春 雷


 空に閃光が走ると同時に、大地を揺るがす雷鳴が轟いた。一層激しさを増した雨が叩きつけられている地面では、水しぶきの白い花が次々に咲いては散り、散ったすぐ後に新しい花が開く。

 飛葉はタオルを世界に投げ渡すと、雨に濡れたままでタンスの引き出しを開け、

「ちょっと小せぇけどよ」

と言って、世界にパジャマを手渡す。世界は礼を言ってパジャマを受け取ると、濡れた上着を床に落とした。滴が垂れるほど濡れてしまっていては1日経っても乾きはしないからと、飛葉が渡したハンガーを使おうとはせず、その替わりにと世界は、脱いだ服を入れるためにバケツを借りると部屋の主に声をかける。

「ったく、妙なトコで無精なんだからよ」

乾いた服に着替えた飛葉が台所の脇にある洗面台のほうを見ると、世界がシャツを絞っていた。濡れたアンダーシャツが肌に密着し、鍛え上げられた筋肉が露わになっている。

「どうした」

何かに魅入られたように世界を見つめ、突っ立ている飛葉は世界の声に少し狼狽たが、

「あ……暗いな。電気、点けるか」

と、取り繕うように言いながら、電灯から下がっている紐を引く。

 急な春雷のために薄暗くなっていた室内が急に明るくなり、飛葉は目を細めた。そしてどういうわけか、飛葉は世界の背中から目を離すことができないでいた。身体の動きに合わせて緊張する筋肉の様子は、飛葉の胸を意味もなく騒がせる。少し早くなった鼓動に戸惑う飛葉を知ってか知らずか、背中を向けたままの世界は常と変わらぬ口調で話しかける。

「どうした。俺の背中に、何かついてるか」

「いや……シャツ……脱いだほうがいいんじゃねぇの。風邪、ひいちまうぜ」

いつも口うるさいクセにと、飛葉が小声で続けようとした時、部屋が軋むほどの雷鳴が響き渡り、ついさっき点けたばかりの灯りが不意に消えた。

「停電?」

「どこかに落ちたんだろう」

 二人が顔を見合わせると再び閃光が走り、雷鳴が先刻よりも激しく部屋の空気を震わせた。

「でかいな……」

「春の前触れにしてはな」

窓ガラスに視線を向けている世界の身体が、雷光を浴びて薄闇の中で白く浮かび上がる。飛葉は自身の中で形をなしつつある衝動めいた感覚に戸惑いを覚えた。呼吸のたびに隆起する世界の胸の動きに、無意識のうちに喉が鳴る。

「飛葉……」

唾液を飲み下すと同時に振り向いた世界の言葉に焦りはしたものの、飛葉は努めて平静を装う。

「どうした。さっから変だぞ」

世界の手が髪に触れた瞬間、飛葉の身体に緊張が走る。

 強張る自分の身体に最も驚いたのは、飛葉自身だった。全身が思うように動かせないだけではなく、既に身体の奥深くに身を灼く熱が宿りつつあることに、目の前にいる男の肉体を目の前にして渇きを感じている自分自身に――。

 飛葉はその熱い衝動を振り切るように世界に近づくと

「風邪ひくって、言ってンだろ」

とつっけんどんに言って濡れた衣服に手をかけた。世界は抵抗せず、飛葉のなすがままに身体を動かしてアンダーシャツを脱ぐ。飛葉の手から床に落ちた濡れたシャツを世界が拾おうとする前に、飛葉は厚い胸に額を押し当てていた。

「胸毛も濡れてる」

世界の胸に額を擦りつけながら、飛葉が呟いた。

「濡れたままで、寒くねぇの」

世界が頤に指をかけて上を向かせた飛葉の表情は、薄闇のためにうかがうことはできなかった。しかし次の瞬間に部屋を照らした閃光に浮かんだ唇は乾き、その瞳は熱く潤んでいる。

「寒そうか」

世界の問いに

「わかんねぇよ。俺は、こんなのねぇからな」

と、飛葉が答えた。

「寒そうだと思うなら、あたためてくれ」

飛葉の耳元に唇を寄せて世界が囁くと、飛葉は両腕を逞しい背中に回して身体を寄せる。

◇◇◇

 床に崩れ落ち、互いを貪るように二人が求め合う間、春の雷雨は気まぐれに眩しい光を閃かせ、地響きを伴う轟音を撒き散らしていた。時折浮かび上がる相手の姿に扇情されるように指を、身体を絡め合う時間は彼らにとって、この上なく甘美なものとなった。

 「雷が、恐いのか」

雷鳴がなった後、世界が動きを止めてからかうように囁いた。

「なんで……そんなこと……訊く……んだよ」

飛葉が掠れた声で答えると

「雷が鳴るたび、きつくしがみついてくるからな」

と言いながら、世界が飛葉の背中に回した指を下へと滑らせる。

「変なこと、言うな!!」

飛葉は世界の胸を押しやろうとしたが、世界は両腕で器用に飛葉の身体を抱き込んだまま離そうとはしない。

「変なこと? それを言わせるのはお前だぞ、飛葉」

世界は微かに笑った後、再び飛葉の身体の奥深くを浚い、飛葉は激しい雷雨の間ずっと彼を魅了してやまない背中を強く抱きしめ続けた。


世界の胸毛と筋肉を書きたくなっただけ。
胸毛の美しい表現は実に難しいですね(笑)。
胸毛に頬を寄せても、指を絡めても笑えるだけでねぇ……。

性少年な飛葉は、
きっかけさえあれば欲情できるのかもしれません。
つーか、それが正常やろう、やりたい盛りの17歳!


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