闇 に さ す 白 き 暁 光


 女王試験期間中は女王候補との親睦を図る機会をつくるために、本来なら休日であるはずの日の曜日であっても、午前中は執務室に在室することに定められている。そのため守護聖の長である光の守護聖から「職務怠慢」と常日頃から叱咤されている闇の守護聖クラヴィスも、とりあえず午前中だけは執務机の前に座ることにしていた。

 クラヴィスは全てのことに対して無関心で、他人の思惑や行動に対する興味を一切持ち合わせてはいないばかりか、自分自身にさえ関心を向けようとしない。そんな彼を気遣う守護聖も数名いたが、誰にも彼の心を開くことはできなかった。しかし女王候補として聖地に召還された少女の一人は、全てを拒絶するかのように凍りついた彼の心に、あたたかな春の光を届ける唯一の存在になりつつあった。女王試験が始まったばかりの頃は単なる義務でしかなかった休日の執務室への出向も、いつの間にか億劫に感じなくなっている。それどころか、日の曜日が訪れることを心待ちにしている自分に気づいたクラヴィスは、苦笑せずにはいられなかった。

「……待ち望んでいるのか……あの少女の訪問を……この私としたことが……」

 愛用のタロットカードを繰りながらも、彼は女王候補が扉をためらいがちに開くのを待っていた。しかし、その日の午前中、とうとう彼女は現れなかった。太陽が空の真上にさしかかった数時間後には、空に夕暮れの気配が漂い始める。今日はもう、女王候補が来ないだろうということはわかっていた。しかし闇の守護聖は部屋を後にすることができない。『もしかしたら』という想いが、彼を部屋に押し止めていたのだ。

「……全く……この私としたことが……。他の者から見れば、さぞこの姿は滑稽に映ることだろう……」

自嘲気味に喉の奥でクツクツと笑い、彼は最も会いたいと願う少女の訪問を待つのを諦め、私邸に戻ることに決めた。

◇◇◇

 他の守護聖たちも皆、帰途についたようで、宮殿の長い廊下に人影はなく、物音一つ聞こえてこない。クラヴィスは滑るように廊下を進み、外へ通じる廊下へと進路を変更しようとした途端、全身に軽い衝撃を受けた。驚いて足下に目をやると、先程まで彼が思いを馳せていた金の髪の女王候補が尻餅をついていた。

「怪我はなかったか……そうか……曲がり角では気をつけることだな、アンジェリーク」

クラヴィスは少女に右手を差し出した。転んだところを見られた少女は、照れ隠しの笑みを浮かべながら闇の守護聖の手を借りて立とうとした。だがその途端、右足首に走る痛みに顔をしかめる。

「足を……傷めたのか。こちらへ来い。私の執務室で休んでいけ」

クラヴィスは少女の傷めたほうの足をかばうように腕を貸し、ついさっき、後にしたばかりの執務室へと向かった。

「さ、中へ。そこにかけるといい」

執務室の扉を開いて女王候補を招き入れ、執務室の隅に置かれたソファに座るように促したクラヴィスに、少女は遠慮がちに謝罪と感謝の言葉を口にした。彼女は闇の守護聖の帰宅が遅れることを、ひどく気にしている様子の少女に彼は言った。

「私はかまわぬが、何のもてなしもしないぞ。こんな部屋では退屈で息苦しくもあろうがな」

自嘲気味な言葉を返すクラヴィスを気遣わしげに見上げる少女の視線を避けるように、彼は隣室へと向かった。少女に「しばらく待つように」との言葉を残して立ち去った闇の守護聖が戻った時、その手には救急箱を携えられていた。彼は救急箱を床に下ろすと、静かに少女の前にひざまずいた。

「さあ、足を……」

思いがけない展開に驚いた彼女は声を出すことも、動くこともできずにクラヴィスを見つめている。

「何を驚いている……。早く手当を済ませたほうが良い」

アンジェリークは小さな声で自分で手当をすると言ったが、クラヴィスはその言葉を拒絶した。

「自分で包帯を巻くのは難しかろう。……恥じらうことはない。それに、この場合は仕方なかろう」

そう言うや否や、彼は鮮やかな手際で少女の赤い靴を脱がし、白い靴下を取り去った。普段目にすることのない少女の白い、華奢な足に、クラヴィスは思わず目を奪われた。

 金の髪の女王候補の足首はひどくほっそりとしており、握る手に僅かな力を入れるだけで折れてしまいそうな印象を与える。足首から続く足の甲は薄く滑らかで、まるで渚に打ち上げられたばかりの白い貝殻を思い起こさせる。そして、その白い爪先は慎ましやかに揃えられ、桜色の爪は少女の心を象徴するかのような清潔な透明感を備えている。ああ、そればかりか変形しがちな小指の爪さえも、その形を損なうことなく恥じらうように形良い足の指を覆っているではないか。少女の足の美しさに魅せられたクラヴィスは、その指の全てに口づけたいという衝動を抑えるために、全ての理性を使わねばならなかった。

