続・荒療治 2


 「……」

クラヴィスは眉間に皺を寄せ、執務机の下の右足を引き揚げて靴と靴下を取り去った。彼はまじまじと足の指の間を見つめると、諦めたかのように大きな溜息をつき、引き出しの中から取り出した薬を塗り始めた。

 いつの頃からだったかは、もうとうに忘れていたが、クラヴィスは時折、足の指の辺りに軽い痒みを覚えるようになっていた。あらゆることに関心を持たない彼は、自分の体や健康にも興味がなかったため、足の痒みが限界に達しようとしていた時には既に、両足の全ての指の間が体液らしき水分でジクジクとした状態になり、部分によっては皮膚に亀裂が入り、薄紅色の肉がのぞいている。物事に動じることのない闇の守護聖も、さすがに患部の状況が尋常でないことを悟り、王立図書館の蔵書の中から『家庭の医学』なる書物を無断で持ち出し、そこに記されている治療方法を人知れず試したりはしてみたのだが、症状が改善されることはなく、根絶が困難なその皮膚病は、長い間クラヴィスの表情を一層沈鬱なものにしていたのだった。

 守護聖としての生活に疲れを覚え、両足の指の間に不快感を覚えている彼の執務室にその薬が届けられたのは、新女王の即位直後に行われることになった、新たな宇宙を統べる存在を選出する女王試験の最中のことだった。公園に露店を出している商人の部下が、ある者からの贈り物だと言って置いていった箱の中には、手に取る気にもなれない商品が溢れていたが、中にはクラヴィスの好みのものも数点入っていた。その中で特に彼の心をとらえて離さなかったのは、小さな容器に入った薬だった。『バイクリア』という商品名の書かれたそれは、クラヴィスの心に一条に明るい光となるはずだった。

 ある日、女王試験の協力者であるチャーリーは、闇の守護聖の私邸に招かれた。闇の守護聖の使いから手渡された手紙には、誰にも悟られることなく邸を訪ねるように記されていたため、チャーリーは黄昏にまぎれ、静かな森に囲まれたクラヴィスの住まいに向かったのであった。執事に伴われて入った部屋には、正装よりもくつろいだ雰囲気の、しかしやはり黒い衣服に身を包んだ闇の守護聖がいた。その他者を圧倒するかのような雰囲気に負けじと、チャーリーは明るい声で話しかけた。

「どうも!! 毎度、ご贔屓いただきまして、ありがとうございますっ!! えー、今日はどのようなご用件でしょうか」

「……以前、届けられた薬を覚えているか……」

「ああ、バイクリアですね。あれが、どないかしたんですか」

「……あれよりも強力な薬を取り寄せてもらいたい……」

普段から暗鬱な雰囲気を更に深めた口調で、クラヴィスが要件を述べた。

「それは……あるには、ありますねんけど……」

「何か問題があるのか」

「はぁ、もっとよう効く薬を取り寄せるには、医師の処方箋がいりますねん」

「……」

「あのー、クラヴィス様。余計なお世話かもしれませんけど、売ってる薬を使うより、医者に診てもろうたほうがええんちゃいますか。そのほうが確実に、早よう治ると思うんですけど……」

「……女王陛下の加護の下にある聖地には、病気というものがない。だから医師がおらぬのだ」

「はぁ……確かに水虫は病気とは言えへんかもしれませんな。あれは、どっちっかつーとカビが生えただけですもんねぇ……。よっしゃ、クラヴィス様のために、ひとはだ脱がせてもらいます。任せてください!!」

チャーリーは自分の胸を拳で叩くと、明るい声で言った。

「ところで、ちょっと足、見せてもらえませんか? 症状にぴったり合わせた薬を用意させてもらいますよってに」

クラヴィスは椅子にかけなおすと、長い裾を引き揚げた。

「あ〜、風通し良うするために、健康サンダル履いてはるんですか。そら、ええことですわ。ちょ〜っと、失礼しますで」

そう言うとチャーリーは、クラヴィスの足の指の間を子細に調べ始めた。

「あー、クラヴィス様の水虫、ジクジクタイプですやん。こら、前に届けさせてもろた薬が効きにくいはずですわ」

「こんなものにも種類があるのか?」

「そうです。ジクジクとカサカサのんがあって、前にお届けしたリキッドタイプの薬はカサカサ用ですねん。ジクジクタイプには軟膏のんを使いますねん。軟膏のペーストが余計な水分を吸い取って、より薬効成分が浸透しやすなるんですわ」

「……よく知っているな」

「そりゃ、もう。商売柄、いろんな商品知識は欠かせませんよってに」

「そうか……」

クラヴィスの安堵の言葉に、チャーリーはすっかり嬉しくなり、そして持ち前のサービス精神がムクムクと大きくなってきた。

「あの〜、クラヴィス様。だいぶ、長いこと水虫になってはるんとちゃいますか」

「そうだが……」

「ちょーっと、荒っぽい方法なんですけど、確実に早よう治せる方法を知ってますねんけど、試してみはります?」

「それは、どういうものだ」

 チャーリーはかつて王立研究員主任のエルンストに施した治療方法を、闇の守護聖に説明した。治療後、エルンストの患部は完治し、その後も再発の兆候も見られないこと。何よりも説得力があったのは、水虫が職業病となっているチャーリーの知人の多くが、その方法で病苦から介抱されている事実であった。

「……試してもらおう……」

クラヴィスの言葉に、チャーリーは心配げに答えた。

「何回も言うようですけど、ホンマに痛いんでっせ。こんな、指の股が割けてたりしたら、滲みるどころの騒ぎとちゃいまっせ。俺の知ってるダンプの運ちゃん、ごっつー、痛がってましてん。それでも、かましまへんか」

「構わぬ……。私も早く、この苦しみから解放されたいのだ」


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