かなり天然ボケ 2


 ランディは白木でできた救急箱を取り出し、まずゼフェルの傷の手当を手早く済ませて言った。

「ゼフェル、ルヴァ様に来てもらってほしいんだ。マルセルの腕の怪我、思っていたよりひどいみたいだから、ルヴァ様に手当をしてもらいたいんだ」

「ああ、わかった」

自分の作ったエアバイクの試乗が今回の騒ぎの現況になっているせいか、いつになく素直にゼフェルはランディの指示に従ったかに見えたが、マルセルの腕以外の治療を始めようとしたランディの奇異な行動の予兆を見ると、執務室の扉を開くのをやめた。ランディの手には赤チンが握られている。

「ほら、マルセル、上を向いて……。ちょっと目をつぶっていてくれるかい」

「ランディ、何をするの?」

素直なマルセルは目を閉じて上を向きながら言った。

「鼻血の手当をするんだよ」

と言うとランディは、赤チンをマルセルの鼻に流し込んだ。それを見たゼフェルはマルセルの身の危険を感じたのか、弾かれたように執務室を飛び出し、ルヴァのもとへ走った。

 ゼフェルに引きずられるようにして連れてこられたルヴァは、泣き叫ぶマルセルの顔を見て、言葉をなくして立ち尽くすばかりだった。そんなルヴァの様子にしびれを切らしたゼフェルは、ルヴァの後ろからマルセルの顔を見た途端、腹を抱えて笑い始めた。そしてマルセルは救いを求めるように、穏やかな人柄の最年長の守護聖の胸に飛び込もうとした。

「あ〜、マルセル、こっちに来ないでください!!」

茂みに突っ込んだ時に流れた血と、ランディに流し込まれた赤チンとで衣服を赤く染めたマルセルに、思わずルヴァが言った。

「ひど〜い、ルヴァ様までそんなことを……」

マルセルは再び、派手に泣き始めた。

「あ〜、すみません、マルセル。今のは私が悪いです。お願いですから、先に何があったのか話してください」

「……ランディが……ランディが鼻血の手当をしてくれるって言ったんです。それで薬を鼻の穴に入れて……それがすごく滲みるし、口の中まで苦くて……」

おおまかな事情を聞いたルヴァは、今度はランディに尋ねた。

「ランディ、あなた……何しでかしたんですか〜」

「だって、マルセルの鼻血は鼻の中に怪我をしたから出たと思って……。怪我にはやっぱり赤チンでしょう?」


ルヴァは単純明快な思考回路しか持ち得ない風の守護聖の発言に目眩を覚えたが、足下で笑い転げている気を取り直して自らの教え子であるゼフェルに言った。

「ゼフェル!!あなたもですよ。私を呼びに来る前に、どうしてランディを止めないのですか」

「……だってよー……この直情単純バカを……何とかできるのは……アンタだけじゃねーか……くっくっ」

「何がだってですか、二人とも!!マルセル、こちらにいらっしゃい。はやく赤チンをぬぐい取ってしまいましょう」

ルヴァは長椅子に腰掛けるとマルセルの頭を膝の上に乗せる体勢で、身体を横にするように言った。そして消毒用アルコールを含ませた綿棒で、涙の跡が残る緑の守護聖の鼻の穴に付着した赤チンを、丁寧にぬぐい取った。そして次に口腔洗浄液で充分に口をすすぎ、顔を洗ってくるように言った。戻ってきたマルセルの手当を終えた地の守護聖は、彼の腕の手当を済ませるとランディとゼフェルに言った。

「ランディ、どんな怪我でもマーキュロクローム……いえ、赤チンで治せるというわけではないのですよ」

「そうなんですか?でも俺は、赤チンでたいていの怪我を治しちゃいますよ」

「そりゃー、おめーが単純だからだろ?」

「何だと、ゼフェル。もう一度言ってみろ」

ゼフェルのからかいの言葉にランディが食ってかかろうとするのを、ルヴァは慌てて諌めた。

「あ〜、二人ともおやめなさい。とにかく、鼻血を赤チンで止めるのは間違いなんです、ランディ。鼻血が出た時は座って血が逆流しないようにして、清潔な脱脂綿を鼻の穴に詰めるだけでいいんですよ。静かにしておけば自然に止まりますからね〜。わかりましたか?」

「はい、ルヴァ様。ありがとうございました」

素直に返事を返すランディを、ルヴァは細い目を更に細めながら見、うんうんとうなずいた。次にゼフェルを見て、ランディの時よりも少々厳しい言葉で言った。

「ゼフェル、あなたはランディが間違った行動をしようとした時、どうして私を呼ぶより先に彼を止めなかったのですか」

「だってよー、面白れーじゃねーか、そのほうが。それに、赤チンを鼻の中に入れたところで、死ぬわけじゃねーんだしよー」

「そういう問題ではありません!!」

悪びれる様子などかけらもないゼフェルの様子に、ルヴァは守護聖の任についてから最もひどい頭痛を感じたのであった。


幼稚園の頃、自転車で頭から突っ込んで大ゴケして鼻血を出した司書は鼻血を出しました。
一緒にいた司書兄は家に帰るなり司書の鼻の穴に赤チンを注入して手当をしてくれました。
そうです、この話は実話に基づいたお話なのです。
今では父親になった司書兄にこの話をしましたが、全く覚えていないそうです。
それどころか、司書の捏造だと言いやがりました。


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