戦う理由


 友軍の援護のための転戦を終え、破棄寸前までに傷ついた機体を携えて帰投した彼らを待っていたのは夜を徹して行わねばならない機体の修復と、手足にまとわりつく泥のような疲れだった。作業の合間に僅かばかりの仮眠を交代で取りながら作業が行われたため、ハンガー内では休みなく機械が低い唸りをあげている。

 整備士達と共に油にまみれている2151小隊のエースパイロット・速水厚志は今回の戦いで30を越える幻獣を撃破し、銀剣突撃勲章を手にした。同時に累積撃墜数が150を突破した功労が讃えられ、黄金剣翼突撃勲章が授与されることも確定している。追撃数において、また戦闘能力において、現時点で彼の右に出る者はない。速水厚志は既に熊本の英雄であり、今や祖国の守護神になろうとさえしている。齢15歳にして歴戦の勇士達のあらゆる記録を塗り替えようとしている彼はしかし、今はまだ夜明け前の暗い闇の中にあった。

◇◇◇

 午前中は速水たち、前日の戦いで功績を挙げた戦士達のための勲章授与式が行われた。勲章を授与する熊本県知事は上機嫌で速水をはじめとする学兵達の活躍を褒め称える。その言葉を素直に受け止めることのできないでいた瀬戸口だったが、それでも級友の晴れ姿を誇らしく感じ、抑えきれない静かな喜びが口元を幸いの形に変えた。嫌悪しか感じられなかった筈の戦いに、目に映らない振りをするしかなかった状況を懸命に変えようとする友の姿に熱い何かがこみ上げる。哀しみに似た喜びと、やり切れなさとで綯い交ぜになった感情は瀬戸口の胸に遠い日々を呼び起こさせた。しかしそんな感傷にひたっている余裕などはない。戦況は人類側がやや優勢となってはいるが、戦闘は連日繰り広げられており、2151小隊も機体の修復も満足にできない状況での出撃が続いている。次の戦闘に備えて準備万端を整えておく。それが現実だった。

◇◇◇

 オペレーターを務める瀬戸口は戦場に出はしても、速水達のように幻獣と直接相まみえることはない。それ故、彼が搭乗する指令車輛の整備さえ終えてしまえば特にすることもないのだが、ハンガーのテントの隙間から垣間見た士魂号の惨状をなかったことにはできなかった。午後の授業を自主休講とし、士魂号の整備を手伝うことに決めた瀬戸口は、その前に短い休息をとろうとプレハブ校舎屋上へと足を向けた。

「なんだ、先客がいたのか」

抱え込んだ両方の膝に額を押しつけていた少年が、顔を上げる。

「お前さん、いったい今日のでいくつ目の勲章だ? もう、数える気にもならないんじゃないか」

この調子では、いずれ声をかけるのも憚られるようになるだろうと、瀬戸口は普段の彼らしい、冗談めかした口調で付け加えた。そして常であれば笑って答えるはずの少年は今、ひどく傷ついた表情で瀬戸口を見上げている。

「速水……どうした、元気がないじゃないか。せっかくの勲章が泣くぞ」

「勲章なんか……」

瀬戸口は速水の傍に歩み寄り、そのまま静かに腰を下ろす。

「軍隊で生きていく間は邪魔にはならないだろう。武勲を立てれば発言力が上がるし、武器や物資も最優先で回される。そうしたらお前さんだって、今よりももっと追撃数を稼げるげるようになるぞ」

「でも……」

言葉の続きを瀬戸口が視線で促した。速水は瀬戸口から視線を逸らし、普段の速水らしからぬ歯切れの悪い、暗い調子で言葉をつなぐ。

「でもそうしたら、きっと皆、僕から離れていってしまうんだ」

「授与式ではみんな、お前さんの勲章をまるで自分がもらったみたいに喜んでたろ?」

「それは……それは嬉しかったんだ。僕は今まで、勲章はみんなを守るために頑張ったことが認められた証だと思っていたから。でも……」

「でも……?」

「幻獣を撃墜した分だけ、殺すのが上手くなっているだけなんだ」

速水にそんなことを吹き込んだ人間の見当など、瀬戸口にはすぐについた。

「殺すのが上手くなって、いつかみんなに怖がられるようになって、誰も僕と話したり一緒にお弁当を食べたりしてくれなくなるんだ……そんなだったら……」

速水は引き絞るような声で、勲章などいらないと呟く。

 瀬戸口は再び俯いてしまった速水に目を遣った。

 ひとたび戦場に出たならば、脇目も振らずに敵目標に向かう雄々しい姿は、目の前の速水からは感じられない。微かに震える細い肩と項から、瀬戸口は思わず目を逸らす。

「絢爛舞踏って、化け物を知っているか」

誰に問うでもなく瀬戸口が言った。

「…世界で一番、幻獣を殺した人間さ。終身撃墜数300以上っていうから、息をしているように幻獣を殺すんだろうな。…どんな人間になれば、そんな勲章を貰えるんだろうな。頭がいいからか…それとも能力が高いのか。俺には想像もつかんね。いや、想像できるが、考えたくない」

