悪い遊び


 連日連夜の出撃のため、2151小隊の全員が疲弊していた。だが全員が与えられた部署で最善を尽くすための努力を続けており、幸いなことに彼らの働きは様々な形の成果として現れている。そのことが小隊全体の士気の向上を促してもいた。

 そして2番機のパイロット・滝川陽平もまたテクノオフィサー達が夜を徹して整備した士魂号の性能を最大限に引き出すべく、機体のマッチング調整や自身の肉体の訓練に打ち込む日々を送っている。

 ロボットに、ただ漠然と憧れて戦車兵に志願した滝川は大の訓練嫌いで、苦労することなくエースパイロットになれないものかと常々考えてはいたが、そんな思惑が通用するほど世の中は甘いものではなく、また本人も要領がよいとはお世辞にも言えない性格だったため、結局は寸暇を惜しんで身体の鍛錬をするほかなかった。戦車兵になったばかりの頃に比べて身体ができあがりつつある最近では、訓練自体がそれほど苦にはならなくなっているのがささやかな救いではある。それでも日課となっている運動は、鼻歌まじりにこなせるようなものではない。

 グラウンドの外れの鉄棒で懸垂をした後、つぎはぎだらけのサンドバッグに拳を叩きつける。それから集中力を養う気力の訓練を行った滝川は、ハンガーへ向かうために校舎裏へ足を向けた。

その時――

「よう、滝川。これから一仕事か?」

と、おおらかな声がかけられた。

 滝川が振り向くと、そこには若宮がいた。数日前、何がなんだかわからないうちに雰囲気に流され、若宮と所謂『擦りっこ』をしてしまった滝川は、その日以来若宮の顔をまともに見ることができないでいる。それどころこか、何かの拍子であの出来事を思い出そうものなら頭に血が上り、その血が煮えたぎって全身を逆流する形で巡り巡ってしまう。挙げ句の果てに始末の悪いことになり、心の中で若宮に詫びながら独り遊びに耽ってしまうことも珍しくはない。それ故に訓練の時間を少しずつずらし、二人きりにならないように気をつけていた滝川はこの偶然に絶望的な気分に陥りながらも、できるだけ自然な笑顔を浮かべてみた。

「ウスッ。若宮さんはこれから気力の訓練っすか?」

声が上擦ったりしないよう、妙なことを口走ったりしないように細心の注意を払い、滝川が答える。

「むーん……」

つい先刻までにこやかな微笑みを浮かべていた若宮が、急に難しい顔で黙り込む。滝川は不安になった。

「どどどどど、どうしたんですか、若宮さん。何か、俺、やったんですか?」

「いや、そうじゃない、滝川、そうじゃないんだ」

若宮は腕組みをして地面の一点を凝視した後、言った。

「決めたんだがな。……まあいい、やって後悔したほうがいい。どうだ、悪い遊びをやらんか」

いつになく真面目な表情を浮かべた若宮の表情に、そして『悪い遊び』という言葉に、滝川の心臓は早鐘のように踊り出す。

「いつだったか、時間のある時に悪い遊びを教えてやると言ったろう。今日がその時だ」

重々しささえ感じられる若宮の言葉に、滝川はごくりと唾を飲み下した。

 しかし滝川には若宮の言う『悪い遊び』の見当がつかない。仕事や訓練をさサボって山手線ゲームをした時とは明らかに異なる神妙な表情と、滝川を見つめる真剣な眼差しがこれから起きるであろう出来事の、一体何を意味しているというのか――。

 「ねえ、何してるの?」

滝川が意を決して若宮に『悪い遊び』の真意を問いただそうとした時、ひょっこりと速水厚志が顔を出した。

「お……おのれ……!!」

若宮と滝川が同時に、胸の中で叫ぶ。しかし彼らの怒りは速水には伝わってはおらず、彼はいつものぼややんとした笑顔を浮かべていた。若宮は滝川と速水の顔を見比べると腕組みをして、何かを考え始める。速水はニコニコと滝川と若宮を交互に眺め、滝川は落ち着かない気分で若宮と速水を見ていた。

