孤 軍 奮 闘 1
20代で王立研究員の主任研究員を務めるエルンストは、学生時代からその勤勉実直な性格で様々な功績を示してきた努力型の秀才である。常に冷静に状況判断を行い、無駄な行動を一切しない彼を、周囲の人々は研究だけが趣味の面白味のない人物と評価しがちなのだが、そんな彼にも趣味くらいはある。彼が最も好むものは「オセロ」というゲームだ。対戦相手の考えを読み、常に数手先の予測を行い、的確に自分の支配域を広げるこのゲームに、彼はある種のエクスタシーを感じることさえ少なくない。特に4つの隅を相手に譲りながらも勝利を収めた時には、言葉に尽くせないほどの喜びを感じるのであった。
女王試験のために聖地にある王立研究員に配属されてからも、同僚や部下を相手にゲームをしていたエルンストだったが、彼らのパターンのほぼ全てを把握してからは、このゲームにも少々物足りなさを感じるようになった。時には守護聖や教官たちともゲームをするのだが、プレイ中に緊張感を持続できるのはチェスの名手である光の守護聖ジュリアス、そして地の守護聖ルヴァくらいのものであった。ただ生来ののんき者でおっとりとした性格のルヴァが相手の時は、その性格ゆえに違う意味で緊張感をそがれるのが問題だと感じていた。
聖地に来てからも、オセロゲームで不敗記録を更新し続けている彼の相手を務めようとする者は日を追うごとに少なくなり、彼とオセロをしようなどと考える者は、同じく女王試験の協力者である占いの館のメルぐらいになってしまった。メルはエルンストに教えられたこのゲームに未だ夢中で、たとえ負けても楽しいようである。最近では例によって4隅をまず譲ってもらってからゲームを始めるのだが、それでも大敗記録を更新し続けている。それでも今度こそはと、エルンストに挑戦するのだが、実力の差はなかなか埋まらない。エルンストは直感だけでゲームを進めるメルが、時折、彼の常識を越える手をさすことを新鮮に感じる以外に、ゲームの喜びを感じられなくなっていた。
ある土の曜日のことである。ルヴァの私邸で開かれたお茶会に招かれたメルは、エルンストとのオセロの話をした。同席していたマルセル、ゼフェル、ランディ、リュミエール、そしてリュミエールに引きずられるようにして連れてこられたクラヴィス。
「あ〜、エルンストは本当に強いですからね〜。恥ずかしながら、私もまだ彼に勝ったことがないんですよ」
ルヴァの言葉に紅い瞳の鋼の守護聖が言った。
「ルヴァ、アンタでも歯が立たないのか」
「ゼフェルもだめだったのか。俺とマルセルと2人がかりで挑戦したんだけど、全然ダメだったんだ」
「エルンストさんって、一人でも2人分くらい、頭がいいんだよ。だってあんなに若いのに、王立研究員の主任さんなんだもの」
素直なマルセルの言葉をバカにしたように、ゼフェルが言った。
「バーカ。お前ら2人揃ったところで、せいぜい一人分の能しかねーじゃねーか」
「なんだと、ゼフェル!! もう一度言ってみろ」
いつものようにケンカを始めそうになった風邪の守護聖ランディとゼフェルを諌めたのは、水の守護聖リュミエールだった。
「2人とも、ケンカはいけません。オセロはゲームなのですから、結果よりもゲームそのものを楽しめさえすればいいのではありませんか」
争いごとが嫌いなリュミエールらしい意見に、ゼフェルは面白くなさそうにつっかかった。
「アンタはそれでいいかもしれねーけどよ、やっぱ、接戦にも持ち込めねーのは悔しいよな」
「そうだよな。いつも軽くあしらわれてばかりじゃ、ゲームも楽しめないし」
「でも、皆さんは普通にオセロをするんでしょ?メルなんて角っこを全部もらってもダメなの。この間なんか、メルの色は隅の4つしか残らなかったし……」
今にも泣き出さんばかりのメルを、ルヴァとリュミエールが慰めようとしたが、メルの沈んだ気分は軽くならない。
「……勝つ方法がないわけではない……」
自分は無関係だとばかりにだんまりを決め込んでいたクラヴィスが、うっそりと口を開いた。
「えーっ、ホント? クラヴィス様!! メルでもエルンストさんに勝てるの?」
期待に瞳を輝かしているメルに、クラヴィスが言った。
「少々、卑怯な手段ではあるがな」
「卑怯だろうと、かまやしねーって。どうせ、まともに相手しても勝てるわけねーんだからよ!はは〜ん、クラヴィス、テメーもエルンストにこてんぱんにやられた口だな?」
図星を突いたゼフェルの言葉を無視したクラヴィスに、ルヴァとリュミエールが言った。
「あ〜、クラヴィス、八百長なんて考えてるんじゃないでしょうね〜」
「クラヴィス様、そういった方法をこの子たちに教えるのは、良くないことのように思いますが……」
「八百長などと姑息なことをする気など、毛頭ない。……ただ……我らがアドバイスをするだけだ」
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