いたいけな瞳 1

 「ねえ、商人さん。お願いだから僕をアルバイトに雇ってください。僕、頑張りますから」

胸の前で両手を組み、マルセルは瞳を潤ませながら露天の店主である青年に懇願していた。

「そんなこと言わはっても、マルセル様。俺にもできんことがあるんですよ」

ここ数日、毎日通ってきては無理な頼み事をする緑の守護聖に、青年はほとほと手を焼いていた。

「だって、こんなお願いができるのは商人さんしかいないんだもの。掃除だって配達だって、本当になんでもするから、僕を雇ってください。お願いします」

「せやから〜、守護聖様が店員なんぞになるやて、無理な話ですて、何回も言うてますやんか。だいたい理由は聞かんと雇えて言われてもな、普通は履歴書とか書いてもろて、何でこの仕事をしたいかとか聞いてから、働いてもらうかどうか決めるもんですねんで。それを突然来て『雇え』と言われてもな〜。せめて理由を聞かせてもらえませんやろか? それによったら俺も考えてみんこともあらへんし……」

「誰にも言わないって約束してくれる?」

「それは、もう。秘密厳守は商売の鉄則ですさかい」

「話したら、僕を雇ってくれる?」

「それは約束できません。けど理由によっては考えてみましょ」

最年少の少年守護聖は、静かに口を開いた。

「実は僕、ゼフェルの大切なメカを壊しちゃったんだ。よく知らないんだけど、新しい宇宙に生まれた惑星で採れた珍しい金属を使っていたらしくて……。僕……時々ゼフェルのメカを壊しちゃうことはあったんだけど、一生懸命謝ればどんなに怒ってても許してくれたんだ。でも今度は全然許してくれないんだ……。だから僕……すごく大切なものなんだってことがわかって、だから……僕が働いてもらったお金で材料の金属を買って……そうしたらゼフェルも許してくれるんじゃないかって……」

「そんなん、上の人に頼んだらええんとちゃいますか。守護聖様の頼みやったら、誰かて首を縦に振りますやろ」

マルセルは青年に食って掛かるかのように、大きな声で言った。

「それじゃ駄目なんだ」

普段の少年からは考えられない強い態度に驚いた青年を気にもとめず、マルセルは続けた。

「ゼフェルが大変な思いをして作ったメカを台無しにしちゃったんだもの。僕も同じくらい苦労しなくちゃ、きっと許してもらえないよ……」

威勢の良かった言葉も、最後には泣き声のようになっている。それでも必死で涙をこらえながら事情を説明するマルセルに、青年は弟に抱くような優しい感情を覚えた。

「あんな、マルセル様。マルセル様の考えは立派や。俺も力になりたいと思う。せやけどな、マルセル様は14歳やろ。14歳の子どもを雇うたりしますやろ。もしここが俺の出身惑星やったら、俺は労働基準法と青少年保護法に触れてしまうねん。もしもマルセル様の年を誰も知らんかったら、ナイショで手伝うてもらうこともできんこともない。せやけどな、聖地でマルセル様を知らん人はおらへんですやろ? 法律に違反して後ろに手ぇ回ることになったら、俺はおマンマ食い上げになってしまいますんや。それにや、もしマルセル様を雇うたことが他の守護聖様やらロザリア様に知られたら、俺は即刻、聖地追放。永久に出入り禁止になってしもうて、今、俺の手伝いしてくれてる店の人間皆が、路頭に迷うことになってしまいますねん。俺の辛い気持ちもわかってください。頼んます、マルセル様」

青年は幼いながらも守護聖という大役を果たさなければならない少年に、できるだけわかりやすく、そして優しく事情を話した。しかしマルセルは納得しなかった。

「……こんなにお願いしても駄目なの? 僕……僕の気持ちなんか本当はわかっちゃいないんだ。商人さんは大人だから、僕みたいな子どもは相手にしてくれないんだ……」

マルセルは大きな瞳からボロボロと大粒の涙をこぼして、本格的に泣き始めた。こうなると、商才に長けた青年もお手上げである。

「あ〜あ、な……泣かんとってくださいよ〜」

青年は緑の守護聖の涙を止めようと必死でなだめるのだが、慰めるほどにその泣き声は大きくなる。

「も〜、しゃーないな〜。わかりました。マルセル様に仕事を頼みます」

半ばヤケになった青年の言葉を聞き、ようやくマルセルは顔を上げ、しゃくりあげながら尋ねた。

「本当に?」

「ほんまです」

マルセルは涙を拭いもせずに嬉しそうに笑い、青年の首に抱きついた。

「ありがとう、商人さん。大好きだよ! 僕、一生懸命働きます!」

「しー。大きな声出したらあかん」

青年はマルセルの口を慌ててふさいだ。少年守護聖は大きな目を更に見開いて彼を見つめている。青年がマルセルの顔から手を離したのと、少年が青年の体から離れたのはほぼ同時だった。そして秘密を共有する者同志にしか持つことのできない悪戯っぽい笑顔で向き合った。最初に口を開いたのは青年のほうだった。

「泣く子にゃ勝てんちゅーのは、ホンマやな。さっき言うた事情があるさかい、店番はしてもらわれへん。せやけど仕入れた商品の整理を、倉庫でする仕事やったらかましまへん。1週間、執務の合間に棚の番号に合わせて段ボール箱を入れてもらいます。結構、重労働ですけど短期のバイトとしたら、ええ話でっせ」

「うん。僕、頑張るね」

「ただし、執務に差し支えのないようにすること。誰にも言わへんこと。これだけは約束してくださいよ」

「わかってます!! 商人さんに絶対迷惑かけません。約束します」

マルセルの元気を取り戻した満面の笑顔を見た商人は、少年の立派な決心の手伝いができること、そして普段の可愛らしい笑顔を再び見ることができ、ささやかな幸福を感じた。しかし、その幸福が長く続くことはなかった。


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