伝われば十分。プレゼントが何であるかは、それほど重要ではないの。喜んでほしいという気持ちが大切」
みよがぽつりと言う。
「みよ、良いこと言うね。そうそう、大事なのは気持ち。いくらバカでも、それっくらい、わかってるよ、琥一君も」
ニコニコと笑いながらカレンが、仕事仲間の男子達からも何か情報を仕入れておくからと言ってくれる。二人の気持ちが素直に嬉しい。水田は思わず二人の手を取り、
「二人とも、ありがとう。私、頑張るね」
と、笑った。
◇◇◇
5月19日――琥一の誕生日がやってきた。昼休み、昼食に琥一と琉夏を誘った水田は、ケークサレを手に屋上に向かう。甘いものを好まない琥一のため、そして不健康きわまりない食生活を送っている琥一と琉夏のため、少しでも野菜を食べてもらおうという苦肉の策というか、一石二鳥を狙ったバースデーケーキだ。そして、バースデープレゼントの準備も万端。こうなると自然に足取りも軽くなるし、実際、屋上のいつもの場所でくつろぐ琥一と、その隣に座る琉夏からは
「まりちゃん、ご機嫌だね」
と、顔を合わせた途端にからかわれる始末だ。
「琥一君のバースデー・ケーキ、上手にできたの」
「俺は……」
「甘いものは苦手、でしょ? そう思って、ケークサレを焼いてきました」
「ケークサレ……って、何?」
「塩味で、野菜とかベーコンとかを混ぜ込んだシンプルでヘルシーなケーキ」
二人の正面に腰を下ろした水田は、我ながら会心の作と言えるケーキを取り出す。鮮やかな野菜の緑と赤と黄色はなかなかのものだと思う。
「ヘェ、こりゃ、たいしたもんだ。うまくできてるじゃねぇか」
「ほんとだ、美味しそう」
「“美味しそう”じゃなくて、美味しいよ? はい、召し上がれ」
真ん中の一番良い一切れを琥一に差し出すのを合図に、琉夏もケークサレに手を伸ばす。こうして、再会してから二度目となる琥一の、ささやかなバースデーパーティーは始まった。
「オォ」
「どうかな?」
「……なるほどな」
水田が悩みに悩んだ末に選んだビンテージバイクのエンブレムに、琥一の頬が緩む。
「いいなぁ、コウばっかり」
「今日は琥一君の誕生日だもん」
「俺の時も?」
「7月の琉夏君の日も、ケーキ作ってくるよ」
「やった。約束?」
「こら、バカルカ。コイツに迷惑だろうが」
「何だよ、それ。ずりぃぞ、コウ」
「ンだと? コラ」
「もう、喧嘩しないの! お菓子作りは好きだから、大丈夫。琉夏君にも特別なの、作るよ」
「お前……無理することねぇんだぞ?」
「してない、してない。楽しんでるから、任せて!」
「うん、任せた!」
「あ、そうだ、カレンからもプレゼント預かってるんだった」
水田の言葉に、琥一は怪訝そうに眉根を寄せる。
「花椿さんがコウに? 何で?」
「良いもの見つけたんだって。で、渡しといてねって」
ガンメタのラッピングペーパーに包まれた、大きくも小さくもない箱には青みを帯びたシルバーのリボンがかけられている。リボンにさり気なく差し込まれた“Happy Birthday”と書かれた小さなカードの洒落っぷりは、さすが花椿一族といったところか。何が入っているのかと期待を込めて箱を見つめる水田と琉夏に急かされるように琥一が包みを解くと、中には細々としたものが雑然と詰め込まれている。
「何、これ……アイブロウ……だってさ、コウ」
無遠慮に伸びてきた琉夏の手にはアイブロウ。
「こっちのアイブロウは……アートメイク並の耐久性と自然さを再現したウォータープルーフタイプ。あ、これは発売されたばっかりのだね。モイスチャー効果で眉毛の健康を守るんだって」
次から次へと出てくるものはすべて眉毛に関するもので、琥一は思わず歯を鳴らす。
「これ、何? 何に使うの?」
「眉毛テンプレートだね……うわ、男性用ってあったんだ。初めて見ちゃった。えっとね、眉毛の所に当てて、アイブロウで中のとこを塗り潰すの。で、いつでも同じ形の眉毛が描けますっていう便利アイテム」
「女の人用はあるんだ。へぇ、スタンダードタイプ、クールタイプ、熱血スポーツマンタイプ、だってさ。コウ、どれにする?」
「うるっせー、いるかよ、ンなもん」
「うわ、見て見て、琥一君。眉毛専用育毛クリームだって!」
「凄げぇ! よし、今日からコウの眉毛を育てようぜ! まりちゃん、観察日記つけて……って、痛てぇよ、殴んなよ、コウ」
「そうだよ、暴力はダメだよ」
「うるっせぇ! これ、全部、花椿に突っ返してこい!」
「コウ、ひでぇ!」
「もう! ちょっと悪ふざけが過ぎてるかもだけど、そんな風に言うことないじゃない」
「うん、ひでぇよ、コウ。そんなことしたら、花椿さん、泣いちゃうぜ? 女子供泣かせる男はサイテーだって、いつも言ってんのはコウのくせに」
「そうだよ、カレンなりに色々考えてくれたんだから。ね? あ、お礼は私から伝えとくね。だから、ホラ、持って帰ろう?」
「そうだ、そうだ。せっかくの好意を無駄にしちゃいけなんだぞ、コウ」
琥一が異を唱える隙も与えずに水田と琉夏が言い募り、笑いながら眉毛用アイテムを一つひとつ箱から取り出しては感嘆の声を上げる。心から楽しそうな二人の笑顔を眺める琥一としては、何かというと絡んでくる花椿に言ってやりたいことは山程あるけれど、宝箱を覗き込んで笑っていた子供の頃のような二人の姿を目の当たりにしてしまえば、自分だけが気に入らないからと文句を言うのは無粋に思える訳で、その心境は複雑であることこの上ない。
仰いだ空は青く、薫風が心地よいこの場の空気を自ら崩すのは無粋以前の問題だ。取り敢えず、水田と琉夏が笑っていればそれでいい。そう、琥一は考え直し、ケークサレの最後の一切れの三分の一を口に放り込んだ。
琥一のお誕生日企画に投稿させていただいたものでした。 攻略キャラの中で最初に誕生日を迎える琥一ですが、
初回プレイではプレゼントの選択肢から絶対最悪だと思われる物を敢えてチョイス。
3年間、嫌っそうな顔を満喫させていただきました。
その割には、2年の終わり頃にはバンビ大好きになってたワケだが。そして、カレンと琥一はバンビを挟んで仲良く喧嘩していてほしいです。
カレンは琉夏には割と優しいのに、琥一はケチョンケチョンな対応なのはきっと、
バンビ萌え属性に似たものを感じてるからだと思うんだ(笑)。
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