協同作業の明暗 1


 緑の守護聖マルセルが聖地にやってきて1年ほどの月日が過ぎた頃、新人守護聖の親睦と協調を図るため、新人研修が行われた。年齢の近い守護聖三名が指定された惑星を視察し、そこで見聞、或いは体験したことを具体的な作品として提出し、その成果を先輩守護聖が評価するのである。仕事とは言え、他の惑星に旅行できるとあって、同行する風の守護聖ランディや鋼の守護聖ゼフェルも心なしかうきうきしているようだ。ゼフェルの指導役である地の守護聖ルヴァは、普段からケンカが絶えないランディとゼフェルが相当心配らしく、彼らが出発する数日前から何やら落ち着かない様子である。

「ゼフェル、ランディ。視察中はくれぐれもケンカなどしないでくださいね。あ、マルセル、二人をよろしく頼みますよ」

「なんだよ、ルヴァ。なんで俺が説教されなきゃなんねーんだよ。ケンカふっかけてくるのは、いつだってランディの野郎じゃねーか」

「なんだと、ゼフェル。お前の態度が守護聖らしくないから、注意してるだけだろう。それをケンカなんて、どういうつもりだ」

「なんだとー!!」

「ああ、もうやめてよ、二人とも。僕たちは協力して研修旅行をしなくちゃいけないんだから、出発前から言い争いなんかしないでよ」

「そうですよ、二人とも。仲良く学び、その成果を私たちに見せてくださいねー」

などと言っているうちに出発の日となり、彼らは主星から程近い惑星に降り立った。

◇◇◇

 その星は比較的温暖な気候に恵まれ、概ね4つの季節が巡りくる、多くの生命体にとって恵まれた条件を整えていた。四季ごとに多少住民を悩ます気象現象はあったが、自然がもたらす恵みはその被害を補って余りあるものだった。

 美しい自然と善良で働き者の民の姿を満足のいくまで見た3名の守護聖は、帰路の宇宙船の中でいろいろなことを話し合った。

「ねえ、ランディ、ゼフェル。この惑星ってすっごくきれいだよね。僕、大好きになっちゃった」

「マルセルのサクリアがとても効果的に作用してるんだよな」

「それだけじゃないよ。風の運ぶ勇気があるから、みんな働き者なんだよね。それに発達した加工技術はゼフェルのサクリアのお陰だと思うよ」

「そうだな。なんか、こー、全体のバランスがいいよな」

「この星を表現するいいアイデアはある? ランディ、ゼフェル」

マルセルは瞳を輝かせて仲間に話しかけた。彼はこの研修期間中、最も好奇心を発揮していたし、課題制作への意欲も満々である。まだ守護聖になって間もないため、先輩たちの評価を得るに足る作品を作りたくて仕方がないのだろう。その気持ちはランディやゼフェルにも充分に理解できたため、研修期間中の彼らの諍いは奇跡的にも数回を数えるのみだった。

「難しいよな。俺たちの得意なことで表現しなくちゃいけないもんな」

「あんまりバランスが良すぎて、手が出しづれーんだよな。未来像なんてのもなーんか、ダサイしよー。俺は工作とかは得意だけどよ、なんつーか、レポートなんかを書くのはご免だな」

「俺は体を動かして何かを作りたいな」

「僕ができるのは植物を育てたり、お菓子を作ることくらいだもんね。植物を持ち帰ることはできなかったし……」

3人がああでもない、こうでもないと、話し合っている時にランディの発言は、普段の彼にしては的を得た素晴らしいものだった。

「そうだ、お菓子であの惑星の自然を作ったらどうだい? お菓子づくりはマルセルが上手だし、ゼフェルは細かい細工が得意だろう? 俺は細かいことは苦手だから、身体を動かして二人の手伝いをするよ」

