酒場から来た男
先だって、聖獣の宇宙は初めての守護聖を迎えた。
誕生して間もない宇宙は急激な成長と変化を繰り返し、宇宙の統治者にして母でもある女王が全力をもって安定へと導いている。新宇宙と、女王の故郷でもある神鳥の宇宙の架け橋となるべく選ばれた伝説のエトワール“エンジュ”の活躍は目覚ましく、人類をはじとする生命が誕生した惑星も少なくない。そして、そのいずれもが惑星の特性にふさわしい発展を遂げてもいる。
宇宙で最も原始的とも言えるサクリアの精霊との戦いを終えてからは、女王を支え、宇宙を見守る守護聖候補の存在も明らかになり、エトワール・エンジュは宇宙の育成の他、守護聖候補の説得にも奔走する日々が続いていた。時には思いがけないアクシデントに見舞われることもあったが、持ち前の前向きな性格と、実家の農場の手伝いで養った体力で乗り切り続けている。時に挫けそうになることもあった。だが神鳥の宇宙の守護聖や、両宇宙の女王や女王補佐官、王立研究員や占いの舘、アウローラ号クルーなどのサポートのお陰で、結果は概ねオーライである。
◇◇◇
この日、聖獣の宇宙は守護聖の首座でもある光の守護聖を迎えた。
最後に聖地にやってきた彼の名はレオナード。惑星ブラナガンのある街の、地下のクラブでバーテンダーとして働いていた。何をどうしたものかは本人にもわからなかったが、いつの間にやら闇の中で生きる人々の中では知らぬ者のいない、所謂“街の顔”と認識され、その名に相応しい暮らしを送っていたのだ。それが伝説のエトワールの登場により一変し、紆余曲折の末、めでたくも聖獣の宇宙の守護聖に収まっている。途中、密輸容疑で治安警察に連行されたとか、保釈金をエンジュが支払ったというのは周知の事実ではあるが、守護聖にとって重要なのはサクリアを発動させられる資質のみ。故に、その選出と就任にあたり、前歴は一切不問に付されているものの、不遜な態度が周囲の反感を買い、傍若無人な振る舞いは一部から恐れられる原因となっていた。だが、そんなことは今に始まったことではない。
聖殿の奥、謁見の間において粛々と守護聖就任の儀式は進められ、新たな光の守護聖が誕生した。さすがの彼も、聖獣の宇宙の女王とその補佐官の前では多少しおらしくしているのが不幸中の幸い。だが、それも儀式の間のごく短い時間だけで、女王への忠誠──宇宙の発展と安定に尽力することを宣誓した直後には、絵に描いたような不貞不貞しさを隠そうともせず、八人の仲間達を一瞥する。
欠片程の躊躇もなく向けられた鋭い視線に、ある者は怯え、またある者は眉を顰めた。何事もなかったかのように表情を変えない者がいれば、好奇心を露わにした目を向ける者もおり、社交辞令に限りなく近い微笑を浮かべている者もいる。だがエトワールだけは心からの笑顔と祝福の言葉を贈った。
「レオナード様、守護聖就任おめでとうございます!!」
「よう、エンジュ。お前も来てたのかよ」
「当たり前じゃないですか。レオナード様の晴れの門出なんですよ? 全力でお祝いさせていただきますね!!」
「そいつぁ、グレートだぜ!! さぁ、遠慮せずに俺様を褒め称えてみな?」
唇の片端だけを器用に上げ、薄く笑うレオナードに満面の笑みを返しながら、エンジュは人差し指を細い顎に添える。そして、一頻り考えを巡らせると、明るい声で言った。
「えーっと、そのお召し物、凄くお似合いです」
「お、そうか、そうか。俺も気に入ってるんだぜ? お前、目の付け所が悪くねェな」
上機嫌のレオナードに頷き返し、エンジュは言葉を続ける。
「だからだと思うんです。すっごく若々しく見えますよ!!」
煌めく笑顔を浮かべるエンジュに、謁見の間に集った一同の視線が集中した。
「おい……そりゃぁ、どういう意味だ?」
眉間に深い皺を寄せたレオナードがエンジュに詰め寄るが、彼女は意にも介している様子もない。
「二十代に見えます、レオナード様。ばっちぐーです!!」
無邪気に微笑むエンジュの正面に立ちはだかる長身は、その眉間に深い皺を刻んでいる。それとは対照的に、二人を見守る面々は困惑の表情を浮かべてみたり、こみ上げる笑いを、肩を振るわせながら堪えながら、ことの成り行きを見守っていた。
「お前……俺様を何だと……いや、そこのオヤジ共と一緒にするたぁ、良い度胸じゃぁねェか。ああっ?!!」
「え? だって、レオナード様って、こちらの守護聖様の中で一番お兄さんじゃないんですか?」
「アイツらと一緒にするんじゃぁ、ねぇっつってんだ、この小娘がぁ!!」
「だって、だって、レオナード様って、どっからどう見ても、ヴィクトール様より年上にしか見えないじゃないですか!!」
「図体ばかりでかくて、小回りも融通も利かなそうな軍人崩れと一緒にすんな!!」
「おい、レオナード。軍人崩れとは聞き捨てならんな。俺は正当な理由をもって、正式な手続きを経て除隊し、聖地に来たんだ」
「そういうとこが、融通利かねェつってんだよ」
