衣替え 2
オリヴィエのされるがままになっていたクラヴィスは、衝立の向こうにいるはずのルヴァの哀愁を帯びたか細い抗議の声を幾度となく耳にしたものの、自由を奪われている状況では助けることもできず、また何の役にも立たない励ましの言葉をかける気にもなれなかった。オリヴィエが図解の刷られた小冊子を見ながら、クラヴィスに手際よく新作の衣装を着せ終えた頃、同じく着替えを終えたルヴァが、二人の召使いに引きずられるように衝立の奥から出てきた。
「あっら〜、アンタってば似合うじゃないのよ、おニューの衣装★」
オリヴィエの言葉にクラヴィスが目を上げると、茹でダコのように真っ赤な顔をしたルヴァが肌も露な――正確には肌を覆い隠すという点では全く役に立たない衣装に身を包んで立っていた。
上半身には胸部を隠すのが精一杯の丈の、ボディラインを強調するかのようにぴったりとした布地を巻き付けるようにして着けているのみ。腰骨にようよう引っかかっているとしか思えないようなパンツは踝の辺りで裾がすぼめられているのだが、光の加減で足が透けて見えるほど薄い生地で作られ、足先には凝った細工のサンダルを履いている。そして膝ほどまでの長さの、薄紅色の紗でできた上着を羽織らされてはいるのだが、それは肌を隠すというよりも、常日頃から書に親しんでいるために日に焼けていないルヴァの肌の白さを際だたせるばかりで、貧弱な身体を隠すという点では、何の役にも立っていなかった。鼻歌まじりにルヴァの周囲を回り、自信作の出来映えを確かめているオリヴィエ、いたたまれないように身体をすくませているルヴァ。その余りにも対照的な表情を見たクラヴィスは、オリヴィエの作った衣装を着せられたことは不幸ではあったが、それでもルヴァに比べれば遥かに幸運だと断言できる、ずしりと重い衣装を改めて見つめた。彼の衣装は辺境にある青い惑星の、ある島国の民族衣装を模したもので、衣装全体が濃紺と墨色でまとめられてはいたが、逆巻く荒波の向こうにそびえる山と、その向こうに赤々と燃える太陽の絵柄が、キルティングと呼ばれる技法で描かれている。
「……ルヴァ……」
「クラヴィス〜、あなたの衣装と私のとを交換してくださいませんか〜?」
「断る」
日頃世話になっていることと、露出度の高い衣装を押しつけられることは別問題と見え、クラヴィスは即座に、そして彼にしては珍しいほどのはっきりとルヴァの申し入れを断った。しかし彼はわが身の不幸に打ちひしがれている地の守護聖の肩に手を置き、静かな、けれど強い意志を感じさせる口調で言った。
「ルヴァ……大丈夫だ。陛下にご報告申し上げれば、全ては即座に解決するはずだ」
「……クラヴィス……」
突然野犬に取り囲まれ、抵抗する暇も与えられずにひどい目に遭った者同士の連帯感故か、互いの手をしっかと握り合い、視線をかわす地の守護聖と闇の守護聖に、オリヴィエは憤懣やるかたないといった様子でまくしたてた。
「何よっ!!アンタたち!!私がせっかく作った衣装の、どこが気に入らないって言うのさっ。ターバンを外さないルヴァのために、同じような習慣の星の衣装を調べたのに……。クラヴィスの衣装だってさ、アンタみたいに長い黒髪の人間の住んでる惑星の、一番きれいな奴にしたのに!! それなのに、二人とも気に入らないって言うんだね!!」
「あ〜、そうではありませんよ〜、オリヴィエ。あなたのお気持ちはとても嬉しく思っています。でも……でも私は、こんなに風通しの良い服を着ていたら冷え性がひどくなって風邪をひいてしまうような気が……」
「何言ってんのよ。女王陛下に守られている聖地で、風邪なんかひくわけないじゃない」
「しかし……気鬱の病ばかりは陛下も太刀打ちできまい……。ルヴァにこんなものを着せていようものなら、心労で余計に老けるとも考えられるぞ……」
無気力・無関心・怠惰の代名詞のようなクラヴィスの、妙にリアリティのある言葉には、さすがに強気な夢の守護聖も言葉につまった。
「……ルヴァ、今着ている衣装をオリヴィエに返したらすぐに、女王補佐官の部屋に向かおう」
「はいっ、新しい衣装を、私たちで考えましょう。そうしましょう」
そう言うとルヴァは、ようやく明るい表情を浮かべて衝立の向こうへと消えた。そしてクラヴィスまでも今まで見たこともないようなきびきびとした動作で着替えを終え、夢の守護聖の部屋を後にした。一人取り残されたオリヴィエは二人が扉の向こうに消えたのを確認すると、従者を呼んだ。
「ふっふっふ……。こうなるだろうと思ってたんだけどね、せっかくだからもう少し楽しませてもらわなくちゃね。アンタたち、写真、きれいに撮れたかな?」
夢の守護聖に手渡された数枚の写真には、珍妙な衣装を着たクラヴィスとルヴァの姿がはっきりと写っていた。
その後、闇の守護聖と地の守護聖は女王と女王補佐官が考案した正装を身にまとうようになったが、二人のあられもない姿の写真がこの世に存在するとは思い及ばなかったようで、後日、それを持参したオリヴィエにより、何度となくメイクの実験台として弄ばれるようになったことは、クラヴィスとルヴァにとっては思い出したくもない暗い過去、そしてオリヴィエにとっては忘れられない愉快な思い出となったのであった。
栄光のミリオンナンバーということで、ルヴァの臍を出してみました。
色気も何もないですが、たまには露出度アップに貢献してもらいましょう。
冷え性のルヴァには、拷問のような衣装を着せてみたかだけです。
クラヴィスの衣装は、以前、何かの拍子で買ったジャパニーズキルトの作例を、
資料としてももきっつぁんに押しつけました(笑)。HOME アンジェリーク キリ番企画