青騎士誕生秘話 新都市同盟軍の本拠地は、要塞としての機能を満たしているだけでなく、新同盟軍に参加している幾多の戦士達の他、ハイランド王国の──正確にはルカ・ブライト皇太子の残虐極まりない振る舞いに反旗を翻した同志達、そしてルカ・ブライトの侵攻から命からがら逃れてきた人々を受け入れる場としても使われていた。
平時には戦士たちも民間の人々と共にごく普通の日常を送っている本拠地の古城には、共同浴場や快適な休息を提供する宿屋、道具や防具などを扱う店々が軒を連ねており、特に酒場は憩いのひとときを求める人々が足を向けることが多い。
◇◇◇ 軍師・シュウをはじめとする、新同盟軍の主要メンバーとの打ち合わせを終えたビクトールは、いつものように酒場へと向かう。緊張を強いる戦いの日々を酒場の喧噪の中で刹那忘れ、喉を流れ落ちる酒に乾いた神経を浸し、気の置けない仲間と過ごすひとときは彼がこよなく愛するものの一つでもある。それ故、彼は手持ち無沙汰な時間ができると、ついつい酒場に向かうのだった。
いつものように酒場に続くスイングドアを開けると、この場でビクトールが見かけたことのなかったカミューがジョッキを傾けていた。同じテーブルで相席となっているのはハンフリー。何事においてもそつといったもののない優雅な物腰の騎士と、愛想もなければ口数も極端に少ない歴戦の戦士の取り合わせは、そうそうお目にかかれるものではない。珍しい二人の姿にビクトールは、好奇心に背中を押される形で彼らに歩み寄る。
「よう、カミュー、ハンフリー。お前ら相棒は、どうした」
ビクトールが椅子を引きながら問うと、緋色の上着を着た青年が苦笑めいた表情で答える。
「マイクロトフは朝からずっと騎士団の連中と剣の稽古ですよ。このところ出撃がないせいで、暇を持て余しているんでしょう」
「嫌なヤツだな。戦がねぇに、こしたこたぁねぇってのによ」
いかにもうんざりすると言いたげなビクトールの言葉を受け止めるように、カミューは優雅な微笑を浮かべながら、間もなく空になるジョッキを胸元に揚げて追加の酒を注文する。
「いつ何時、ハイランドとの戦闘が始まってもいいようにと、本人は考えているみたいですけどね」
「にしても、程度ってものがあるだろう。マチルダ騎士団はこのところずっと、一日中特訓だぁ、鍛錬だぁってやってんじゃねぇのか。いくらタフな連中でも、あれじゃぁ疲れちまって、いざって時に使い物にならねぇぞ」
「お言葉ですがビクトール殿。朝早くから陽が落ちるまで訓練三昧なのはマチルダ騎士団ではなく、マイクロトフの率いる青騎士団だけですよ」
「ふ……ん、言われてみりゃ、そうだな」
「そうでしょう。武術の訓練を怠らないことは騎士として当然の務めではありますが、レディを守ること、こうして多くの仲間と友情を育むこともまた、一人前の騎士になるための大切な修行の一つなんですが、どうにもマイクロトフには未だ納得できないようで……」
酒場で酒を飲んで馬鹿話に興じる程度のことに、わざわざ納得するしないもないだろうとビクトールは思った。それにカミューは友情がどうこう言ってはいるが、ビクトールが酒場に入ってきてからというもの、彼はハンフリーと一言も言葉を交わしていないのだ。無口なハンフリーが相手とは言え、これでは友情を育むどころか相互理解を得ることさえ難しいのではないか。
ハンフリーは先の戦(いくさ)──赤月帝国と解放軍との戦いの時に出会って以来、幾度も共に剣を振るってきたが、その頃から寡黙な性質は全く変わっていない。無口が服を着て歩いているようなハンフリーと、快活で社交的なカミュー。この二人が同じテーブルで杯を傾けている。この事実がどうにもビクトールの腑に落ちない。
ふと、ビクトールがハンフリーに視線を移してみると、ハンフリーはジョッキを手にしてはいるが、明らかにカミューを意識していた。もの言いたげな目でチラリとカミューを見ては、すぐにテーブルに視線を落とす。時折、ビクトールとカミューの会話に口を挟もうとするのだが、タイミングが上手く計れずに黙り込む。カミューのほうはというと、ハンフリーの妙な動向に気づかぬ振りをすることにしたのか、戦場以外で向けられる男の視線は無視する主義なのか、何もないような顔でビクトールとの談笑を楽しんでいる。