速水は黙したきり、瀬戸口の言葉に耳を傾けている。

「どんな奴だって? …お前に、毛の生えた奴。お前さんに限らんがね。思うに、化け物とそうでないのとの違いはほんの少しだろうってことさ。ほんの少しだけ普通より武器を使い分けて、ほんの少しだけ普通より移動して、ほんの少しだけ普通より作戦会議してる…。そんなところじゃないかって思うのさ。いやだね。…そういうのは。自分が化け物飼ってるって想像は好きじゃない」

「化け物……なのかな」

「さて……ね、それは知らん。俺が知りたいのは……奴らが何をしたいのかってことさ。化け物と呼ばれることさえ甘んじて受け入れられるほどに守りたい何かがあるのか。化け物と呼ばれることさえ快感に思えるほどの何かが殺戮の中にあるのか。そのどちらでもないのか、それとも、その両方なのか」

 瀬戸口は一息にそう吐き出してから、もうこの話はやめにしようと言った。

「僕は守りたかったんだと思うよ。大切な人や大好きな人達、良い思い出……そんなものを守ろうとしたんだ。怖がられてるのにも気がつかないくらいに一生懸命になってたから、きっと化け物なんて呼ばれるてるのも知らなくて……」

いつの間にか速水は瀬戸口のほうに顔を向け、真剣な眼差しで胸に抱える思いを言葉にしている。

 瀬戸口はかつて彼が犯した失態を、目の前の少年だけは決して犯さないであろうことを確信した。

「お前がみんなのために頑張ってることを、俺は忘れたりしないと約束しよう」

先刻まで暗く沈んでいた速水の瞳に光が戻る。

「俺達を守ってくれよ、速水。2151小隊全員を。お前のその手で。俺はオペレーターとして戦場に出るお前達を守ろう。整備班は機体の手入れをすることでお前を守るだろう。俺達はお互いに守り守られている運命共同体だ。誰か一人でも欠ければ均衡は崩れてしまうだろうから、誰も死んだりしないようせいぜい頑張ろうぜ」

制服についた砂埃を軽く払いながら立ち上がった瀬戸口が速水に右手を差し出すと、速水は普段のぼややんとした笑顔を浮かべながら瀬戸口の手を取った。

「ま、そのためにはまず、士魂号の修理だ。手伝えよ、速水」

「え……だって瀬戸口さんは整備士の資格がなかったんじゃ……」

「この間、森に無理矢理取らされた。整備士は余ってるくらいでないと駄目なんだそうだ。アレだな、森といい田代といい、最近の女は強すぎて困るよな」

「そんな言い方って……」

「俺は魅力的だって言ってるんだぜ? じゃじゃ馬慣らしってのは男の本懐だ」

瀬戸口がウインクを投げると速水は耳まで朱に染めて、からかうのはやめろと瀬戸口の手を振り払おうとした。だが瀬戸口は速水の動きを逆に利用して腕の中に抱き込み、耳元に息を吹きかける。もがく速水の様子を楽しげに眺めているところを、2151小隊の風紀委員こと壬生屋澪に目撃された。

「殿方同士でいちゃついてるなんて……不潔です!!」

壬生屋はそう怒鳴ると、肩を怒らせてじゃれついている二人に詰め寄ってくる。瀬戸口は速水を壬生屋に差し出すと、

「後は任せた。終わったら仕事、手伝えよ」

と言い残し、そそくさとプレハブ校舎屋上を後にした。

 速水が瀬戸口に助けを求める声と、壬生屋が速水を攻め立てる声を背中で聞きながら、瀬戸口は軽い足取りで校舎はずれのハンガーへと向かった。


ガンパレードマーチでひとつ(笑)。
1周目の主人公・速水厚志は15歳の学徒動員された男の子です。
子供の頃はお嫁さんかパン屋さんになるのが夢だったそうです。
ゲーム中にもお菓子を作ったりしてくれます。
瀬戸口隆之君は愛の伝道師の異名を持っています。
極楽とんぼを気取っていながら実は……という部分がツボです(笑)。

二人の会話から生まれた小作品です。
なんかね、色々と切ないんですよ、このゲームは。


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