 クラヴィスの様子がおかしいことに気づいたアンジェリークは、彼に声をかけた。

「……いや、何でもない。少し……足首が腫れているようだな。一晩、湿布をしておけば平気だろう」

 平静を装って、ようやくそれだけの言葉を口にすると、クラヴィスはアンジェリークの足首を覆うに足るだけのリネン布を切り取り、湿布剤を塗布した。メンソールの強い臭いが鼻孔を刺激する。彼は無防備に眼前にある白い少女の足の誘惑に打ち勝つために、自分のお世辞にも美しいとは言えない足を思い起こしていた。彼の足は筋肉質というわけではないが、190センチの長身を支えるためか、標準よりもかなり大きかった。それに足の指も標準よりも遥かに長く、全身の重量を支える足の末端を保護する分厚い爪は透明感のかけらさえない。甲高で幅が広い足には既製品でちょうど合う靴がないため、特別に作らせなくてはならなかった。特別仕立ての33.5センチの靴と比べると、まるで妖精が履くかのような推定21.0センチの赤い靴は、先程クラヴィスが置いた場所に、まるで希少な宝石のように存在し続けている。赤い宝石に隠された白い、内に神秘の輝きを秘めているかのようなその足は、まるで彼が長年親しんできた孤独な闇の世界に差し込む、一筋の光のようだ。

「女王試験などやめてしまえ。お前は私の……」

クラヴィスは絞り出すようにつぶやくと、アンジェリークの足の甲に熱い口づけを贈り、その足の指を1本ずつ口に含んだ。

 驚いたアンジェリークは、闇の守護聖にその信じられない行いを即刻辞めてほしいと、彼に懇願した。しかし、クラヴィスは不敵な笑みを目元に浮かべ、足への口づけと指先での愛撫を続けている。アンジェリークは本能的な危機感を覚え、クラヴィスに捕らわれていた足を渾身の力を込めて蹴り上げた。彼女の白い小さな足は見事、クラヴィスの顔の中心にヒットした。火事場の馬鹿力的な勢いで蹴り上げられたクラヴィスが、後ろに倒れた僅かな間隙を突き、アンジェリークは急いで闇の守護聖の傍らをすり抜け、彼の執務室を後にして、全速力で特別寮へと逃げ帰った。後ろ手にドアを閉めて鍵をかけた彼女は、片方の靴をクラヴィスの執務室に忘れてきたことに気づいたが、靴を取りに戻る気にはなれなかった。そして彼女は二度と、闇の守護聖の執務室を訪ねることはなかったのだ。

「足は……もう治ったようだな」

むっくりと起きあがったクラヴィスは、独り言のようにつぶやいた。

「天使の白い足は美しいだけでなく、しなやかな強さをも持ち合わせているものなのか……」

顔面に残る金の髪の女王候補の足の感触を反芻していた彼は、心地よい陶酔感に身を委ねていた。闇の守護聖の手に収まるほど小さな足に秘められた力、そして神秘的であるとも言える不思議な輝きを持つ少女の足は、永遠に例えられるほど長い歳月、孤独を唯一の友としていた彼の心を完全に魅了したのだ。愛すべき対象を得た彼は、限りない喜びと幸福を感じていた。彼はその時初めて、守護聖として聖地にあることを運命に感謝したのだ。その懐中に金の髪の天使が残した赤い靴と白い靴下を慎重に収めると、彼は満ち足りた微笑を浮かべ、執務室を後にした。

 そして闇の守護聖はその夜から、女王候補が育成する大陸に自ら力を贈るのであった。金の髪の女王候補の白き足が、常に輝きに溢れているようにと祈りを込めて……。


変態とも、足フェチとも(笑)。
女王候補の足の指を舐めるクラヴィスって、
妙にはまってる気がするんですけども……。


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