「ハンフリー。あんた、カミューに何か話がありそうだな」
ビクトールの言葉にハンフリーが、驚いて顔を上げた。
「私でよろしければ、何でもお話しください。ハンフリー殿」
カミューが人好きのするさわやかな笑顔を浮かべて両手を広げると、ハンフリーは姿勢を正す。
「その……つまらない話だ」
躊躇う様子のハンフリーにカミューは微笑みで答え、言葉の続きを促した。
「街道の村で、マイクロトフ殿にはフッチ共々世話になった。その時からマイクロトフ殿は騎士の鑑ともいえる立派な方だと思っている。正義や真理を守るためは命さえ惜しまず、そのために必要な力も持っている。私は一人の戦士として、マイクロトフ殿を尊敬している。しかし、少々気になることができたのだ。そう、カミュー殿。あなたとマイクロトフ殿がマチルダ騎士団の双翼として、赤騎士団と青騎士団を率いていると知った時に……」
「一体、何だってんだよ」
言葉を選んでいるせいか、妙に回りくどいハンフリーの言葉に、僅かに苛立ったビクトールが言った。
「単刀直入にお聞きするが、何故、マイクロトフ殿が青騎士団を、カミュー殿が赤騎士団を率いているのかを知りたい。その……普通、マイクロトフ殿のように熱くなりがちな方のほうが赤い色を好む傾向が強いのではないかと……そう、寧ろカミュー殿、あなたのほうが青い甲冑を身につけたほうが……これは非常に私的な意見だが、その……似つかわしいような……」
「もしかして、洛帝山で会った時分から、ずっと考えてたのかよ」
ビクトールが呆れたように言うと、ハンフリーはいたたまれないとでもいうようにテーブルに視線を落とす。
「まぁ……あれだな。服の色なんてのはよ、どうってこたぁないと俺は思うんだけどな。何かってーと先陣切って突っ込んでいくマイクロトフに赤いのを着せたほうが、敵をびびらせるにはいいかもしれねぇな。赤いのは戦場でも目立つことだし、場合によっちゃぁ、ヤツが突っ込むだけで敵が散るってのも考えられんことじゃぁねぇか」
「単刀直入に伺おう。お二人が預かる騎士団は、どのような経緯で決められたのかを聞きたい」
ハンフリーがカミューに問うと、
「私が決めました」
と、カミューが答えた。
「その理由は……」
「マチルダ騎士団の緋色の衣は、私にこそふさわしい。それが理由です」
カミューの言葉にビクトールは思わずビールを吹き出し、ハンフリーは文字通り言葉を失った。それを見たカミューが冗談が過ぎましたと言って、驚かせた詫びにと新しいジョッキを注文し、静かに昔語りを始めた。
◇◇◇ マイクロトフとカミューは同じ年頃にマチルダ騎士団に入り、共に騎士としての修練を積んできたのだという。マイクロトフは少年時代から人並み外れた強さの正義感の持ち主であり、一旦こうと決めたらてこでも動かない一本気な気性の持ち主でもあり、それが時として融通が全く利かないというはた迷惑な事態に発展することも少なくない。おまけに彼は現在と寸分違わぬ訓練好きであり、放っておくと夜明けと共に訓練を始めた挙げ句、夜戦に備えるのだと言っては深夜まで張り切り続ける。最初のうちこそ熱心に訓練に打ち込むマイクロトフは、マチルダ騎士団に属する騎士の理想の姿として、周囲から好感を持って受け入れられていた。しかし連日連夜の訓練が続くに従い、次第に過剰すれすれの正義感と情熱と生真面目さに悩まされる者が続出したというわけだ。
「で、先輩やら同僚やら、後輩達の愚痴や苦情を聞かされる役割が、マイクロトフと同期入隊の騎士でもあり友人でもあった私にまわってきましてね。それだけでは収まらず、終いには先陣切って突っ走るマイクロトフのため、私自身の騎士としての務めに加えて他の部署との交渉や調整、事務的な処理などもこなさなくてはならなくなりました。お陰で私は早くから処世術というものの修練を重ねられた……と」