「なーるほど。食べられるジオラマを作るってーのか。おい、ランディ。てめー、たまにはいいこと言うじゃねーか」

「たまには余計だ、ゼフェル。どうだい、マルセル」

「すっごくいいアイディアだよ、ランディ。お菓子の世界には工芸菓子とか創作菓子とかいうのがあるんだ。本物そっくりに仕上げた植木とか果物、お人形やお城なんかを作るんだよ。いつか挑戦したいと思ってたんだけど、僕、あまり器用じゃないから、あきらめてたんだ。でもゼフェルが手を貸してくれるんなら、きっとすごいものができるよ」

「よし、じゃあ決まりだ。いいな、ゼフェル」

「おうよ!!」

◇◇◇

 聖地に戻った3人は、さっそく制作にとりかかった。制作現場はマルセルの私邸。そこへゼフェルが加工に必要な機器を持ち込み、ランディはマルセルに頼まれた材料や資料の本をせっせと運び込んでいた。楽しそうに作業を進める若い守護聖の様子をうかがいに、時折水の守護聖であるリュミエールや地の守護聖のルヴァが訪れるのだが、完成までは誰にも見せられないと、ランディが玄関で応対している。奥からはマルセルとゼフェルの楽しそうな声が聞こえてくるため、問題なく作業が進んでいる様子は手に取るようにわかるので、彼らは早々にマルセルの館を後にしたものである。

 「ねー、ルヴァ。ガキンチョたちは何作ってるのさ。ずいぶんと気合いが入ってるみたいだけど」

中庭で午後のお茶を楽しんでいた夢の守護聖オリヴィエは、同席していたルヴァに尋ねた。

「内緒だそうですよー」

「あらっ、アンタも聞いてないの。リュミエール、あんた何か知ってるの?」

「いいえ、私も存じません。何か手伝えることがないかと、何度かマルセルの館を訪ねたのですが、ランディが入れてくれないのです」

「なんだかねー、3人が仲良く、自分たちの力だけで完成させようとしているものですから、そっとしておこうかと……」

のんびりとしたルヴァの口調に昔を思い出したのか、オリヴィエが感慨深げに言った。

「ね〜え、リュミエール。思い出さない?私たちの時のこと」

「もちろんです、オリヴィエ。私たちが訪れたのは繊維産業が発達していた惑星でしたから、私たちは絹織物を使ったドレスを作りましたね」

「そうそう。水と夢、それから炎をモチーフにしてさ、アンタと私が図案を考えて、アンタが絹織物に絵を描いたんだよね。その生地を使って私がドレスをデザインして縫ってさ」

「そしてオスカーが、ドレスを着てくださるお嬢さんを連れてきてくれたんでしたっけ」

「えー、オスカーはそれだけしかしていないんですか」

オリヴィエとリュミエールのやりとりを聞いていたルヴァは、驚いて二人に尋ねた。

「アイツの取り柄って、それしかないじゃん」

オリヴィエはケラケラと笑いながら答えた。

「私たちが伝えたイメージそのままのお嬢さんを連れてきてくださった時は、本当に驚きました。お陰で最高の状態で発表できましたものね」

「なるほどねー。あの素晴らしいドレスは、オリヴィエとリュミエール、そしてオスカーのうち、誰か一人でも欠けても完成しなかったんですね。あれほど美しかったわけがよくわかります」

幸福そうにお茶をすするルヴァに、リュミエールが尋ねた。

「ルヴァ様は、ジュリアス様とクラヴィス様とご一緒だったのですか?」

「え? ええ、そうですよ」

「へー、アンタたちってば、どんなもの作ったのよ」

肩をぎくりとさせたルヴァは、大慌てで両手をふって答えた。

「と、とても、み、皆さんにお聞かせできるようなものではありません」

「いいじゃないの。若かりし頃の過ちだったとしても、笑いやしないからさ」

「だ、だめです。ジュリアスやクラヴィスの了解を得なければ、お話できません」

あまりのルヴァの狼狽ぶりを、オリヴィエとリュミエールはいぶかしんでいたが、どうにもルヴァが口を割らないようなので話題を変え、午後の穏やかなひとときを楽しむことにした。そして二人のさっぱりとした人柄に感謝すると共に、ルヴァは人知れず大きな安堵の溜息をついたのだった。


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