ジュリアスの落とし物 1


 オスカーは悩んでいた。金の髪の女王候補が公園で預かったという落とし物を、落とし主に手渡すからと言って受け取ったものの、それは持ち主の性格からは想像もできない、信じられない事実だったのだ。

「俺は……俺はどうしたらいいんだ」

執務机の上に置かれた落とし物に目をやり、頭を抱えてしまったオスカーの部屋の扉を叩く音と共に現れたのは、宇宙の全ての知識をその手にしているのではないかと言われている地の守護聖・ルヴァだった。

「おや〜、どうしたんですか、オスカー。元気のないあなたを見るのは、初めてですよ〜」

ニコニコと、人畜無害な笑顔を浮かべながら近づいてくるルヴァに、

「フッ。強さを司るこの俺にも、そんな時もあるさ」

「そうですね〜。誰にだって『つい、うっかり』したり、訳もなく落ち着きがなくなったりすることはありますよね〜。私はね、お天気が良いとなんだか気分がウキウキしてきて、楽しくなってしまうんですよ〜。それで、つい、うっかり仕事を忘れそうになったりしてね〜」

「つい、うっかり仕事を忘れる?」

「ええ。ごく、たまにですけどね」

「そうか……そういうこともある。確かに……だが……」

その司る力故に、常に自信に溢れている炎の守護聖・オスカーの常ならぬ様子にようやく気づいたルヴァは、オスカーの隣に立ち、話しかけた。

「あの〜、オスカー。何か悩み事があるんでしたら、お聞きしますよ。私は頼りないかもしれませんが、誰かに話すだけで気持ちが軽くなるかもしれません」

そこまで言ったルヴァは、オスカーの手元の書類に気づいた。

「あの……これは、ジュリアスが最終確認するはずの書類ではありませんか。何故、あなたがお持ちなんです?」

「実は……金の髪のお嬢ちゃんから預かったんだ。公園で誰かが拾ったのを、彼女が受け取り、持ち主を探していたらしいのだが……」

「公園で? まさか、あのジュリアスが書類を落とすなんて……」

「そうなんだ、ルヴァ。誇りを司る光の守護聖であり、首座の守護聖を務めるあの方が、まさか……。俺には、まだ信じられない」

「私だって信じられませんよ。あの仕事しか能のない、職務をとったら何も残らないような仕事バカのジュリアスが……」

「おい、ルヴァ。俺を怒らせたいのか」

「いえ、そんな!! とんでもない」

必死で失言を否定するルヴァを焦点の定まらないぼんやりと眺めていたオスカーは、大きな溜息をついて最年長の守護聖を見上げた。

「確かに、ジュリアス様は最近様子がおかしいんだ。左の頬に手を当てて、やりきれなさそうな表情をしていることが多いし、話しかけても上の空だったりすることも珍しくない。俺はジュリアス様は何か深い悩みを抱えておられるのではないかと考え、それとなく聞いたこともあるのだが、何もおっしゃらなかった……」

「……そうですね。ジュリアスはああいう性格ですから、誰かに悩みを相談したりすることはないかもしれませんね。守護聖の中で最も信頼しているあなたにも言えない悩みなんて……」

二人はジュリアスの心を苛む可能性を持つ出来事などに思いを馳せたが、女王試験が行われているために普段よりも多忙になっているほかに、ジュリアスを悩ませている原因は思いつかない。聖地開闢以来、最悪の間柄だと言われている闇の守護聖・クラヴィスとの人間関係が良くないのは今に始まったことではないし、何度も無断で聖地を抜け出し、ジュリアスの逆鱗に触れていた鋼の守護聖・ゼフェルも、最近では自らの職務に真摯に取り組んでいる。女王試験開始直後は戸惑いのために育成がおぼつかない二人の女王候補に苛立ちを覚えているかのようだったが、数週間が過ぎた今では両名が予想以上の成果を示しているため、ジュリアスの気苦労も多少は軽減されたかのように見えていた。

「あ〜、どうしちゃったんでしょうね、ジュリアスは」

ルヴァの独り言を継ぐようにオスカーが言った。

「ルヴァ。あんたがジュリアス様に尋ねてくれないか。あの方を苦しめている悩みを」

「えっ……え〜!! そんな、無理ですよ。オスカー、あなたに話さないことを私に言うわけないじゃありませんか」

「いや、クラヴィス様に次いでジュリアス様と長く過ごしているあんたなら、もしかしたら……。それに年上のルヴァにしか話せないようなことがあるかもしれない。頼む」

取り縋るようなオスカーの瞳にジュリアスを思う真剣な思いを認めたルヴァは、炎の守護聖の肩に手を置き、静かに言った。

「わかりました。話してもらえるかはわかりませんが、最大限の努力をしましょう。約束しますよ、オスカー」

「本当か?ルヴァ」

「ええ。頼りないかもしれませんがね、同僚の窮地を知りながら見過ごすことは、仲間として恥ずべき行為ですからね〜。それにしても、ジュリアスは幸福者ですね。あなたのように気遣ってくれる人がいるなんてね」

そう言うとルヴァは、打ちひしがれている炎の守護聖を励ますかのような微笑みを浮かべた。


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