「うむっ。決まりだな」

若宮はツカツカと速水に歩み寄ると

「速水、どうだ。お前も俺達と一緒に悪い遊びをしてみないか」

と、先刻と寸分違わぬ真剣な声音で問う。そして速水は小首を傾げてにっこりと笑った。

「いいですよ」

速水がそう答えた途端に若宮は相好を崩し、どこからか派手な色のハッピを取り出して滝川と速水に渡す。

「そうか。じゃあ、このハッピを着ろ」

「は?」

速水は腑に落ちない様子でハッピと若宮を見比べている。しかし若宮はそんなことにはお構いなしに、メガホンを滝川と速水に押しつける。

「メガホンもだ」

この状況を把握しきれない速水と滝川は顔を見合わせた。それから滝川がおずおずと若宮に尋ねた。

「あ……あの、若宮さん。これって、一体何なんですか?」

すると間髪を入れず、若宮が

「何って、決まっているだろう。原素子ファンクラブだ」

と答えた。若宮の言葉を聞いた途端、速水は手渡されたものを全て放り出して逃げようとしたが、日々肉体の鍛錬に余年のないスカウトの敏捷性には勝てず、瞬く間に身体の自由を奪われてしまう。

「おい、待て、逃げるな」

若宮はニヤニヤと余裕の笑みを浮かべながら速水を拘束し、

「素子さんのファンクラブだからな。素子さんの魅力を理解できるメンツをできるだけ揃えたいんだ。その点、お前達なら大丈夫だ。俺が太鼓判を押してやろう」

と、上機嫌で言う。

 「若宮さん……」

滝川の、少し掠れた声に若宮が視線で答える。

「さっき言ってた『悪い遊び』って、原さんの……整備班長のファンクラブのことなんですか」

「ああ、そうだ。素子さんには内緒でかけ声の練習なんかをしてだな、いきなり後ろから応援してびっくりさせたいんだ」

若宮の言葉は滝川から士気を奪った。

「……そうなんですか……俺……俺……バカだよな……」

 滝川は失意状態になった。

 しかし幸福状態の若宮は、そのことに気づかない。

 速水は若宮と滝川の間で混乱している。

「俺だけだったんだ……なんだ……全部俺の勘違いだったんだ……」

滝川は焦点の合わない視線と溜め息を地面に落とした。

「滝川……僕で良ければ話を聞くよ……だから、元気に出してよ」

速水は若宮に拿捕されたままだったが、それでも何とかして滝川を元気づけようとする。しかし滝川の目には速水が若宮に抱きしめられているかのように見えたため、速水の親友に示した友情が状況を好転することはなかった。

「どうせ……どうせ……俺なんか!!」

滝川は吐き捨てるように言うと、拳で目の当たりを擦りながら校門のほうへと駆けていく。

◇◇◇

 唖然とした様子で滝川の背中を見送っていた若宮の腕からようやく逃れた速水が

「今の、若宮さんが悪いですよ」

と、やや避難めいた口調で言った。

「むーーー。ところで、どうして滝川は突然帰ったんだ?」

若宮はまるっきり訳がわからないと頭を掻き、その理由を速水に問う。

「えーっと……とりあえず若宮さんは、滝川のことを少し考えた方がいいと思うな」

「滝川のことを?」

「そう。滝川は何か今は悩んでて、きっと若宮さんに色々と話を聞いてほしいんだと思うんです」

「と言われてもだな、俺はそういうのは不得手だぞ。相談役としては寧ろ、善行司令が適役だろう」

「えーっと、そうじゃなくて、若宮さんじゃなきゃダメなんです」

若宮は滝川の態度も速水の言葉も今ひとつ理解できていないようだった。しかし日頃から目をかけている二人の後輩のため、若宮は一肌脱ごうと決心したらしい。

「よし、俺の力を見せてやろう」

と、いつもの面倒見の良さを発揮して、滝川の件を引き受けることを約束した。


大型犬の若宮と、子犬の滝川のコンビが好きです。
少々のことではびくともしそうにない若宮なら、
滝川も安心して寄っかかれそうです。
問題は二人とも色恋沙汰には疎そうなところです。


HOME 版権二次創作 ガンパレードマーチ 創作