華麗なる酒宴1


 9名の守護聖が揃ってから以降、聖獣の宇宙は安定した成長と発展を続けている。誕生して間もない宇宙である故に、突発的なアクシデントが発生することも珍しくはなかった。しかし宇宙を統べる女王の力は強く、彼女をサポートする補佐官のはたらきや伝説のエトワールの活躍。更に、いざという時だけは硬い結束を見せる守護聖達が予想外に活躍するお陰で、聖獣の宇宙は概ね平和に保たれている。

 姉妹とも、母娘とも呼べる関係にある聖鳥の宇宙との関係も良好なもので、両宇宙の女王補佐官達が中心となり、彼らの職務に関する諸々や、それ以外の面での交流も盛んに行われ、彼女らの主宰するお茶会は今や双方の聖地ではお馴染みのものとなって久しい。また気の合うメンツはそれぞれに独自の交流を持っており、集まる顔ぶれは概ね、年齢や趣味などによってメンバーが変化しているようだった。

◇◇◇

 聖地で働く人々は基本的に週休二日制であり、守護聖もその例外ではない。故に金曜日の午後三時を過ぎると、守護聖達の執務室をはじめとする主要機関が集中する宮殿にも、どこか和やかな空気が漂い始め、執務が終了する刻限ともなると誰もが週末の予定を楽しみに語り合う人々の姿が、そこここで見かけられる。不測の事態に備えるため、一部の職員は待機状態にあるとは言えども、聖地にいる限りは行動を制限されないというだけで開放感を得られるのだろう。帰路に就く彼らの表情は例外なく明るい。

 そして守護聖達もまた、束の間の休日を心待ちにしているのは同じ。予定がある者は言うまでもないが、そうでない者も軽い足取りで私邸に向かう馬車へと乗り込んでいく。

 聖獣の宇宙の光の守護聖レオナードと、炎の守護聖チャーリーもまた多少浮かれた風情で、この後の予定について軽口をかわしている。

「そしたら、レオナード。また、後でな」

「ああ。俺様もとっときのスピリッツを持っていってやろうじゃねーの? この間、上物が手に入ったんだぜ」

「そりゃー、楽しみや。あっちからオリヴィエ様もご参加やで……て、おーい。ちょー、フランシス、今晩、暇?」

 馬車に乗り込もうとする闇の守護聖に、チャーリーが上機嫌で声をかけると、フランシスは優雅な微笑みを返す。

「ええ……特に予定はありませんが……何か?」

「そんなら、俺らと飲まへん? 神鳥の宇宙からのスペッサルなゲスト様提供の、極上の酒が届く予定やねん」

「神鳥……の、ですか?」

「そう。緑の守護聖様に献上された銘酒のお裾分けに預かるっちゅーわけ」

「豊穣を司るあちらの守護聖様には、あっちこっちの惑星の民からの感謝の印が届けられてんだってよ」

 そう言えば……と、聖獣の宇宙の守護聖・セイランの私邸にも、確かあちこちから酒やチーズをはじめとする発酵食品や保存食が届けられていたような、と呟いたフランシスは、思いがけない招待のお返しに、こちらの緑の守護聖からもらった、豊穣への感謝の印を持参しましょうと応じた。

◇◇◇

 本当であればチャーリーに私邸の一室で、二つの宇宙で醸された薫り高い美酒に酔い、成長と発展を遂げる星々の生命力を凝縮したかのような食材に舌鼓を打つ予定だった。更に生まれたばかりの聖獣の宇宙だとか、この世界を見守る女王やエトワールの話が、優雅なひとときを一層美しくしてくれる筈だ。そう、神鳥の宇宙の夢の守護聖・オリヴィエは信じていた。しかし、彼の眼前で繰り広げられているのは、美しさの欠片も感じられない二人の大男の醜態のみ。

「勿体ない……カティスの酒が……豚に真珠、猫に小判……」

「それから、馬の耳に念仏……ですやろ、オリヴィエ様」

溜息まみれの呟きに答えながら、チャーリーは力無く笑う。

「あの二人、いつも、あんななのかい? 」

ワインを満たしたグラスを傾けながらオリヴィエが問うと、チャーリーは普段は単に反りが合わないだけだと答えた。

「性格とか価値観とか好みとか、何もかもが正反対に近いんで、君主危うきに近寄らずっちゅーか、まぁ、適当に摩擦を避けてるような、大人の対応はしてるんですけど……」

「そうは、見えないねぇ……大人げがないというか……まだランディとゼフェルの喧嘩の方が、百倍も見られるじゃないか。よりによって絡み酒に泣き上戸。みっともないったら」

「や……それは……まぁ、二人とも、アレはアレでストレスを溜め込んでるんちゃうんかなぁ……なんて……」

 消え入りそうな語尾を薄笑いで誤魔化そうとしても、寄木細工の床に敷き詰められたクッションを抱えてべそを掻く光の守護聖と、その正面に陣取ってこんこんと説教を続ける闇の守護聖の姿はどうにもならず、チャーリーはがっくりと肩を落とす。

「アンタのせいじゃないし、ある意味、見物ではあるから、いいけどさ」

神鳥の宇宙も聖獣の宇宙も、光と闇を司る守護聖の反りが合わないのは同じらしいと鼻で笑い、オリヴィエは意気消沈したままのチャーリーのグラスに、カティス秘蔵の酒を注ぐ。

「それにしても、カティスの酒には呪いでもかけられてたのかねぇ」

「口当たりがえエエから、ついつい、ペースが上がっただけですて、オリヴィエ様。そんな言い方しはったら、カティス様っちゅーお方が気の毒ですやん」

「セイランのとこから流れてきた酒なら、口と性格が悪くなるんじゃないかい?」

「またまた、そんなこと言わんとってくださいよ。ホンマになったら、どないするんですか」

オリヴィエは、やや大袈裟に肩を竦めて見せるチャーリーの背中を叩くと、その時は豹変すると面白そうな連中に飲ませればオッケー、と笑った。

「ま、たまにはガス抜きも必要だよね。ジュリアスとクラヴィスもさ、これっくらい弾けてくれちゃったりしたら、こっちとしても楽しめるのにねぇ」

「それ……宇宙の危機になってしまうんちゃいますか?」

「それくらい、元気溌剌の女王陛下と超優秀な女王補佐官殿が何とかしてくれるって。タッグなんか組んだりしちゃったら、無敵だよ? 我らが宇宙を守る二人のレディはさ」


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