「そういうあなたは、至るところで融通を利かせすぎなのでは? 過剰な融通が、社会的通念や一般常識といったものを、崩壊させてしまっているようにも感じられますが……」
眼鏡の奥の怜悧な瞳に静かな炎を揺らめかせ、エルンストが口を挟む。
「おい、そこの陰険眼鏡。おめェ、何が言いたいワケ?」
「特には、ありません」
毅然と拒絶の意思を示すエルンストと、傍若無人を絵に描いたようなレオナードの視線が交錯する。その緊張感をものともしない稀代の天才芸術家が、上機嫌でエンジュに問うた。
「エトワール、訊きたいことがあるんだけど」
険悪な様子で互いを凝視する二人の守護聖の間に、困惑しきった表情で立つエンジュの肩に、緑の守護聖・セイランが右手を置く。
「何故、君は……光の守護聖殿が最年長者だと思ったんだい?」
その根拠を是非とも聞きたいと、芸術家らしい好奇心を瞳に浮かべながら、若き芸術家は微笑う。そして風の守護聖・ユーイが素朴な疑問を口にした。
「オレも聞きたいぞ。なぁ、エンジュ。なんでレオナードが一番オヤジだって、そう思ったんだ?」
「そうだ、お前だ。エンジュ。諸悪の根源のお前がはっきりさせやがれ! このオレ様をオヤジ呼ばわりした罪は、重いぜェ?」
言いながら、レオナードはエンジュの左のお下げ髪を摘み上げ、やや乱暴に揺らした。
「そういうとこ、オヤジ臭いですよ、レオナード様」
きっぱり言い捨てると、エンジュは首座の守護聖の手の甲をぴしゃりと打つ。そして大袈裟に顔を顰める大男を躊躇なく指さして、
「女の子のお下げに悪戯したり、通りすがりにスカートを捲ろうとしてみたり、ヒップタッチしようとするのは、人生折り返したくたびれオヤジくらいだって、お隣のお婆ちゃんが言ってました。あ、あと、オシメ取れたばっかりのガキンチョと!」
と、自信たっぷりに言い放った。
「レオナード。君、そんなことしたのかい?」
「検討の余地もない程のセクシャルハラスメントですね」
セイランに次いで、エルンストが冷ややかな言葉に、レオナードが声を張り上げて反論する。
「お前なぁ!! 俺様がいつ、その色気のねぇ、ぺったんこのケツを触ったって言うんだ?! 適当なこと、言ってんじゃぁねぇぞ!!!」
「触ったじゃないですか、初めてお店に行った時! 人のこと、うわーって担いだじゃないですか!! あの時!! 手がしっかり張り付いてましたよ、私のお尻に!!!」
「不可抗力っていうんだよ、アレは!! お前に手ぇ出すほど、女に不自由はしてねぇんだよ!!」
「どういう意味ですか、それ!!」
「そのまんまだよ、そのまんま!!」
◇◇◇
「結局、触ったんはホンマやな」
派手な言い争いを続ける二人を眺めながら、炎の守護聖・チャーリーが溜め息をつく。
「本当に、不可抗力だったんでしょうか」
誰にともなく、水の守護聖・ティムカが呟く。
「それより、二人を止めなくちゃ」
オロオロする夢の守護聖・メルを、闇の守護聖・フランシスが静かに制した。
「エルンストとヴィクトールに任せておけば、心配ないと思いますよ」
「せやな。俺らは生あたたかーく、見守ってたらエエんとちゃう?」
「でも……」
「ほら、ご覧なさい、メル」
フランシスが視線で示す方向を見ると、エルンストとヴィクトールが言い争う二人の間に割って入ったところだった。鋼の守護聖と地の守護星はエンジュを庇うかのように立ち、レオナードにしきりに意見している。エンジュの傍らに立つのは、風の守護聖と緑の守護聖。二人は事態を収めるというよりも、興味津々といった様子である。
彼らを遠巻きに眺めた後、チャーリーがフランシスを見た。
「フランシス。あんた、闇の守護聖やから、レオナードとニコイチやろ? 大変やな、これから」
「ご心配、ありがとうございます。けれど、きっと大丈夫です。エルンストとヴィクトールがいてくれますから」
それは、面倒事を二人に丸投げするということだろうかと思いはしたが、チャーリーは沈黙を守り、曖昧な笑みを浮かべた。
「でも、エトワールはさすがですね。あのレオナードに少しも負けてはいませんよ」
ティムカが言うと、メルが嬉しそうに頷いた。
「僕もエトワールを見習って、強くならなくっちゃ」
「せやな、メルちゃん、頑張ってな」
そう言ってチャーリーは、あっという間に背が伸びたものの、相変わらず無邪気なメルの髪をくしゃくしゃとかき混ぜた。
生まれたばかりの聖獣の宇宙の歩みは、まだ始まったばかりである。
ゲームの立ち姿からは、とてもヴィクトールよりも年下に見えないレオナード。
セクハラとかお下げを引っ張ったりとかスカートめくりが似合いそう……
というより、自然にできっちゃったりするレオナード。
二日酔いで執務室で居眠ってたりするのが、個人的なイメージですよ。
まぁ、腐っても首座の守護聖なので、やる時はやる男です。
やらない時との落差が大きすぎるだけってーことで(笑)。
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