冬 陽
薄いドアがノックされてすぐ、冷たい風が室内に入り込む。
「ひゃぁ〜、今日も寒みぃや」
言いながら飛葉は、三和土で靴を放り出すように脱ぎ捨てた。まるで自分のアパートにでも入るように、住人の了解を得ようともしない遠慮の欠片も見せずにどかどかと歩く飛葉の手には紙包みが抱えられている。
「もう少し、静かに歩け。手元が狂う」
愛用しているモーゼルミリタリーの手入れをしている世界が咎めるように言ったが、そんなものはどこ吹く風というような顔で、飛葉はバーボンのグラスを揺らさない程度の慎重さで畳に腰を下ろす。
「酒飲んでる野郎にゃぁ、んなこたぁ、関係ねぇだろ?」
「この程度で酔うものか。お前が暴れる方が迷惑だ」
手元から一度も目を離すことのない世界にかまわず、飛葉は持参した紙袋の中から羊羹だの饅頭だの煎餅だのを取り出して、最後に殻付のピーナッツを一袋、世界の前に置いた。「やるよ」
「土産か。珍しいこともあるもんだな」
「礼ぐらい言ったらどうだよ。ったく、かわいげがねぇったらよ」
「お前にかわいげを云々される覚えはないぞ」
呆れ果てて世界が顔を上げると、飛葉はバイク雑誌を捲りながら、包みを引き剥がしただけの羊羹を丸囓りしている。飛葉の甘党には慣れたはずの世界も、この姿を見るとさすがにうんざりするのか、まるで口直しでもするかのようにグラスに注いだバーボンを飲み干す。
「見てるだけで胸焼けがする」
「そりゃぁ、お互い様ってもんだぜ、世界。俺だってあんたが何にも食わないで飲んでばっかいるのを見てると、悪酔いしてくる」
唇を尖らせる飛葉に、飲めもしないクセにナマイキを言うと世界が笑い、飛葉は世界に手にしていた雑誌を投げ、投げられた雑誌を軽々と世界がかわして、それが気に入らないと飛葉は頬を膨らませた。
憎まれ口と捨て台詞を戯れめいた八つ当たりと一緒に投げつけて、飛葉は大袈裟にふて腐れて見せながら畳に転がる。その拍子に投げ出した腕が世界の身体にぶつかり、世界は危うくモーゼルのマガジンを取り落としかけた。
「飛葉……お前、勝手に来て、勝手に拗ねた揚げ句に八つ当たりするのはよせ。銃が暴発したらどうするんだ」
「そうなったら、あんたがマヌケってワケだ」
最後のパーツを取り付けて、世界は長く命を預けている銃の動作確認を始めた。鋼でできた精密機械が規則的に動く硬い音が室内に響く。それは世界にとって、そして飛葉にとっても慣れ親しんだ音で、内部機構が正確に作動する様子に耳を澄ませるだけで、何ともいえない安堵感を覚えるのだ。
「ようやく、年を越した気分だ」
一通りの動作確認を終えた世界が言った。
「盆と正月くらい、悪党共もナリを潜めてりゃぁいいのに、まぁ、ご苦労なこった」
「そんな常識があるくらいなら、悪党なんかに成り下がるものか」
「まぁな」
既に松も取れてしまっているような時期に、ようやく年をまたいで手掛けていた事件が解決したが故、ワイルド7の面々は世間よりもかなり遅れての休暇を得た。しかし普通の暮らしを捨てざるを得ず、ごく当たり前の交友関係を結ぶことさえ容易ではない彼らは一人でいることに飽きると、6人の仲間の誰かを訪なうことが少なくない。そしてこの日、厳しい任務の疲れを充分すぎるほどの睡眠で解消し、腹ごしらえやら気分転換の一人歩きで手持ち無沙汰な時間を潰した数日間を過ごしてから、飛葉は世界のアパートを訪れたのだ。
案の定、飛葉が誰よりも信頼を寄せ、そして慕っている男はバーボンと煙草とモーゼルミリタリーを相手に休暇を過ごしていた。
世界が飛葉のアパートに現れるよりも、自分が世界の部屋を訪れることが多いのが多少癪に障っていた飛葉であった。そのため今回の休暇くらいは暇を持て余した世界の訪問を待つつもりだったのだが、結局は先に飛葉が白旗を揚げ、煙草の匂いの籠もる、冬陽の射すアパートにいる。部屋の主はというと不意の来客よりも銃の手入れの方が重要らしく、せっかく来たというのに話をすることもなく、静かな時間だけが流れ続けていた。そんな穏やかな時間を気に入ってはいる飛葉であったが、それでも少しくらいかまっても罰は当たるまいという気持ちもあり、それを上手く伝えられないのがただ歯痒い。
畳に放り出された雑誌を再び手に取ろうとした手が急に引かれ、バランスを失った飛葉が雑誌の横に倒れ込んだ。「何すんだよ」
と抗議する飛葉の唇を口づけで塞がれる。
「嫌か?」
互いの唇の間の僅かの距離を繋ぐような吐息と共に、低く微かな声が落ちた。飛葉は黙ったまま両手を世界の首に回し、ふて腐れた表情のままで少し荒れた唇を引き寄せる。
深く浅く唇を合わせ、時に互いを求めるように腕を絡め、背中や腰を引き寄せながら、彼らは死と背中合わせの戦いの中で生き残ったことを確かめ合い、互いの体温で愛しい者の無事に感謝した。
口づけの途中で世界が飛葉をそっと制した。
「何だよ、いいとこで」
盛り上がった気分を殺がれた飛葉に世界が答える。
「今日は、ここまでだな」
言いながら世界が窓を示した。指し示された方向に神経を集中させると、耳に馴染んだバイクのエンジン音が聞こえてくる。
「あいつらか……」
「ヤツらもそろそろ、遊んでるのに飽きたんだろう」
「にしても……」
「居留守を使うか?」
からかうように世界が問うと、飛葉が盛大な溜息をついて首を横に振った。
「そんなことしてみろ。ヤツら、ドアを蹴破って入ってくるぜ。ここんちの薄いドアなんか、ヘボの野郎が軽く撫でるだけでぶっ壊れちまわぁ」
複雑な表情で身繕いをする飛葉の顎に指を添え、世界が本の一瞬だけのキスを贈った。そして軽く片目を瞑り、
「続きは今度だな」
と言い、すぐ傍まで近づいている仲間達を迎えるために立ち上がった。
盆と正月くらいは休ませてあげたいワイルドのメンバーですが、
任務がないと暇を持て余しそうな連中でもあり、
まぁ、その辺の貧乏くささが出せればいいな、と(笑)。最近はこの二人を裏で書いてなかったりして、
いざ書くとなると妙に照れてしまいました。