「なんだ、なんだ。聞いてみないとわからんもんだな。お前さんはてっきり、口が上手いだけの女たらしだとばかり思ってんだが」
「ひどいなぁ、そんな風に思ってたんですか」
「しょうがねぇだろう。やたらと気がつくっていうか、妙に気が回るもんだからな」
ミューズの関所でのことを引き合いに出したビクトールは悪気なく笑い、カミューの面にも楽しげな笑みが浮かぶ。そしてハンフリーは相変わらず生真面目な表情のまま、二人の会話に耳を傾けている。
「私とマイクロトフにマチルダ騎士団の赤騎士と青騎士が預けられることが決まった時、どちらの団長になるかは私達二人の話し合いの上で決定せよとのお達しがありました。マチルダ騎士団の3つの軍勢のうち2つを任されることは騎士の誉れ。この決定は、私達二人にとってこの上ない喜びでした。けれど、どちらの騎士団を率いるかについて、お互いに特にこだわりがあるわけではなかった。そこで私は考えたのです」
いよいよ話が佳境に入ったかと、ビクトールとハンフリーは思わずカミューのほうへ身を乗り出す。
「で、なんでマイクロトフが青騎士団の団長になったんだ?」
ビクトールが尋ねると、カミューは笑顔で即答した。
「単純なことですよ。
毎日毎日、朝から晩まで──どうにかすると真夜中まで訓練だの鍛錬だの特訓だのをしようとするマイクロトフにですね、赤いのを着せたらどうです? 特に暑い季節にあの調子で、目の前で暴れられたとしたら……」
「暑苦しいな……」
ビクトールの呟きにハンフリーが頷く。
「私もそう思いましてね。せめて見た目だけでも涼しげにしようと、マイクロトフに青騎士を率いてはどうかと進言したんですよ」
「なるほどね」
「それとあの通り、マイクロトフは一本気な男ですから、一旦熱くなると歯止めが利かなくなることもあるんですよ。それで鎮静効果のある青い色が身近にあれば、多少は言動が慎重になるかとも期待したんですが……」
相変わらず人好きのする笑顔を浮かべているカミューを見遣りながら、ビクトールは溜息をこぼした。
「まぁ、な。見た目は多少マシになったかもしれねぇな」
「そう言っていただけると、私も苦労した甲斐がありますよ」
「今のは愛想だ」
「承知しています」
カミューはハンフリーと視線を合わせると、
「いかがですか、ハンフリー殿。納得いただけたでしょうか」
と言った。ハンフリーはひどく感動した様子でカミューを見遣った後、
「これで積年の疑問が解けた。心から礼を言う」
と、実に晴れ晴れとした表情で答えた。
◇◇◇ 「愛想のない顔のわりに、律儀なヤツだ」
三人の飲み代を残して酒場を後にするハンフリーの背中を見送りながら、ビクトールが言った。
「私達の分まで支払っていただいて、何だか申し訳ないですね」
「よっぽど気になってたんだな」
「元々が寡黙な方ですから、確かめようにも、中々機会がなかったんですね、きっと」
「アレで大太刀背負ってんだから、世の中わかんねぇもんだ」
「ところで、ビクトール殿」
カミューが表情を引き締めた。
「申し訳ありませんが、このことはマチルダ騎士団の名誉のためにも、他言無用に願いたいのですが……」
「酒を飲むと、忘れっぽくなるほうでね」
心配は無用だと、ビクトールはカミューにウィンクを一つ投げて寄越し、カミューは笑顔で応えた。それから悪戯っぽい表情で
「レディが一緒の席では、何もかも覚えているクチでしょう」
と、軽口を返す。
「それが男ってもんよ」
ビクトールは豪快に笑うと、ジョッキに残っていた酒を一気に空けた。
特撮戦隊の法則だと、マイクロトフがマチルダレッドで、
カミューがマチルダブルーだと思うわけですよ。性格的に。
(この際、マチルダホワイトは忘れた振り)
なのに何故、色が違うんやろうかと考えてみました(笑)。個人的には涼しげな美青年より、暑苦しい大男のが好きです。
あと、このお話の主役はマイクロトフで、準主役はハンフリーです。HOME 版権二次創作 幻想水滸伝 創作